音楽 CLASSIC
  • 1917年10月27日、ロシアからアメリカへやって来た16歳のヤッシャ・ハイフェッツは、カーネギーホールで初リサイタルを行い、驚異的な成功を収めた。その信じがたいほど完璧な演奏は、当時客席にいた誰もがかつて耳にしたことがないもの、同業者が脅威を感じるレベルのものだったという。以来、ハイフェッツの名は「完璧」と同義になり、やがて

    [続きを読む](2019.01.04)
  • ポール・ホワイトマンからの依頼で1924年に「ラプソディ・イン・ブルー」を作曲した時、ジョージ・ガーシュウィンはまだ管弦楽法に精通していなかったため、オーケストレーションはホワイトマンの下で働いていたグローフェが担当した。この曲は、周知の通り、それまでポピュラー・ソングの人気作曲家だったガーシュウィンの名を世に轟かせたが、

    [続きを読む](2018.12.16)
  • ジョヴァンニ・バッティスタ・ヴィオッティは1755年に生まれたイタリア出身のヴァイオリニストであり作曲家である。フランスのパリで演奏会を行い、注目を浴びたのは17歳の時のこと。その後、マリー・アントワネットに認められて宮廷音楽家になり、名声を博した。フランス革命後、ヴィオッティは不遇の身となり、ロンドンへ行き、

    [続きを読む](2018.11.28)
  • モーツァルトの『コジ・ファン・トゥッテ』はデスピーナ役の演じ方次第で印象が大きく変わる。デスピーナが狡知に長けた年増女やルサンチマンの化身のように感じられると、この劇は重苦しくなるが、無邪気でチャーミングな悪戯娘のようだと、オペラ・ブッファとしての体裁を保つことができる。1930年代に活躍したソプラノ

    [続きを読む](2018.11.10)
  • ハンス・ロットの交響曲第1番は、完成から100年以上演奏の機会に恵まれず、1989年にようやく初演された。ロットの名前はマーラーの伝記等にも載っているし、ブルックナーやマーラーがその才能を讃えた言葉も記録されている。誰も知らない作曲家だったわけではない。にもかかわらず、その代表作である交響曲第1番が人々の耳に届くまでにはあまりにも長い時間がかかった。

    [続きを読む](2018.10.13)

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