文化 CULTURE

花と冒険[考察・エッセイ]

崖に咲く花はなぜ美しいのか

「文化」についてのエッセイ。
テーマは文学、思想、民俗、絵画、漫画、アイドル、ゲーム、玩具、世相...。
ハイカルチャーとサブカルチャーの境も関係なく、流行も関係なく、
日常の死角にある「文化」を語る。

  • 正宗白鳥は22歳で教会と距離を置くようになった。1901年のことである。自筆年譜にも「この年、基督教を棄てる」と書いているので、棄教したと言って差し支えないだろう。教会から離れた理由は、キリスト教が苛烈な教えであり、その教えに耐えられないと気付いたからである。「私の本性として、殉教にしりごみし、かつ人類愛よりも人類憎に向かって心を動かすことに気づくと、もはや...

    [続きを読む](2024.11.06)
  • 白鳥の小説は虚無的だと言われる。虚無とは便利な言葉である。そのように言っておけば、なんとなく白鳥の本質を言い当てたような気になれる。しかし、何がどう虚無的なのかはっきりしないし、批評として簡単すぎる。ここではなるべく具体的かつ簡潔に、白鳥文学の特徴を明示したい。まず、白鳥の小説には甘さや哀れさがほとんどない。たとえ救いのない話でも、そこまで悲惨に見えない。作...

    [続きを読む](2024.10.17)
  • 何かを絶賛するムードが高まると、否定的な意見を排除しようとする空気が生まれる。「皆が絶賛しているのだから水を差すな」と言う者まで出てくる。しかし、私に言わせれば、絶賛コメントしかない方が気持ち悪い。言論統制をされているわけでもないのだから、批判したい人は、己の信念に従い、批判すればいいのである。明治から昭和にかけて多くの小説、批評を書いた正宗白鳥は絶賛しない...

    [続きを読む](2024.09.15)
  • 終戦の年、古井は山の手大空襲に遭い、疎開先の岐阜県でも罹災した。その体験は古井作品の重要な主題となり、変奏曲のように様々な作品に様々な形で現れる。初期の「円陣を組む女たち」では、円陣をモチーフにした7つのエピソードが語られる。「私」がなぜ円陣にこだわるのか、その原体験は最後に明かされる。空襲時、爆弾が降り注ぐ中、母や姉、そして見知らぬ女たちが幼い「私」を

    [続きを読む](2024.03.03)
  • 古井由吉の小説は、簡単には掴みきれない。時折、何を読んでいるのか分からなくなることがある。2008年に発表されたエッセイ「招魂としての読書」によると、古井は読んだ本のことをすぐに忘れるらしい。「読んだ事に感嘆させられるほどに、後で綺麗に忘れる、という気味すらある。三読四読して長大息までしていたのに、机の前から立って十歩と行かぬうちに、はて、何のことだったか、...

    [続きを読む](2024.02.26)

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