ヤナーチェク その人生と音楽
2011.02.18
祖国愛と恋愛から生まれた旋律のエクスタシー
一昔前まで日本では知る人ぞ知る作曲家だったヤナーチェク。同じチェコ出身のスメタナやドヴォルザークに比べると知名度は圧倒的に低く、作品が演奏される機会も少なかった。それが今、頻繁にコンサートで取り上げられ、熱狂的なファンを持つまでになっている。
むろん、まだまだ一般に浸透しているとは言いがたい。正直なところ、自分だけの「とっておき」にしておきたいと思っている人も多いことだろう。それくらい聴き手と一対一の親密な関係を結んでのめり込ませる魔法のような作用が、ヤナーチェクの音楽にはある。
1854年7月3日、レオシュ・ヤナーチェクはモラヴィア地方の村フクヴァルディで生まれた。祖父、父ともすぐれた教師であり、音楽にも造詣が深かった。11歳の時、ブルノ旧市内のアウグスティノ会修道院の聖歌隊員となり、聖歌隊指揮者パヴェル・クルジージュコフスキー(クシーシュコフスキーと表記されていることもある)から強い影響を受ける。その後、師範学校の教員養成科に入学、20歳で最終試験に合格するが、すでに音楽に一生を捧げる決意を固めていた彼は、そのままプラハのオルガン学校、ライプツィヒ、ウィーンの音楽院へ留学した。その後ブルノに戻り、ドイツ人女性ズデンカと結婚。音楽科教員として過ごす傍ら、合唱団の指揮や作曲を行う。1882年オルガン学校を創設。教員としては順調だった。その反面、作曲への評価は芳しくなく失意を味わう。
30代前半(1885年頃)、民俗学者フランチシェク・バルトシュと出会い、言語と音楽の結びつきを強く意識するようになり、民謡の研究に没頭。40歳になると、その成果を踏まえてオペラ『イエヌーファ』を作曲、10年がかりで完成させるが、プラハ国立劇場に上演を拒否される(同じ頃、娘のオルガを病気で失っている)。友人たちの尽力により、プラハ初演にこぎつけたのは1916年のこと。この時、62歳。ヤナーチェクは作曲家として初めて成功を収めたのだった。
しかし、ここからが本当のはじまりである。ヤナーチェクは人間ばなれした創作意欲を噴出させ、『カーチャ・カバノヴァー』『マクロプロス事件』『利口な女狐の物語』『死の家の記録』といった傑作オペラを発表。さらに管弦楽、室内楽、合唱曲などの分野で、革新的な作品を生み出していくのである。その背景には、1917年に出会った骨董商人の妻カミラ・シュテスロヴァーへの熱烈な恋心があった。妻ズデンカとの関係が冷えきっていた彼は、この38歳年下の女性のそばにいるだけで豊かな楽想を得ることができたという。まさに霊感の源泉である。
1928年7月30日、彼はカミラとその夫と11歳になる子供をフクヴァルディに招待した。まもなくカミラの夫だけ商用で帰り、3人が残った。それから数日間は、ヤナーチェクにとってこの上なく幸福な時間だったことだろう。が、彼は迷子になったカミラの子供を捜しに行き、風邪をひいてしまう(迷子を捜したせいではなく、3人で森を散策した際の疲労が原因とも言われている)。それがもとで肺炎になり、8月12日に亡くなった。74歳だった。
ヤナーチェクは、うわべだけの美しさや、ものものしい音響を遠ざけ、真実の感情を音楽で表そうとした。また、民謡を音楽の理想形とみなし、その原点である「話し言葉の抑揚」にこそ普遍的なメロディーがひそんでいると考えていた。このような発想で書かれたオペラは、当然ながら朗唱のスタイルをとっており、単純で親しみやすい主題とその変奏の上に成り立っている。それでも決して平板な印象を与えることはない。むしろ、詩味と色彩感あふれるメロディーの巧みな連鎖によって、私たちを魅惑し、作品世界の内奥へと引き込むのである。
オペラ以外で有名なのは、「シンフォニエッタ」「タラス・ブーリバ」「グラゴル・ミサ」。これらは強い母国愛、恋愛の高揚感、自然に対する賛美の念、権威への反抗心などから生まれたものだ。いずれも形式にとらわれず、奔放な想像力を駆使して書かれており、肉体をとろかすようなエロティックな美しさをたたえている。
【関連サイト】
日本ヤナーチェク友の会
一昔前まで日本では知る人ぞ知る作曲家だったヤナーチェク。同じチェコ出身のスメタナやドヴォルザークに比べると知名度は圧倒的に低く、作品が演奏される機会も少なかった。それが今、頻繁にコンサートで取り上げられ、熱狂的なファンを持つまでになっている。
むろん、まだまだ一般に浸透しているとは言いがたい。正直なところ、自分だけの「とっておき」にしておきたいと思っている人も多いことだろう。それくらい聴き手と一対一の親密な関係を結んでのめり込ませる魔法のような作用が、ヤナーチェクの音楽にはある。
1854年7月3日、レオシュ・ヤナーチェクはモラヴィア地方の村フクヴァルディで生まれた。祖父、父ともすぐれた教師であり、音楽にも造詣が深かった。11歳の時、ブルノ旧市内のアウグスティノ会修道院の聖歌隊員となり、聖歌隊指揮者パヴェル・クルジージュコフスキー(クシーシュコフスキーと表記されていることもある)から強い影響を受ける。その後、師範学校の教員養成科に入学、20歳で最終試験に合格するが、すでに音楽に一生を捧げる決意を固めていた彼は、そのままプラハのオルガン学校、ライプツィヒ、ウィーンの音楽院へ留学した。その後ブルノに戻り、ドイツ人女性ズデンカと結婚。音楽科教員として過ごす傍ら、合唱団の指揮や作曲を行う。1882年オルガン学校を創設。教員としては順調だった。その反面、作曲への評価は芳しくなく失意を味わう。
30代前半(1885年頃)、民俗学者フランチシェク・バルトシュと出会い、言語と音楽の結びつきを強く意識するようになり、民謡の研究に没頭。40歳になると、その成果を踏まえてオペラ『イエヌーファ』を作曲、10年がかりで完成させるが、プラハ国立劇場に上演を拒否される(同じ頃、娘のオルガを病気で失っている)。友人たちの尽力により、プラハ初演にこぎつけたのは1916年のこと。この時、62歳。ヤナーチェクは作曲家として初めて成功を収めたのだった。
しかし、ここからが本当のはじまりである。ヤナーチェクは人間ばなれした創作意欲を噴出させ、『カーチャ・カバノヴァー』『マクロプロス事件』『利口な女狐の物語』『死の家の記録』といった傑作オペラを発表。さらに管弦楽、室内楽、合唱曲などの分野で、革新的な作品を生み出していくのである。その背景には、1917年に出会った骨董商人の妻カミラ・シュテスロヴァーへの熱烈な恋心があった。妻ズデンカとの関係が冷えきっていた彼は、この38歳年下の女性のそばにいるだけで豊かな楽想を得ることができたという。まさに霊感の源泉である。
1928年7月30日、彼はカミラとその夫と11歳になる子供をフクヴァルディに招待した。まもなくカミラの夫だけ商用で帰り、3人が残った。それから数日間は、ヤナーチェクにとってこの上なく幸福な時間だったことだろう。が、彼は迷子になったカミラの子供を捜しに行き、風邪をひいてしまう(迷子を捜したせいではなく、3人で森を散策した際の疲労が原因とも言われている)。それがもとで肺炎になり、8月12日に亡くなった。74歳だった。
ヤナーチェクは、うわべだけの美しさや、ものものしい音響を遠ざけ、真実の感情を音楽で表そうとした。また、民謡を音楽の理想形とみなし、その原点である「話し言葉の抑揚」にこそ普遍的なメロディーがひそんでいると考えていた。このような発想で書かれたオペラは、当然ながら朗唱のスタイルをとっており、単純で親しみやすい主題とその変奏の上に成り立っている。それでも決して平板な印象を与えることはない。むしろ、詩味と色彩感あふれるメロディーの巧みな連鎖によって、私たちを魅惑し、作品世界の内奥へと引き込むのである。
オペラ以外で有名なのは、「シンフォニエッタ」「タラス・ブーリバ」「グラゴル・ミサ」。これらは強い母国愛、恋愛の高揚感、自然に対する賛美の念、権威への反抗心などから生まれたものだ。いずれも形式にとらわれず、奔放な想像力を駆使して書かれており、肉体をとろかすようなエロティックな美しさをたたえている。
クラシック音楽の世界で、妖しい光茫を放ち続けるヤナーチェクという名の幻境。これから足を踏み入れる楽しみが残されている人は、幸いである。
(阿部十三)
日本ヤナーチェク友の会
レオシュ・ヤナーチェク
[1854.7.3-1928.8.12]
【ヤナーチェク・お薦めディスク】(掲載CDジャケット:上から)
歌劇『利口な女狐の物語』
ルチア・ポップ、ダリボル・イェドゥリチカ、エヴァ・ランドヴァー他
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
サー・チャールズ・マッケラス指揮
「シンフォニエッタ」
チェコ・フィルハーモニー管弦楽団
カレル・アンチェル指揮
弦楽四重奏曲第1番「クロイツェル・ソナタ」
弦楽四重奏曲第2番「ないしょの手紙」
スメタナ四重奏団
ピアノ作品集
「思い出」「霧の中で」「草陰の小径にて」「ピアノ・ソナタ 1905年10月1日」
アンドラーシュ・シフ(p)
[1854.7.3-1928.8.12]
【ヤナーチェク・お薦めディスク】(掲載CDジャケット:上から)
歌劇『利口な女狐の物語』
ルチア・ポップ、ダリボル・イェドゥリチカ、エヴァ・ランドヴァー他
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
サー・チャールズ・マッケラス指揮
「シンフォニエッタ」
チェコ・フィルハーモニー管弦楽団
カレル・アンチェル指揮
弦楽四重奏曲第1番「クロイツェル・ソナタ」
弦楽四重奏曲第2番「ないしょの手紙」
スメタナ四重奏団
ピアノ作品集
「思い出」「霧の中で」「草陰の小径にて」「ピアノ・ソナタ 1905年10月1日」
アンドラーシュ・シフ(p)
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