シェーンベルク 浄められた夜
2011.03.01
その夜、過去のあやまちは浄化される
音楽史的な区分をみても、十二音技法受容後に登場した作曲家の大半は、現代音楽の作曲家という扱いを受けている。そして現代音楽という言葉は、わかりにくい、抽象的、などの意味を伴いながら浸透している。単純に考えてみても、20世紀前半の作品を現代音楽と呼ぶのは明らかにおかしいのだが、今の段階では、バロック、古典派、ロマン派、印象派のような、その時代の音楽的傾向を示す表現を使って十二音音楽以降の流れを区分するのは容易なことではなさそうだ。言うまでもなく、「新ウィーン楽派」という呼び名自体も、ある特定区域の先進的な作曲家集団を指すものであり、時代の風潮や音楽的傾向を示す言葉ではない。
このような時代を俯瞰し、複雑多様化した枝葉を整理区分できるようになるまでには、だいぶ時間がかかりそうだ。というか、そんな日が来るかどうかも疑わしい。現代音楽の起点にいるシェーンベルクのしたことは、それくらい大きかったのである。
ちなみに十二音技法とは、かいつまんで言うと、一オクターヴの中に存在する十二の音を均等かつ過不足なく用いることによって、作品に調和を与える作曲法である。この理論は賛否両論を巻き起こしながらも広く受け入れられ、十二音技法は新たな作曲フォーマットとして認知されることとなったのである。
「浄められた夜」はシェーンベルクが十二音の時代に入る前、1899年に書き上げたもので、ブラームスやワーグナーの影響が色濃く残っている。ここまで十二音技法の話をしてきたのだから、本来ならば「管弦楽のための変奏曲」あたりの十二音音楽作品を紹介すべきなのだろう。が、この手の曲をいきなり聴いたところで、多くの人は途方に暮れるだけだろうし、私自身、シェーンベルクへの入口は「浄められた夜」だったので、最初の一歩としてまずはこれを紹介したい。
この美しい標題は、ドイツの詩人リヒャルト・デーメルの詩集『女と世界』の中におさめられた長詩の題名に由来している。詩のおおまかな内容は以下の通りである。
「月の光がふりそそぐ冬の夜、男と女が林の中を歩いている。女は語りはじめる。私は身ごもっていますが、その子はあなたの子ではありません。母となる喜びを得たいがために、私はあえて見も知らぬ男に身をゆだね、それを祝福さえしました。でも今、人生が私に復讐をしたのです。あなたを愛してしまったがゆえに。それに対して男は言う。あなたの子は重荷にはならないでしょう。その子は浄められ、私の子として生まれてくるでしょう、と。そして男は女を抱き寄せる。月明りの下、2人は歩いてゆく」
シェーンベルクはこの詩をそのまま音楽に翻訳し、風景、動作、心理、会話を繊細な音響で表現してみせた。その響きの神秘的で、官能的なことといったら!
20世紀から21世紀の今日に至る音楽の流れをさかのぼっていくと、一人の男の名前に行き着く。その男が1923年に考え出した「十二音技法」は音楽界に一大革命を起こし、それまで常識とされていた作曲法、ひいては音楽のフォルムそのものに、大きな変化をもたらした。そして、この作曲フォーマットの誕生以来、これに匹敵するほどの音楽史的事件は今なお起こっていない、と言われている。男の名前はアルノルト・シェーンベルク。オーストリアの作曲家で、「新ウィーン楽派」の中心人物である。
音楽史的な区分をみても、十二音技法受容後に登場した作曲家の大半は、現代音楽の作曲家という扱いを受けている。そして現代音楽という言葉は、わかりにくい、抽象的、などの意味を伴いながら浸透している。単純に考えてみても、20世紀前半の作品を現代音楽と呼ぶのは明らかにおかしいのだが、今の段階では、バロック、古典派、ロマン派、印象派のような、その時代の音楽的傾向を示す表現を使って十二音音楽以降の流れを区分するのは容易なことではなさそうだ。言うまでもなく、「新ウィーン楽派」という呼び名自体も、ある特定区域の先進的な作曲家集団を指すものであり、時代の風潮や音楽的傾向を示す言葉ではない。
このような時代を俯瞰し、複雑多様化した枝葉を整理区分できるようになるまでには、だいぶ時間がかかりそうだ。というか、そんな日が来るかどうかも疑わしい。現代音楽の起点にいるシェーンベルクのしたことは、それくらい大きかったのである。
ちなみに十二音技法とは、かいつまんで言うと、一オクターヴの中に存在する十二の音を均等かつ過不足なく用いることによって、作品に調和を与える作曲法である。この理論は賛否両論を巻き起こしながらも広く受け入れられ、十二音技法は新たな作曲フォーマットとして認知されることとなったのである。
「浄められた夜」はシェーンベルクが十二音の時代に入る前、1899年に書き上げたもので、ブラームスやワーグナーの影響が色濃く残っている。ここまで十二音技法の話をしてきたのだから、本来ならば「管弦楽のための変奏曲」あたりの十二音音楽作品を紹介すべきなのだろう。が、この手の曲をいきなり聴いたところで、多くの人は途方に暮れるだけだろうし、私自身、シェーンベルクへの入口は「浄められた夜」だったので、最初の一歩としてまずはこれを紹介したい。
この美しい標題は、ドイツの詩人リヒャルト・デーメルの詩集『女と世界』の中におさめられた長詩の題名に由来している。詩のおおまかな内容は以下の通りである。
「月の光がふりそそぐ冬の夜、男と女が林の中を歩いている。女は語りはじめる。私は身ごもっていますが、その子はあなたの子ではありません。母となる喜びを得たいがために、私はあえて見も知らぬ男に身をゆだね、それを祝福さえしました。でも今、人生が私に復讐をしたのです。あなたを愛してしまったがゆえに。それに対して男は言う。あなたの子は重荷にはならないでしょう。その子は浄められ、私の子として生まれてくるでしょう、と。そして男は女を抱き寄せる。月明りの下、2人は歩いてゆく」
シェーンベルクはこの詩をそのまま音楽に翻訳し、風景、動作、心理、会話を繊細な音響で表現してみせた。その響きの神秘的で、官能的なことといったら!
もともとは弦楽六重奏曲として書かれたが、後年、弦楽合奏バージョンにも編曲された。初めて聴く人には、やはり響きをたっぷり堪能できる弦楽合奏版がおすすめ。ただ、弦楽六重奏曲版には弦楽合奏バージョンにはない親密感と清澄さがあり、こちらに惹かれる人も多いだろう。ただし、めぼしい録音は非常に少ない。カルミナ四重奏団(+2人)、ラサール弦楽四重奏団(+2人)くらいだろうか。
弦楽合奏版の方は録音の種類も豊富である。最も有名で、多くの人に聴かれてきた「入門盤」は、カラヤン&ベルリン・フィルによる1973年の録音。非感傷的で、美の極致をゆくカラヤンらしい演奏は一聴の価値ありだ。同じくカラヤンが1988年にロンドンで指揮した際のライヴ盤は、打って変わってロマンティックで情熱的。弦楽器が大いに歌っている。が、眼前で脆く朽ちてゆく幻想を追いかけているような、いわく言い難い哀しさや焦燥感も演奏全体に漂っている。フェロモンが混ざり合ったような、濃厚でこってりとした味わいを求める人には、シノーポリ&フィルハーモニアの演奏が向いているだろう。
(阿部十三)
アルノルト・シェーンベルク
[1874.9.13-1951.7.13]
「浄められた夜」作品4
【お薦めディスク】(掲載CDジャケット:上から)
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮
録音:1988年10月(ライヴ)
カルミナ四重奏団
ノーラ・チャステイン(va)
トーマス・グロッセンバッハー(vc)
録音:2000年5月
[1874.9.13-1951.7.13]
「浄められた夜」作品4
【お薦めディスク】(掲載CDジャケット:上から)
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮
録音:1988年10月(ライヴ)
カルミナ四重奏団
ノーラ・チャステイン(va)
トーマス・グロッセンバッハー(vc)
録音:2000年5月
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