音楽 CLASSIC

メンデルスゾーン ヴァイオリン協奏曲

2011.03.25
憂愁のロマン

MENDELSSOHN-FERRAS
 クラシックの世界で3大ヴァイオリン協奏曲といえば、ベートーヴェン、メンデルスゾーン、ブラームスの作品を指す。そこにチャイコフスキーの作品を加えて、4大協奏曲という言い方をすることもある。だが、「3大」とか「4大」といっても、一般的には知名度にかなりの差があるようだ。この中で圧倒的に聴かれているのは、メンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲ホ短調(略してメンコン)だろう。とくに、冒頭のヴァイオリンが奏でるロマンティックな愁いを帯びた第1主題はあまりにも有名である。

 フェリックス・メンデルスゾーン・バルトルディに関する評伝はその作品の浸透度のわりに少ない。多くの作曲家と違い、裕福な家庭で何不自由なく育ち、(外面上は)平穏で恵まれた人生を送ってきたため、書くことがそんなにないのだろう。ざっと辿ってみても、弱冠20歳で音楽史に埋もれていた『マタイ受難曲』の復活上演を敢行して脚光を浴び、ゲヴァントハウス管弦楽団の指揮者として活躍し、ライプツィヒ音楽院を設立し、幸せな結婚をし、仕事が忙しくなるにつれ体調を崩してゆき、愛する姉ファニーの死にショックを受けて力尽き、1847年11月4日に38歳の若さで亡くなった、という具合である。

 そんなことから、芸術家とは激しい人生を送っているか、貧乏か、悪妻と結婚しているか、そのどれかでなければならないと思っている人は、決まって「メンデルスゾーンの作品には切実さが足りない」と批判する。私も昔、音楽の授業でそういうことを言う教師に出くわして驚かされた。浅はかな物の見方である。このヴァイオリン協奏曲は一度聴いたら忘れられない名旋律に満ち溢れており、聴く者を魅了してやまないーーそれだけで私たちには十分ではないだろうか。なぜ彼の人生にまでその作品の芸術的価値を補強する何かを求めようとするのか。

 作曲に着手したのは1838年で、完成したのは1844年。その6年間、メンデルスゾーンはほかの仕事に追われながらも、ゲヴァントハウス管弦楽団のコンサートマスターで親友でもあったフェルディナンド・ダヴィッドと相談を重ね、筆を進めていったようである。練りに練られた作品だけあって、全体の構成には無駄がなく、ヴァイオリンの魅惑的な音色と劇的な演奏効果を最大限に引き出すための調性上、展開上の工夫が凝らされている。また、第1楽章の再現部の前に カデンツァを配置したり、間を置かずに3つの楽章を演奏させたりといった斬新な試みも成功している。全てのフレーズが聴きどころと言っても過言ではないが、耽美的な第2楽章にメンデルスゾーンの異常な天才ぶりが凝縮されているように私には思われる。「結婚行進曲のメンデルスゾーン」という認識で止まっている人にはぜひ聴いてほしい作品だ。

 音源では、ヤッシャ・ハイフェッツによる1959年の録音が最高の名演奏として広く知られている。そのシャープな切れ味は他の追随を許さない。ただ、トスカニーニと組んだ1944年のライヴ録音の方が人間離れした凄みに満ちている。現実にこんなことが可能なのかと耳を疑いたくなるほどの超高速テンポで、あっという間に終わるため、ほとんどの人が体感時間の短さに戸惑うだろう。寒気がするような超絶技巧と集中力である。こういう演奏は一歩間違えば曲芸に堕ちかねないが、ハイフェッツの音は厳格である。トスカニーニの指揮も、めまぐるしいスピードの中、オーケストラの音色を巧みに使い分けて、当意即妙の色づけをし、演奏に品格を与えている。

 ほかにも、最高のコンディションで気合いの入った演奏を聴かせるクリスティアン・フェラスのライヴ盤(聴衆の盛り上がりも凄い)、辺りを払うような高潔さをたたえたレオニード・コーガン盤(マゼールのサポートがまた素晴らしい)、洗練されたフレージングで聴かせるミシェル・オークレール盤、情熱的だが気品を失わないヨハンナ・マルツィ盤、ストイックなヨゼフ・スーク盤、瀟洒なフリッツ・クライスラー盤など、名盤は枚挙にいとま無し。どれを聴いてもこの作品の魅力を堪能することが出来る。

MENDELSSOHN-OISTRAKH
 個人的には、ソ連の名ヴァイオリニスト、ダヴィッド・オイストラフの演奏と出会った時の衝撃が忘れられない。1950年頃にソ連で録られたという音源で、指揮者はキリル・コンドラシン。音の切っ先の鋭さに、初めて聴いた時は胸を射抜かれるような思いがしたものだ。いろいろな人の演奏を聴いた後にこれを聴くと、やはり芸格の違いというものを感じざるを得ない。とはいえ難点もある。下手なパッチワークの痕跡ーー明らかに不自然な音の切れ目がみられるのだ。ラベルには「オリジナル・マスター・テープからのCD化」と記載されているが、これは編集済みのマスター・テープという意味なのだろうか。私は当時のソ連のレコーディング事情に明るくないが、こんなのは子供でも出来そうなレベルの編集である。
 「オイストラフのメンコン」にはこれより有名な音源がある。1955年にフィラデルフィアのアカデミー・オブ・ミュージックで録音されたものだ。こちらの演奏は精度が高く、音も艶やかで、聴きやすい。ユージン・ オーマンディのサポートも巧い。ただ、それでも荒っぽさ、鋭さ、鬼気迫る感じを求める人は、なんだかんだ言いながらもオイストラフ/コンドラシン盤から離れることが出来ないだろう。
(阿部十三)
フェリックス・メンデルスゾーン・バルトルディ
[1809.2.3-1847.11.4]
ヴァイオリン協奏曲ホ短調 作品64

【お薦めディスク】(掲載CDジャケット:上から)
クリスティアン・フェラス(vn)
フランス国立放送管弦楽団
ヴォルフガング・サヴァリッシュ指揮
録音:1965年5月25日(ライヴ)

ダヴィッド・オイストラフ(vn)
ソビエト国立交響楽団
キリル・コンドラシン指揮
録音:1950年頃

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