音楽 CLASSIC

オルフ 『カルミナ・ブラーナ』

2011.04.10
おお、運命の女神よ

CARMINA JOCHUM
 生命の息吹あふれる春に、カール・オルフの『カルミナ・ブラーナ』ほどぴったりくる作品はない。この音楽に耳を傾けていると、肉体が開放され、奮い立ち、人生のさまざまな揉めごとや災いの山に向かって猛然と突き進んでいこう、という雄々しい気持ちになってくる。効果的に繰り返される劇的なメロディーや千変万化するリズム、声を限りに歌われる力強い合唱が、私たちの原始の本能を刺激し、熱く鼓舞するのである。

 『カルミナ・ブラーナ』とは、1803年にバイエルン地方のベネディクト派ボイレン修道院で発見された古い写本をまとめて1847年に出版された本のこと。そこには12世紀から14世紀にかけて無名の吟遊詩人や若い修道僧たちが綴った歌と詩が250あまり収められている。ちなみに、カルミナとは歌集、ブラーナはボイレンの意である。これらの中には宗教的な内容のものもあるが、その反面、お堅い道徳を嘲笑う放埒な詩も多くあり、酒、賭博、権力の風刺、女、恋、エロスなどをテーマに、若者たちの率直な心情が吐露されている。

 オルフは1934年に『カルミナ・ブラーナ』の存在を知り、衝撃を受け、そこから24篇の詩を選び、それぞれに曲をつけ、この壮大な世俗カンタータを作り上げた。構成は「春に」「酒場で」「愛のいざない」の3部で、さらに始まりと終わりに「おお、運命の女神よ」を置くことによって全体を輪廻させている。
 初演は1937年6月8日、フランクフルト国立歌劇場。そこで空前の大成功を収めたオルフは出版社に宛てて「これまでの作品は全部破棄してほしい。私にとっては『カルミナ・ブラーナ』こそが真の出発点だから」と書いたという。なお、彼はこの作品と、43年作の『カトゥーリ・カルミナ』と、53年作の『アフロディーテの勝利』を合わせて、「カンタータ三部作『勝利』」と名付けている。

CARMINA KEGEL
 「おお、運命の女神よ」は、テレビや映画、格闘技のイベントなどでも使われていたので、おそらく知らない人はいないだろう。3分にも満たない長さではあるが、そのインパクトは一度聴いたら忘れられない。あたかも地の底に眠っていた万物のエネルギーが何かの拍子に目覚め、天へと噴き上がり、空を覆い尽くしてゆく様を見ているような、そんな錯覚すら覚えさせる曲だ。もちろん、聴きどころはこの部分だけではない。どの曲も親しみやすい旋律によって編まれており、とにかく聴きやすい。また、何種類もの楽器を駆使して打ち出されるリズムにのって、オーケストラとコーラスが激しく揉み合い、躍動し、歯止めがきかなくなるまで前へ前へと突進するあたりの高揚感は筆舌に尽くしがたいものがある。さらに第3部「愛のいざない」では、エロスの甘美な陶酔を美しい音の綾で描出してみせる。『カルミナ・ブラーナ』には音楽がもたらす快楽のエッセンスが詰まっているのである。

 人気作品なので録音の種類はそれなりにあるが、小さくまとまった演奏や、外面だけ派手で充実味に欠ける演奏も少なくない。そんな中、抜きん出て素晴らしいのがオイゲン・ヨッフム指揮による1967年の録音である。こういう気迫のこもった熱烈な演奏を聴くと、「ああ、これこそカルミナだ」と溜飲が下がる。独唱歌手と合唱団がすぐれているのも嬉しい。もうひとつお薦めしておきたいのは、ヘルベルト・ケーゲルが1959年に残した録音。リズムを強調し、旋律を切り立たせた、ゾッとするほど鬼気迫る演奏だ。このほかに注目すべきものとしてはアンドレ・プレヴィン指揮&ウィーン・フィル、比較的新しいところではダニエル・ハーディング指揮&バイエルン放送響のライヴ盤などがある。
(阿部十三)
カール・オルフ
[1895.7.10-1982.3.29]
世俗カンタータ「カルミナ・ブラーナ」

【お薦めディスク】
(掲載CDジャケット:上から)
ベルリン・ドイツ・オペラ管弦楽団・合唱団
オイゲン・ヨッフム指揮
録音:1967年

ライプツィヒ放送交響楽団・合唱団
ヘルベルト・ケーゲル指揮
録音:1959年

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