モーツァルト 歌劇『後宮からの誘拐』
2011.05.13
青春のソング・ブック
これを書きはじめたのは1781年。モーツァルト、25歳。ザルツブルクでの息苦しい宮仕えの身から解放され、独立した職業作曲家として、成功のチャンスを求め、ウィーンに来たばかりだった。
当時はイタリア・オペラが主流で、イタリアの音楽家たちが楽壇を仕切り、ドイツ・オペラはどちらかというと片隅へ追いやられていた。この事態を憂慮した皇帝ヨーゼフII世がドイツ・オペラを盛り上げようと声をかけたものの、なかなか成果は上がらなかった。
そこに風穴を開けたのが『後宮からの誘拐』である。1782年7月16日に行われた初演は、イタリア派の妨害工作をものともせず、圧倒的な成功を収め、嵐のような賛辞を贈られた。これによってモーツァルトは、彼の愛する街ウィーンにおいて、人生で唯一最大とも言える華々しい栄誉を勝ち得たのである。さらに、初演の約半月後にはこのオペラのヒロインと同じ名前を持つ女性、コンスタンツェと結婚。『後宮』は、まさにモーツァルトが人生の高波に乗り、青春を謳歌していた時期に書かれた作品と言える。
ストーリーのあらましは以下の通りである。
スペイン貴族ベルモンテの許嫁コンスタンツェが海賊にさらわれ、今はトルコの太守セリムの後宮に軟禁されている。そこにはベルモンテの召使ペドリロと、コンスタンツェの侍女でペドリロの恋人であるブロンデも捕らわれている。
コンスタンツェはセリムに求愛され、ブロンデは番人のオスミンにしつこく言い寄られているが、彼女たちは頑として受け入れず操を守っている。
ベルモンテは恋人を救うべく単身後宮に潜入。オスミンに邪魔されながらも、ペドリロと連絡を取り合い、コンスタンツェと再会を果たす。が、あと一歩というところで救出に失敗し、捕まってしまう。おまけにベルモンテの父親がかつてセリムの恋人を奪い、自分を国外追放にした憎むべき仇敵であることが発覚。もはや処刑は免れ得ぬものとベルモンテは覚悟する。しかし、セリムは「不当な仕打ちに対して同じように報復するよりは、善行をもって報いる方が、はるかに大きな満足が得られる。そのことをお前の父親に知らせるがよい」と言い、ベルモンテたちを解放してやる。4人の若者はセリムに感謝を捧げ、トルコを後にする。めでたしめでたし。
このオペラについてはカール・マリア・フォン・ウェーバーの至言とも言うべき的確な評がある。これ以上語るべきことはない。
「私はこの作品の中に、誰一人取り戻すことのできない快活な青春時代を、そして、欠点を除去しようとすればたちまちのうちに逃げ去ってしまうあの魅力を見る。私の考えでは、モーツァルトが芸術的に成熟したのは『後宮』においてであって、その後は世慣れた作品を作っていっただけである。『フィガロ』とか『ドン・ジョヴァンニ』とかいったオペラなら彼はいくつも書けたが、『後宮』のような作品は二度と書けなかった」
音源では、カール・ベームが1973年に録音したものが最高。躍動感にあふれ、それでいながら曲の運びに余裕がある。歌手もオジェー、シュライアーなど理想的な布陣だ。
あとはフェレンツ・フリッチャイ指揮による1954年録音のものが――音質はやや古いけど――きびきびしていて好感が持てる。往年の名歌手ヨーゼフ・グラインドルがオスミン役を歌っているのもポイントだ。古楽器系ではウィリアム・クリスティが指揮したものが今のところ一番だろう。聴き慣れた響きに風穴をあけるような、実に清新でみずみずしい演奏である。
モーツァルトのオペラでまず有名なのは『フィガロの結婚』『ドン・ジョヴァンニ』『魔笛』。これらはモーツァルトの三大オペラと呼ばれている。が、メロディーメーカーとしての彼のセンスが最も意気盛んに爆発しているのは『後宮からの誘拐』である。このオペラの中に織り込まれた20曲あまりの歌は、どれも表情豊かで美しい旋律によって編まれており、ポピュラー・ソングとして通用するくらい親しみやすい。
これを書きはじめたのは1781年。モーツァルト、25歳。ザルツブルクでの息苦しい宮仕えの身から解放され、独立した職業作曲家として、成功のチャンスを求め、ウィーンに来たばかりだった。
当時はイタリア・オペラが主流で、イタリアの音楽家たちが楽壇を仕切り、ドイツ・オペラはどちらかというと片隅へ追いやられていた。この事態を憂慮した皇帝ヨーゼフII世がドイツ・オペラを盛り上げようと声をかけたものの、なかなか成果は上がらなかった。
そこに風穴を開けたのが『後宮からの誘拐』である。1782年7月16日に行われた初演は、イタリア派の妨害工作をものともせず、圧倒的な成功を収め、嵐のような賛辞を贈られた。これによってモーツァルトは、彼の愛する街ウィーンにおいて、人生で唯一最大とも言える華々しい栄誉を勝ち得たのである。さらに、初演の約半月後にはこのオペラのヒロインと同じ名前を持つ女性、コンスタンツェと結婚。『後宮』は、まさにモーツァルトが人生の高波に乗り、青春を謳歌していた時期に書かれた作品と言える。
ストーリーのあらましは以下の通りである。
スペイン貴族ベルモンテの許嫁コンスタンツェが海賊にさらわれ、今はトルコの太守セリムの後宮に軟禁されている。そこにはベルモンテの召使ペドリロと、コンスタンツェの侍女でペドリロの恋人であるブロンデも捕らわれている。
コンスタンツェはセリムに求愛され、ブロンデは番人のオスミンにしつこく言い寄られているが、彼女たちは頑として受け入れず操を守っている。
ベルモンテは恋人を救うべく単身後宮に潜入。オスミンに邪魔されながらも、ペドリロと連絡を取り合い、コンスタンツェと再会を果たす。が、あと一歩というところで救出に失敗し、捕まってしまう。おまけにベルモンテの父親がかつてセリムの恋人を奪い、自分を国外追放にした憎むべき仇敵であることが発覚。もはや処刑は免れ得ぬものとベルモンテは覚悟する。しかし、セリムは「不当な仕打ちに対して同じように報復するよりは、善行をもって報いる方が、はるかに大きな満足が得られる。そのことをお前の父親に知らせるがよい」と言い、ベルモンテたちを解放してやる。4人の若者はセリムに感謝を捧げ、トルコを後にする。めでたしめでたし。
いろいろと考えさせられるエンディングではあるが、音楽の方は理屈抜きで素晴らしい。魅力的なメロディーが所狭しと詰まっており、最後まで飽きさせない。歌の部分は、当時としてはかなり自由奔放なスタイルで書かれており、喜怒哀楽の感情の動きを活写している。全体を通して聴いていると、なんというか、青春オペラを作るのが楽しくて仕方ないと言いたげなモーツァルトのうきうきした気持ちが伝わってくる。
このオペラについてはカール・マリア・フォン・ウェーバーの至言とも言うべき的確な評がある。これ以上語るべきことはない。
「私はこの作品の中に、誰一人取り戻すことのできない快活な青春時代を、そして、欠点を除去しようとすればたちまちのうちに逃げ去ってしまうあの魅力を見る。私の考えでは、モーツァルトが芸術的に成熟したのは『後宮』においてであって、その後は世慣れた作品を作っていっただけである。『フィガロ』とか『ドン・ジョヴァンニ』とかいったオペラなら彼はいくつも書けたが、『後宮』のような作品は二度と書けなかった」
音源では、カール・ベームが1973年に録音したものが最高。躍動感にあふれ、それでいながら曲の運びに余裕がある。歌手もオジェー、シュライアーなど理想的な布陣だ。
あとはフェレンツ・フリッチャイ指揮による1954年録音のものが――音質はやや古いけど――きびきびしていて好感が持てる。往年の名歌手ヨーゼフ・グラインドルがオスミン役を歌っているのもポイントだ。古楽器系ではウィリアム・クリスティが指揮したものが今のところ一番だろう。聴き慣れた響きに風穴をあけるような、実に清新でみずみずしい演奏である。
(阿部十三)
ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト
[1756.1.27-1791.12.5]
歌劇『後宮からの誘拐』
【お薦めディスク】(掲載CDジャケット:上から)
アーリーン・オジェー、レリ・グリスト、
ペーター・シュライアー、ハラルド・ノイキルヒ、クルト・モル
シュターツカペレ・ドレスデン
ライプツィヒ放送合唱団
カール・ベーム指揮
録音:1973年
クリスティーネ・シェーファー、パトリシア・プティボン、
イアン・ボストリッジ、イアン・ペイトン、アラン・ユーイング
レザール・フロリサン
ウィリアム・クリスティ指揮
録音:1997年
[1756.1.27-1791.12.5]
歌劇『後宮からの誘拐』
【お薦めディスク】(掲載CDジャケット:上から)
アーリーン・オジェー、レリ・グリスト、
ペーター・シュライアー、ハラルド・ノイキルヒ、クルト・モル
シュターツカペレ・ドレスデン
ライプツィヒ放送合唱団
カール・ベーム指揮
録音:1973年
クリスティーネ・シェーファー、パトリシア・プティボン、
イアン・ボストリッジ、イアン・ペイトン、アラン・ユーイング
レザール・フロリサン
ウィリアム・クリスティ指揮
録音:1997年
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