音楽 CLASSIC

ショスタコーヴィチ 交響曲第5番

2011.06.22
果たしてそれは「革命」なのか

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 国内最大規模のクラシック音楽祭「ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン」で、もしテーマがショスタコーヴィチになったらどうなるのだろう、と時々想像することがある。異様な熱気に覆われている会場内。モーツァルトやショパンの時は家族や恋人たちの憩いの場だったのに、「政治と芸術」「革命」を論じ合う場と化す屋外の休憩所。平年の数倍の割合を占める男性客。おそらく赤字になるが、後世まで語り継がれる音楽祭になることは間違いない。

 ショスタコーヴィチ・ファンにはやや度を超して熱狂的な人が多い。彼らはショスタコーヴィチの作品を聴くと、「これは私だけのために書かれたのではないか」と思わずにいられない。感情が同化するというレベルではなく、己の存在そのものが融合を求めて一体化していくような、そんな精神作用を促進させる音楽なのだ。もちろんバッハやモーツァルトやベートーヴェンにも熱狂的なファンはいる。が、それらを聴いて「自分だけのために書かれた」とまで思う人はなかなかいないだろう。それがショスタコーヴィチだと「俺の人生のテーマ曲」になる。ほかにそういう作用を起こす作曲家の代表はマーラー、バルトークあたりだろうか。

 バルトークもそうだが、ショスタコーヴィチが表現する喜怒哀楽にも相当屈託がある。喜びと皮肉が一緒くたになることもあれば、哀しみと冗談がごっちゃになることもある。見かけの美しさを捨て去り、苦悩を吐露するかと思えば、次の瞬間には仮面をかぶり、陽気(というか滑稽)な調子で踊りだすなんてこともある。しかし、仮面の下の顔は笑っていない。
 もしショスタコーヴィチの音楽を聴いて何一つ感じるものがないのなら、その人はきっと幸福なんだろうと思う。彼の音楽は、居心地のよい世界を求めれば求めるほどリアルな世界に挑発されている人、自己韜晦に慣れている自分に滑稽さと誇りと疲れを同時に感じているような人、真に舞い上がって喜ぶことができない人、そんな不幸な心に向かって響く。

 交響曲第5番は1937年の作品である。当時のソ連はスターリンによる大粛正のまっただ中で、多くの知識人が逮捕され、処刑されていた。若手作曲家として注目を浴びていたショスタコーヴィチもオペラ『ムツェンスク郡のマクベス夫人』をソ連共産党機関紙『プラウダ』に批判され、窮地に立たされていた。そんな彼が反省し、更生したことを示す必要に迫られ、やむなく書いたのが第5番。そしてこの成功によって、ソ連を代表する作曲家としての地位を確立したのである。はっきり言えば保身のために書かれた作品なのだ。

 全体の大まかな流れはベートーヴェンの『運命』と同様、はじめは暗く重々しく、フィナーレは一見華々しい勝利感に満ちている。これを小説的にとらえ、「〈主人公〉が精神的危機を克服し、革命の理想に目覚める」までのプロセスになぞらえた人もいる。そんなことから、一時はソ連共産党を象徴する音楽であるかのように言われ、日本でも「革命」という副題が付けられていた(今でも「ショスタコの5番」「ショスタコの革命」という具合に、人によって呼び方が分かれる)。

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 だが、ショスタコーヴィチの死後に発表され、物議を醸したソロモン・ヴォルコフ編『ショスタコーヴィチの証言』が、さながらパラダイムの転換のごとく、この作品のイメージを180度覆してしまう。ショスタコーヴィチは『証言』の中で、フィナーレに「強制された歓喜」のメッセージを込めたと言っているのだ。そうやって言われてみると、たしかに最後まで緊張感がゆるむことはないし、威圧的な空気も消えていない。『証言』の大半はヴォルコフによる捏造文だという説もあるので鵜呑みにはできないが、かといって簡単には捨て置けない発言である。
 あなたはこのフィナーレをどのように受け止めるだろうか。

 名盤は多いが、まず聴いておきたいのはエフゲニー・ムラヴィンスキーとレナード・バーンスタインのライヴ盤。奇しくも両者とも1970年代に東京文化会館で行われたコンサートで、前者は1973年、後者は1979年の音源。非常に濃密で、熱気あふれる演奏だ。2人の解釈の違いや、米ソのオーケストラの音の違いを聴き比べてみるのも面白い。1961年に録音されたカレル・アンチェル指揮による演奏もお薦め。第3楽章が出色の出来で、切なくなるほど美しい。個人的には、この演奏を雨の日曜日に聴くのがお気に入りである。
(阿部十三)


【関連サイト】
ドミトリ・ショスタコーヴィチ
ショスタコーヴィチ 交響曲第5番(CD)
ドミトリ・ショスタコーヴィチ
[1906.9.25-1975.8.9]
交響曲第5番ニ短調 作品47

【お薦めディスク】(掲載CDジャケット)
レニングラード・フィルハーモニー
エフゲニー・ムラヴィンスキー指揮
録音:1973年5月26日(ライヴ)

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