音楽 CLASSIC

ロドリーゴ アランフェス協奏曲

2011.08.24
哀愁のアランフェス

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 夕陽にはアランフェス協奏曲がよく似合う。晩夏の太陽が沈んでゆくのを眺めながら、静かにこの曲に耳を傾け、人の世のあわれに思いを馳せるーーまるでドラマのワンシーンのようである。

 古今東西のギター協奏曲の中で最も有名な作品であるばかりでなく、世界中の人々に愛されている傑作、アランフェス協奏曲。作曲者はホアキン・ロドリーゴ、スペインを代表する盲目の作曲家である。

 アランフェスは、マドリードから南へ約47km離れたところにある地名で、中央スペインでは珍しく緑に恵まれており、16世紀に建てられた王室の離宮と美しい庭園があることで知られている。ロドリーゴは新婚旅行の時にここを訪れており、歴史の憂愁を肌で感じ、感銘を受けたらしい。彼はこう語っている。「この曲はある特定の時代と場所を想定して書いた。時代はカルロス四世、フェルディナンド七世の頃、所はアランフェス......」。そして彼が描こうとしたのは、「フランシスコ・デ・ゴヤの影、貴族的なものと民衆的なものとが溶け合っていた18世紀のスペイン宮廷の姿」ーー失われたものへの慈しみや、容易に言葉では言い尽くせない感傷の念が込められているのである。

 生ギターとオーケストラでは音量のバランスが違いすぎるため、当初ロドリーゴは作曲に不安を感じていたが、ギター界の大御所レヒーノ・サインス・デ・ラ・マーサから助言を受けながら慎重に書き進めていった。完成したのは1939年、初演されたのは翌年11月9日。当時、スペインはフランコによる独裁政権が誕生した直後で、内乱の傷跡も生々しく、多くの人が疲れ果て、将来への希望を見出せずにいた。そんな人々にこの曲は大きな慰めと深い感動を与えたのである。

 第1楽章はアランフェスへの招待状。そよ風を思わせる軽やかなメロディーと颯爽としたギターのカッティングが心地よい。8分の6拍子と4分の3拍子を織り交ぜた、スペインの民俗音楽によくみられる複合リズムがスパイスとなっている。第2楽章では、愁いに満ちた美しい主題(ギターを弾ける人なら一度は演奏してみたい名旋律だろう)が奏でられ、しんみりとしたムードが漂うが、しだいに高潮してゆき、ノスタルジックな想いをかき立てる。第3楽章は快活でリズミカル。古典的な宮廷音楽の趣を思わせる管楽器の響きが印象的だ。

 全体を通して、ギター演奏の華麗な技巧と情緒的な味わいが楽しめる内容になっている。もうひとつのポイントは、スペインの風景が鮮やかに目に浮かぶこと。たとえ行ったことがなくても、アランフェスの夕陽が、風にそよぐ草が、あるいは雨の景色が、手に取るように見えてくるはず。スペイン音楽特有のえもいわれぬ風味のなせるわざである。

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 第2楽章の名旋律にインスパイアされて、いくつかのアレンジ作品が出ていることはご存知だろうか。マイルス・デイヴィスの『スケッチズ・オブ・スペイン』、ジム・ホールの『アランフェス協奏曲』などなど。歌詞の付いた「わが心のアランフェス」という歌も流布している。さらに、ドラマ『必殺仕事人』シリーズのテーマの一部がこのメロディーに酷似しているし、映画『ブラス!』でもブラスバンド用に編曲されている。音楽ではないけれど、かつて『愛のアランフェス』というフィギュア・スケート漫画もあった。

 究極の録音は、当代随一の名手マヌエル・バルエコによる演奏(1995年録音)。これ以上足すべきものも引くべきものもない名演である。この作品を世に広めるのに貢献したナルシソ・イエペス盤(1969年録音)も良い。オーケストラが若干ひなびているが、そこがかえって味わい深い。フィロメーナ・モレッティが2005年にパリで演奏したライヴ盤も、特にどこが秀でているというわけでもないのに、時々その郷愁を誘う匂いが恋しくなって聴いてしまう。個人的なお気に入りである。
(阿部十三)


【関連サイト】
joaquin rodrigo.com
ホアキン・ロドリーゴ(CD)
ホアキン・ロドリーゴ
[1901.11.22-1999.7.6]
アランフェス協奏曲

【お薦めディスク】(掲載CDジャケット:上から)
マヌエル・バルエコ(g)
フィルハーモニア管弦楽団
プラシド・ドミンゴ指揮
録音:1995年

フィロメーナ・モレッティ(g)
メキシコ州立交響楽団
エンリケ・バティス指揮
録音:2005年

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