ベートーヴェン 交響曲第7番
2011.09.29
Apotheose des Tanzes
ベートーヴェンの交響曲第7番(通称「ベト7」)は、1813年の初演以来、今日に至るまで変わらぬ人気を誇っている。「運命」や「田園」によって初めて交響曲を知った人が、第7番で交響曲の面白さを知る、という話もよく聞く。もっとも、今は『のだめカンタービレ』の影響でその辺の順番が崩れたようで、『運命』や『田園』より先に第7番を全曲通して聴く人の数が驚くほど増えたらしい。
作曲に着手したのは1811年頃。交響曲第6番「田園」の完成から丸3年が経っていた。その間、ベートーヴェンは戦争に直面したり、失恋したり、健康を害したり、金銭面で不如意な生活が続いたり、と精神的にも肉体的にもかなり低調だったようである。にもかかわらず、この第7番はそんなことを感じさせない。それどころか、人生に立ちはだかる壁をものともせずに払いのけるかのような、勇壮な躍動感にあふれている。おそらく、湯治先の保養地テープリッツの環境が彼に昂然たる精神力を取り戻させたのだろう。
第7交響曲の大きな特徴は、なんといってもリズム感覚の斬新さにある。リヒャルト・ワーグナーはこれを「舞踏の聖化(Apotheose des Tanzes)」と呼んだが、なるほど、複雑に交錯しながら興奮状態へとのぼりつめていくリズムの扱いの素晴らしさは比類がない。終楽章の狂騒感など、「酒神ディオニソスの乱舞」を思わせる凄まじい迫力だ。
第2楽章のアレグレットの美しさも特筆に値する。これはベートーヴェンが書いた最も神秘的な音楽のひとつである。暗く妖しい旋律が変奏を重ねながら高潮し、やがて絶頂に達する、その鮮やかな筆運びにはただただ感嘆するほかない。初演時、アンコールでこの楽章だけ演奏され、喝采を博したというのも頷ける。
多彩なメロディー、エキサイティングなリズム、そして絶妙のアンサンブルが一体となったシンフォニック・エクスタシー。ここには、交響曲の醍醐味が凝縮されている。決して単純な構成ではないが、聴き続けているうちにまるで謎解きのようにいろいろな仕掛けが見えてくる。そこがまた面白い。
こういう作品は、リズム処理をちょっと誤っただけで不格好に変形してしまう。人気作品だからとりあえず演奏しました、というのが見え見えの、ぬるい音がただ鳴っているだけのようなものもある。言うまでもなく、そんなのを聴いてもこの作品の魅力は何ひとつ伝わってこない。
その一方で、本当に凄い演奏もある。とりわけオットー・クレンペラー指揮&フィルハーモニア管弦楽団による1955年の録音は、この作品が指揮者とオーケストラに求めているすべての難しい要求に敢然とこたえてみせた演奏である。ここでのクレンペラーの覇気にはもう圧倒されるばかりだ。また、これは後年の60年盤、66年盤(ライヴ)、68年盤についても言えることなのだが、彼の手にかかると、第2楽章が怖いくらいの美しさを帯びはじめる。じっと聴いていると震えが起こるほどだ。ほかの指揮者では、努力の跡は見えるのだが、なかなかクレンペラーのようにはいかない。
カルロス・クライバー指揮&バイエルン国立管弦楽団による1982年のライヴ盤は、2006年に発売されて大きな評判を呼んだもの。「こんなコンサートを生で聴きたい」と思わせるような演奏で、音楽が芯から鳴り響き、風のように疾駆し、火を噴いている。終演後の拍手からも、観客が唖然としている様子がうかがえる。
そのクライバー盤に輪をかけて凄烈なのがヴィルヘルム・フルトヴェングラーとベルリン・フィルによる1943年のライヴ盤。戦時中のフルトヴェングラーがどれだけ放射力の強い音楽的エネルギーを有していたか、なぜ人はフルトヴェングラーの指揮に夢中になったのか、これを聴けばすぐに分かる。こんな演奏を生で食らったら、一生その余韻を引きずることになりそうだ。ほかに、みずみずしいピエール・モントゥー盤、画期的なスローテンポのセルジウ・チェリビダッケ盤も、この交響曲の魅力を堪能させる録音として聴いておいて損はない。
【関連サイト】
ベートーヴェン 交響曲第7番(CD)
ベートーヴェンの交響曲第7番(通称「ベト7」)は、1813年の初演以来、今日に至るまで変わらぬ人気を誇っている。「運命」や「田園」によって初めて交響曲を知った人が、第7番で交響曲の面白さを知る、という話もよく聞く。もっとも、今は『のだめカンタービレ』の影響でその辺の順番が崩れたようで、『運命』や『田園』より先に第7番を全曲通して聴く人の数が驚くほど増えたらしい。
作曲に着手したのは1811年頃。交響曲第6番「田園」の完成から丸3年が経っていた。その間、ベートーヴェンは戦争に直面したり、失恋したり、健康を害したり、金銭面で不如意な生活が続いたり、と精神的にも肉体的にもかなり低調だったようである。にもかかわらず、この第7番はそんなことを感じさせない。それどころか、人生に立ちはだかる壁をものともせずに払いのけるかのような、勇壮な躍動感にあふれている。おそらく、湯治先の保養地テープリッツの環境が彼に昂然たる精神力を取り戻させたのだろう。
第7交響曲の大きな特徴は、なんといってもリズム感覚の斬新さにある。リヒャルト・ワーグナーはこれを「舞踏の聖化(Apotheose des Tanzes)」と呼んだが、なるほど、複雑に交錯しながら興奮状態へとのぼりつめていくリズムの扱いの素晴らしさは比類がない。終楽章の狂騒感など、「酒神ディオニソスの乱舞」を思わせる凄まじい迫力だ。
第2楽章のアレグレットの美しさも特筆に値する。これはベートーヴェンが書いた最も神秘的な音楽のひとつである。暗く妖しい旋律が変奏を重ねながら高潮し、やがて絶頂に達する、その鮮やかな筆運びにはただただ感嘆するほかない。初演時、アンコールでこの楽章だけ演奏され、喝采を博したというのも頷ける。
多彩なメロディー、エキサイティングなリズム、そして絶妙のアンサンブルが一体となったシンフォニック・エクスタシー。ここには、交響曲の醍醐味が凝縮されている。決して単純な構成ではないが、聴き続けているうちにまるで謎解きのようにいろいろな仕掛けが見えてくる。そこがまた面白い。
こういう作品は、リズム処理をちょっと誤っただけで不格好に変形してしまう。人気作品だからとりあえず演奏しました、というのが見え見えの、ぬるい音がただ鳴っているだけのようなものもある。言うまでもなく、そんなのを聴いてもこの作品の魅力は何ひとつ伝わってこない。
その一方で、本当に凄い演奏もある。とりわけオットー・クレンペラー指揮&フィルハーモニア管弦楽団による1955年の録音は、この作品が指揮者とオーケストラに求めているすべての難しい要求に敢然とこたえてみせた演奏である。ここでのクレンペラーの覇気にはもう圧倒されるばかりだ。また、これは後年の60年盤、66年盤(ライヴ)、68年盤についても言えることなのだが、彼の手にかかると、第2楽章が怖いくらいの美しさを帯びはじめる。じっと聴いていると震えが起こるほどだ。ほかの指揮者では、努力の跡は見えるのだが、なかなかクレンペラーのようにはいかない。
カルロス・クライバー指揮&バイエルン国立管弦楽団による1982年のライヴ盤は、2006年に発売されて大きな評判を呼んだもの。「こんなコンサートを生で聴きたい」と思わせるような演奏で、音楽が芯から鳴り響き、風のように疾駆し、火を噴いている。終演後の拍手からも、観客が唖然としている様子がうかがえる。
そのクライバー盤に輪をかけて凄烈なのがヴィルヘルム・フルトヴェングラーとベルリン・フィルによる1943年のライヴ盤。戦時中のフルトヴェングラーがどれだけ放射力の強い音楽的エネルギーを有していたか、なぜ人はフルトヴェングラーの指揮に夢中になったのか、これを聴けばすぐに分かる。こんな演奏を生で食らったら、一生その余韻を引きずることになりそうだ。ほかに、みずみずしいピエール・モントゥー盤、画期的なスローテンポのセルジウ・チェリビダッケ盤も、この交響曲の魅力を堪能させる録音として聴いておいて損はない。
(阿部十三)
ベートーヴェン 交響曲第7番(CD)
ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン
[1770.12.16-1827.3.26]
交響曲第7番イ長調 作品92
【お薦めディスク】(掲載ジャケット:上から)
フィルハーモニア管弦楽団
オットー・クレンペラー指揮
録音:1955年
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
ヴィルヘルム・フルトヴェングラー指揮
録音:1943年10月31日、11月3日(ライヴ)
[1770.12.16-1827.3.26]
交響曲第7番イ長調 作品92
【お薦めディスク】(掲載ジャケット:上から)
フィルハーモニア管弦楽団
オットー・クレンペラー指揮
録音:1955年
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
ヴィルヘルム・フルトヴェングラー指揮
録音:1943年10月31日、11月3日(ライヴ)
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