リスト ピアノ協奏曲第1番
2011.11.01
「ピアノのパガニーニ」による華麗なコンチェルト
交響詩の創始者であるハンガリー出身の作曲家フランツ・リストが、生前、超絶的な技術を誇るヴィルトゥオーゾ・ピアニストとして名声をほしいままにしていたことはよく知られている。「ピアノのパガニーニ」を目指していたという彼が書いたピアノ作品は難易度の高いものが多く、とりわけ「超絶技巧練習曲」など、これを音楽的に申し分なく演奏することは、技術的に進化したと言われる現代のピアニストにとっても一つの大きな課題となっている。
そんな彼が残したピアノ協奏曲は2作。ほかにもいくつか書いていたようだが、現在完成品として伝わっているのは第1番と第2番のみである。
第1番は華やかな演奏効果もあって人気が高いが、外面的な派手さに堕すことがないよう、構成は綿密に練られている。全楽章は切れ目なく演奏され、各楽章の主題が相互に連関しているため、交響詩的な趣もある。この作曲手法はシューベルトの「さすらいの人幻想曲」とベルリオーズの「幻想交響曲」に影響されたものらしい。
主役はピアノだが、オーケストラも引き立て役に終始しているわけではなく、あたかも主役に戦いを挑み、危機へと追い込む敵役のように波風を立たせ、ドラマティックなうねりを形成する。ピアノはそれに対抗して、華麗な活躍を見せる。トライアングルを取り入れて奇抜な音響効果をもたらしている点も面白い。エドゥアルト・ハンスリックはこれを冷笑し、「トライアングル協奏曲」と皮肉ったが、そう呼びたくなる気持ちも分かるくらい存在感を主張している。
作曲に着手したのは10代の終わり頃で、1830年のスケッチには主要主題が書かれている。しかし完成には至らず、1839年にその主題を用いて作曲を開始。演奏旅行のスケジュールに追われてまたも作曲を中断する。その後、1849年になってようやく完成。当時、リストはロシア演奏旅行の際に知ったカロリーネ・フォン・ザイン・ヴィットゲンシュタイン公爵夫人とワイマール近郊で暮らし、ワイマールの宮廷楽団の指揮者に就任していた。
初演は1852年2月17日。ワイマールの宮廷演奏会で、ベルリオーズの指揮、リスト自身のピアノで行われた。これ以降、リストは作曲の仕事に専念し、次々と傑作を発表する。
作品は4つの部分に分けることが出来るが、アダージョとスケルツォを分けずに全3楽章とする見方も多い。ここでは全4楽章として解説する。
第1楽章は自由なソナタ形式。冒頭で力強い第一主題が鳴り響き、オーケストラとピアノが掛け合いを見せた後、ピアノがカデンツァを披露する。この「グランディオーソ」と指示されたカデンツァをいかに弾くかでその後の雰囲気が決まる、と言ってもいいくらい重要な見せ場である。第2楽章のアダージョでは、主要主題が幻想曲風に展開される。スケルツォに相当する第3楽章ではトライアングルが登場。軽妙で奔放な雰囲気を第301小節からのカデンツァで変容させ、重厚華麗な世界を築いてゆく様は鮮やか。第4楽章ではこれまで登場した主題を再現させながら、次第に速度を増してゆき、怒濤のクライマックスへとなだれ込む。
めぼしい録音は意外と少ないが、リストの孫弟子にあたるクラウディオ・アラウが1952年に録音した演奏は、清冽な名演だ。知に偏らず、情に流されず、造型感を大事にしている。音質は古いが、硬質なピアノの響きが魅力的。ユージン・オーマンディのサポートも巧い。
スヴャトスラフ・リヒテル独奏、キリル・コンドラシン指揮、ロンドン交響楽団による1961年の録音はいわゆる「定番」の名盤。実際、この堂々たる偉容は他を寄せつけない。ただ、華々しいピアニズムやエキサイティングな演奏を望む人にはいささか貫禄がありすぎると感じられるかもしれない。
マルタ・アルゲリッチとクラウディオ・アバドが組んだ1968年の録音(これもロンドン交響楽団)も有名。このアルゲリッチの名技には圧倒されるというか、呆れるほかない。が、全体的に響きがやや軽い。彼女の演奏に関して言えば『アルゲリッチの音楽夜話』という映像作品に出てくるものの方が上である(指揮はエーリヒ・ラインスドルフ)。ここではフィナーレの一部しか聴けないが、それだけでも尋常ならざる高揚感が味わえる。ぜひ全曲を映像化、音源化してほしい。
若き日のアルトゥーロ・ベネデッティ・ミケランジェリによる横紙破りの演奏にも強く惹かれるが、音質が悪く、第1楽章のアタマが欠落しているので、評価の対象にはしにくい。ちなみに1939年のライヴ音源で、指揮はエルネスト・アンセルメ指揮、オケはスイス・ロマンド管弦楽団。一聴の価値はある。
この作品を若き日のウラディミール・ホロヴィッツが録音しなかったのは痛恨の極みである。グラズノフの指揮で演奏した、という記録をどこかで見たことがあるが、音源が存在しないので想像するほかない。きっと恐怖を覚えさせるようなスピード感と絢爛たるピアニズムで聴き手を打ちのめす演奏が繰り広げられていたに違いない。
【関連サイト】
リスト:ピアノ協奏曲第1番(CD)
交響詩の創始者であるハンガリー出身の作曲家フランツ・リストが、生前、超絶的な技術を誇るヴィルトゥオーゾ・ピアニストとして名声をほしいままにしていたことはよく知られている。「ピアノのパガニーニ」を目指していたという彼が書いたピアノ作品は難易度の高いものが多く、とりわけ「超絶技巧練習曲」など、これを音楽的に申し分なく演奏することは、技術的に進化したと言われる現代のピアニストにとっても一つの大きな課題となっている。
そんな彼が残したピアノ協奏曲は2作。ほかにもいくつか書いていたようだが、現在完成品として伝わっているのは第1番と第2番のみである。
第1番は華やかな演奏効果もあって人気が高いが、外面的な派手さに堕すことがないよう、構成は綿密に練られている。全楽章は切れ目なく演奏され、各楽章の主題が相互に連関しているため、交響詩的な趣もある。この作曲手法はシューベルトの「さすらいの人幻想曲」とベルリオーズの「幻想交響曲」に影響されたものらしい。
主役はピアノだが、オーケストラも引き立て役に終始しているわけではなく、あたかも主役に戦いを挑み、危機へと追い込む敵役のように波風を立たせ、ドラマティックなうねりを形成する。ピアノはそれに対抗して、華麗な活躍を見せる。トライアングルを取り入れて奇抜な音響効果をもたらしている点も面白い。エドゥアルト・ハンスリックはこれを冷笑し、「トライアングル協奏曲」と皮肉ったが、そう呼びたくなる気持ちも分かるくらい存在感を主張している。
作曲に着手したのは10代の終わり頃で、1830年のスケッチには主要主題が書かれている。しかし完成には至らず、1839年にその主題を用いて作曲を開始。演奏旅行のスケジュールに追われてまたも作曲を中断する。その後、1849年になってようやく完成。当時、リストはロシア演奏旅行の際に知ったカロリーネ・フォン・ザイン・ヴィットゲンシュタイン公爵夫人とワイマール近郊で暮らし、ワイマールの宮廷楽団の指揮者に就任していた。
初演は1852年2月17日。ワイマールの宮廷演奏会で、ベルリオーズの指揮、リスト自身のピアノで行われた。これ以降、リストは作曲の仕事に専念し、次々と傑作を発表する。
作品は4つの部分に分けることが出来るが、アダージョとスケルツォを分けずに全3楽章とする見方も多い。ここでは全4楽章として解説する。
第1楽章は自由なソナタ形式。冒頭で力強い第一主題が鳴り響き、オーケストラとピアノが掛け合いを見せた後、ピアノがカデンツァを披露する。この「グランディオーソ」と指示されたカデンツァをいかに弾くかでその後の雰囲気が決まる、と言ってもいいくらい重要な見せ場である。第2楽章のアダージョでは、主要主題が幻想曲風に展開される。スケルツォに相当する第3楽章ではトライアングルが登場。軽妙で奔放な雰囲気を第301小節からのカデンツァで変容させ、重厚華麗な世界を築いてゆく様は鮮やか。第4楽章ではこれまで登場した主題を再現させながら、次第に速度を増してゆき、怒濤のクライマックスへとなだれ込む。
めぼしい録音は意外と少ないが、リストの孫弟子にあたるクラウディオ・アラウが1952年に録音した演奏は、清冽な名演だ。知に偏らず、情に流されず、造型感を大事にしている。音質は古いが、硬質なピアノの響きが魅力的。ユージン・オーマンディのサポートも巧い。
スヴャトスラフ・リヒテル独奏、キリル・コンドラシン指揮、ロンドン交響楽団による1961年の録音はいわゆる「定番」の名盤。実際、この堂々たる偉容は他を寄せつけない。ただ、華々しいピアニズムやエキサイティングな演奏を望む人にはいささか貫禄がありすぎると感じられるかもしれない。
マルタ・アルゲリッチとクラウディオ・アバドが組んだ1968年の録音(これもロンドン交響楽団)も有名。このアルゲリッチの名技には圧倒されるというか、呆れるほかない。が、全体的に響きがやや軽い。彼女の演奏に関して言えば『アルゲリッチの音楽夜話』という映像作品に出てくるものの方が上である(指揮はエーリヒ・ラインスドルフ)。ここではフィナーレの一部しか聴けないが、それだけでも尋常ならざる高揚感が味わえる。ぜひ全曲を映像化、音源化してほしい。
若き日のアルトゥーロ・ベネデッティ・ミケランジェリによる横紙破りの演奏にも強く惹かれるが、音質が悪く、第1楽章のアタマが欠落しているので、評価の対象にはしにくい。ちなみに1939年のライヴ音源で、指揮はエルネスト・アンセルメ指揮、オケはスイス・ロマンド管弦楽団。一聴の価値はある。
この作品を若き日のウラディミール・ホロヴィッツが録音しなかったのは痛恨の極みである。グラズノフの指揮で演奏した、という記録をどこかで見たことがあるが、音源が存在しないので想像するほかない。きっと恐怖を覚えさせるようなスピード感と絢爛たるピアニズムで聴き手を打ちのめす演奏が繰り広げられていたに違いない。
(阿部十三)
【関連サイト】
リスト:ピアノ協奏曲第1番(CD)
フランツ・リスト
[1811.10.22-1886.7.31]
ピアノ協奏曲第1番変ホ長調
【お薦めディスク】(掲載ジャケット:上から)
クラウディオ・アラウ(p)
フィラデルフィア管弦楽団
ユージン・オーマンディ指揮
録音:1951年
スヴャトスラフ・リヒテル(p)
ロンドン交響楽団
キリル・コンドラシン指揮
録音:1961年
[1811.10.22-1886.7.31]
ピアノ協奏曲第1番変ホ長調
【お薦めディスク】(掲載ジャケット:上から)
クラウディオ・アラウ(p)
フィラデルフィア管弦楽団
ユージン・オーマンディ指揮
録音:1951年
スヴャトスラフ・リヒテル(p)
ロンドン交響楽団
キリル・コンドラシン指揮
録音:1961年
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