サン=サーンス ヴァイオリン協奏曲第3番
2011.11.21
サラサーテのために
サン=サーンスのヴァイオリン協奏曲第3番は、「ツィゴイネルワイゼン」の作曲者としても知られる名手パブロ・デ・サラサーテのために書かれた。ベートーヴェンがフランツ・クレメントのために、メンデルスゾーンがフェルディナンド・ダヴィッドのために、ブラームスがヨーゼフ・ヨアヒムのために、チャイコフスキーがレオポルト・アウアーのためにヴァイオリン協奏曲を書いたように(ただし、チャイコフスキーの場合はアウアーに拒絶された)、サン=サーンスも特定のヴァイオリニストに向けてこの作品を書き上げたのである。サン=サーンスはこのほかにヴァイオリン協奏曲第1番と「序奏とロンド・カプリチオーソ」もサラサーテのために書いている。それだけ9歳年下のスペイン人の才能に惚れ込んでいたということだろう。
ヴァイオリン協奏曲第3番の作曲時期は1880年。初演は1881年1月2日、サラサーテによって行われた。以来、ヴァイオリニストの主要レパートリーとなっている。「三大協奏曲」「四大協奏曲」ほど知名度も評価も得ていないが、ヴァイオリニストの存在がこれほど映える協奏曲も珍しいのではないかと思えるほど、旋律面でも、技巧面でも、見せ場が沢山ある。奏者がその個性と技を存分に発揮出来るヴァイオリン協奏曲は沢山ありそうで、意外と少ないのだ。
第1楽章冒頭、ピアニッシモで奏でられる弦楽器のトレモロとティンパニの上に覆いかぶさるようにしてヴァイオリンがエキゾチックで情熱的な第1主題を呈示する。この魅力的な導入で聴き手の心を掴み、そのまま巧みな構成で一気に最後まで聴かせてしまう。第2楽章はうっとりするほどロマンティックで甘い雰囲気に満ちあふれている。クラリネットを伴ったヴァイオリンのフラジオレットで締めくくられる結尾の美しさには溜め息が出る。第3楽章はヴァイオリンとオーケストラの間で交わされる劇的な対話で始まり、胸にしみるように美しいコラール風の中間主題を経て、華やかなクライマックスへと突き進む。端的に言えば格好良い。ダイナミックな音楽的効果を上げながらも、どこかスマートな印象が残る。
サン=サーンスの作品は、一時、あまりにもそつがないとか、知的すぎて人間味が欠落している、と批判されていたようだ。私も高校2年生の頃、音楽の授業で「サン=サーンスは聴きやすいけど、それだけでしかない」「ドラマティックな人生を送らなかった人の例に漏れず、芸術家としては凡庸だった」と言われたことがある。サン=サーンスがどういう人生を送っていたのか、という点については未だに謎に包まれている部分が多い。にもかかわらず、音楽の教師はきちんと調べもせず、誰かの受け売りで「芸術家としては凡庸」と言い放ったのだ。笑止である。また、第三者の目に激しく見えるような人生を送ったからといって、優れた作品が生まれるわけではない。その理屈に従えば、犯罪や放蕩や自殺未遂をすれば一流の芸術家になれる、ということにもなりかねない。第三者の目に見えずとも、人間は誰でも大なり小なりの苦悩を抱えて生きている。サン=サーンスの人生がどんなものであったにせよ、彼の才能が全く「凡庸」でなかったことは、このヴァイオリン協奏曲を聴けば瞬時に感じ取ることが出来るはずだ。
私がこの作品を知るきっかけとなったのは、ナタン・ミルシテイン独奏による1963年の録音。これは、演奏が素晴らしいことは言うまでもなく、作品の全体像を知る入門盤としても最適だろう。超絶技巧の持ち主として知られたミルシテインも60代になり、悠揚迫らぬ風格ある演奏を聴かせている。勢いまかせのところがなく、変転する旋律の妙を堪能することが出来る。ただ、もっとエッジの利いた激しさ、切り込みの深さが欲しいという人にはジノ・フランチェスカッティがディミトリ・ミトロプーロスと組んだ1950年の録音がお薦めだ。特に第1楽章のコーダには誰もが痺れるだろう。ほかにチョン・キョンファ盤(ローレンス・フォスター指揮)、アルテュール・グリュミオー盤(マニュエル・ロザンタール指揮)も評価が高い。前者はオーケストラを食うようなキョンファの熱演ぶりに目を見張らされる。後者はオーケストラとの絡みにぎこちなさが感じられるが、第3楽章は名演。グリュミオーならではの艶やかな美音が味わえる。
【関連サイト】
サン=サーンス ヴァイオリン協奏曲第3番(CD)
サン=サーンスのヴァイオリン協奏曲第3番は、「ツィゴイネルワイゼン」の作曲者としても知られる名手パブロ・デ・サラサーテのために書かれた。ベートーヴェンがフランツ・クレメントのために、メンデルスゾーンがフェルディナンド・ダヴィッドのために、ブラームスがヨーゼフ・ヨアヒムのために、チャイコフスキーがレオポルト・アウアーのためにヴァイオリン協奏曲を書いたように(ただし、チャイコフスキーの場合はアウアーに拒絶された)、サン=サーンスも特定のヴァイオリニストに向けてこの作品を書き上げたのである。サン=サーンスはこのほかにヴァイオリン協奏曲第1番と「序奏とロンド・カプリチオーソ」もサラサーテのために書いている。それだけ9歳年下のスペイン人の才能に惚れ込んでいたということだろう。
ヴァイオリン協奏曲第3番の作曲時期は1880年。初演は1881年1月2日、サラサーテによって行われた。以来、ヴァイオリニストの主要レパートリーとなっている。「三大協奏曲」「四大協奏曲」ほど知名度も評価も得ていないが、ヴァイオリニストの存在がこれほど映える協奏曲も珍しいのではないかと思えるほど、旋律面でも、技巧面でも、見せ場が沢山ある。奏者がその個性と技を存分に発揮出来るヴァイオリン協奏曲は沢山ありそうで、意外と少ないのだ。
第1楽章冒頭、ピアニッシモで奏でられる弦楽器のトレモロとティンパニの上に覆いかぶさるようにしてヴァイオリンがエキゾチックで情熱的な第1主題を呈示する。この魅力的な導入で聴き手の心を掴み、そのまま巧みな構成で一気に最後まで聴かせてしまう。第2楽章はうっとりするほどロマンティックで甘い雰囲気に満ちあふれている。クラリネットを伴ったヴァイオリンのフラジオレットで締めくくられる結尾の美しさには溜め息が出る。第3楽章はヴァイオリンとオーケストラの間で交わされる劇的な対話で始まり、胸にしみるように美しいコラール風の中間主題を経て、華やかなクライマックスへと突き進む。端的に言えば格好良い。ダイナミックな音楽的効果を上げながらも、どこかスマートな印象が残る。
サン=サーンスの作品は、一時、あまりにもそつがないとか、知的すぎて人間味が欠落している、と批判されていたようだ。私も高校2年生の頃、音楽の授業で「サン=サーンスは聴きやすいけど、それだけでしかない」「ドラマティックな人生を送らなかった人の例に漏れず、芸術家としては凡庸だった」と言われたことがある。サン=サーンスがどういう人生を送っていたのか、という点については未だに謎に包まれている部分が多い。にもかかわらず、音楽の教師はきちんと調べもせず、誰かの受け売りで「芸術家としては凡庸」と言い放ったのだ。笑止である。また、第三者の目に激しく見えるような人生を送ったからといって、優れた作品が生まれるわけではない。その理屈に従えば、犯罪や放蕩や自殺未遂をすれば一流の芸術家になれる、ということにもなりかねない。第三者の目に見えずとも、人間は誰でも大なり小なりの苦悩を抱えて生きている。サン=サーンスの人生がどんなものであったにせよ、彼の才能が全く「凡庸」でなかったことは、このヴァイオリン協奏曲を聴けば瞬時に感じ取ることが出来るはずだ。
私がこの作品を知るきっかけとなったのは、ナタン・ミルシテイン独奏による1963年の録音。これは、演奏が素晴らしいことは言うまでもなく、作品の全体像を知る入門盤としても最適だろう。超絶技巧の持ち主として知られたミルシテインも60代になり、悠揚迫らぬ風格ある演奏を聴かせている。勢いまかせのところがなく、変転する旋律の妙を堪能することが出来る。ただ、もっとエッジの利いた激しさ、切り込みの深さが欲しいという人にはジノ・フランチェスカッティがディミトリ・ミトロプーロスと組んだ1950年の録音がお薦めだ。特に第1楽章のコーダには誰もが痺れるだろう。ほかにチョン・キョンファ盤(ローレンス・フォスター指揮)、アルテュール・グリュミオー盤(マニュエル・ロザンタール指揮)も評価が高い。前者はオーケストラを食うようなキョンファの熱演ぶりに目を見張らされる。後者はオーケストラとの絡みにぎこちなさが感じられるが、第3楽章は名演。グリュミオーならではの艶やかな美音が味わえる。
(阿部十三)
【関連サイト】
サン=サーンス ヴァイオリン協奏曲第3番(CD)
カミーユ・サン=サーンス
[1835.10.9-1921.12.16]
ヴァイオリン協奏曲第3番 ロ短調 作品61
【お薦めディスク】(掲載ジャケット:上から)
ナタン・ミルシティン(vn)
アナトール・フィストラーリ指揮
フィルハーモニア管弦楽団
録音:1963年
ジノ・フランチェスカッティ(vn)
ディミトリ・ミトロプーロス指揮
ニューヨーク・フィルハーモニック
録音:1950年1月23日
[1835.10.9-1921.12.16]
ヴァイオリン協奏曲第3番 ロ短調 作品61
【お薦めディスク】(掲載ジャケット:上から)
ナタン・ミルシティン(vn)
アナトール・フィストラーリ指揮
フィルハーモニア管弦楽団
録音:1963年
ジノ・フランチェスカッティ(vn)
ディミトリ・ミトロプーロス指揮
ニューヨーク・フィルハーモニック
録音:1950年1月23日
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