モーツァルト フルートとハープのための協奏曲
2011.12.06
この取り合わせはかなり美味
こんな曲を書く人間が、本当にこの世に生きていたのだろうか。モーツァルトの音楽を聴いて、そういう感慨にとらわれたことのある人はたくさんいると思う。そこまで感じさせる異常な美しさ、深さといったものが、たしかに彼が遺したいくつかの作品にはある。
さらに、モーツァルトの場合、遺された手紙や関係者の証言から推察できる人物像にとらえどころがなく、おまけに死因が曖昧だったり、葬られた場所がザンクト・マルクス墓地のどこなのかいまだ正確にはわかっていないこともあって、よけい神秘的な存在にみえてくる。彼の天才ぶりを伝える数多くのエピソードも、鍵盤の上に布を敷いた状態で演奏することができたとか、11歳でオペラを書いたとか、あの『ドン・ジョヴァンニ』の序曲を一晩で完成させたとか、奥さんと会話しながら作曲していたとか、普通では考えられないようなものばかりだ。こういう極端な天才が、たとえわずかの間でも地上で生活していたこと、そのこと自体が奇跡ではないだろうか。
『フルートとハープのための協奏曲』は、そんなモーツァルトの天分や美質がいっさいねじ曲げられることなく、素直に表に出た作品である。彼がこれを書いたのは1778年のこと。当時、パリに滞在していた22歳の新進作曲家は、自分のことを理解してくれる貴族をほとんど見つけることができず、失望を味わったらしい。そんな中、わずかながらも仕事をくれたのがド・ギーヌ公爵だった。公爵は趣味でフルートを吹いており、娘はハープをたしなんでいた。モーツァルトはこの父娘の依頼を受け、フルートとハープという、風変わりな取り合わせのコンチェルトを書いた。以上が作曲の経緯である。
ところで、18世紀のフルートは今のものと異なって音色にむらがあり、音程がとりにくかったようで、モーツァルト自身はこの楽器をさほど好んでいなかったようである。また、ハープも上下の半音階移動が自由にできるダブル・アクションをまだ備えていない、いわば不完全なものだった。これらの楽器のために筆をとったのは――今までにない形式の協奏曲を書くことに好奇心を掻き立てられたというのも多少はあるのだろうが――まず第一に生活の必要に迫られていたからである。はっきり言ってしまえば、仕方なしに書いた作品なのだ。そのくせ、これがとびきりの傑作ときているのだから畏れ入るほかない。
『フルートとハープのための〜』という題名を聞いただけだと、こんなライト級の楽器同士の組み合わせで名作と呼べる音楽が生まれるのか、と訝る人もいるかもしれない。しかし、この取り合わせがなんとも言えず美味なのである。優雅で、よどみがなく、メロディーが気持ちよく循環している。聴いている私たちに労苦の跡や作為的なものをまるで感じさせない。モーツァルトがほとんど自動筆記の状態で、この楽譜をすらすら書いている様子が目に浮かぶようだ。
相対性理論で有名なかのアインシュタイン博士は、「死とは?」と問われた際、「モーツァルトを聴けなくなることです」と答えたらしいが、天国に行けばきっとこんな音楽が流れているのではないか。第2楽章など、とろけそうなほど美しく、なんだか耳を傾けていると、さわることのできない憧れを追いかけて遠い所にでも来てしまったような気分になり、理性があやしくなってくる。
録音では、パイヤールが指揮したものと、シノーポリが指揮したものが傑出している。どちらもこの作品にふさわしく、屈託のない、雅致に富んだ演奏である。
【関連サイト】
The Mozart Project
ASSOCIATION JEAN-PIERRE RAMPAL
こんな曲を書く人間が、本当にこの世に生きていたのだろうか。モーツァルトの音楽を聴いて、そういう感慨にとらわれたことのある人はたくさんいると思う。そこまで感じさせる異常な美しさ、深さといったものが、たしかに彼が遺したいくつかの作品にはある。
さらに、モーツァルトの場合、遺された手紙や関係者の証言から推察できる人物像にとらえどころがなく、おまけに死因が曖昧だったり、葬られた場所がザンクト・マルクス墓地のどこなのかいまだ正確にはわかっていないこともあって、よけい神秘的な存在にみえてくる。彼の天才ぶりを伝える数多くのエピソードも、鍵盤の上に布を敷いた状態で演奏することができたとか、11歳でオペラを書いたとか、あの『ドン・ジョヴァンニ』の序曲を一晩で完成させたとか、奥さんと会話しながら作曲していたとか、普通では考えられないようなものばかりだ。こういう極端な天才が、たとえわずかの間でも地上で生活していたこと、そのこと自体が奇跡ではないだろうか。
『フルートとハープのための協奏曲』は、そんなモーツァルトの天分や美質がいっさいねじ曲げられることなく、素直に表に出た作品である。彼がこれを書いたのは1778年のこと。当時、パリに滞在していた22歳の新進作曲家は、自分のことを理解してくれる貴族をほとんど見つけることができず、失望を味わったらしい。そんな中、わずかながらも仕事をくれたのがド・ギーヌ公爵だった。公爵は趣味でフルートを吹いており、娘はハープをたしなんでいた。モーツァルトはこの父娘の依頼を受け、フルートとハープという、風変わりな取り合わせのコンチェルトを書いた。以上が作曲の経緯である。
ところで、18世紀のフルートは今のものと異なって音色にむらがあり、音程がとりにくかったようで、モーツァルト自身はこの楽器をさほど好んでいなかったようである。また、ハープも上下の半音階移動が自由にできるダブル・アクションをまだ備えていない、いわば不完全なものだった。これらの楽器のために筆をとったのは――今までにない形式の協奏曲を書くことに好奇心を掻き立てられたというのも多少はあるのだろうが――まず第一に生活の必要に迫られていたからである。はっきり言ってしまえば、仕方なしに書いた作品なのだ。そのくせ、これがとびきりの傑作ときているのだから畏れ入るほかない。
『フルートとハープのための〜』という題名を聞いただけだと、こんなライト級の楽器同士の組み合わせで名作と呼べる音楽が生まれるのか、と訝る人もいるかもしれない。しかし、この取り合わせがなんとも言えず美味なのである。優雅で、よどみがなく、メロディーが気持ちよく循環している。聴いている私たちに労苦の跡や作為的なものをまるで感じさせない。モーツァルトがほとんど自動筆記の状態で、この楽譜をすらすら書いている様子が目に浮かぶようだ。
相対性理論で有名なかのアインシュタイン博士は、「死とは?」と問われた際、「モーツァルトを聴けなくなることです」と答えたらしいが、天国に行けばきっとこんな音楽が流れているのではないか。第2楽章など、とろけそうなほど美しく、なんだか耳を傾けていると、さわることのできない憧れを追いかけて遠い所にでも来てしまったような気分になり、理性があやしくなってくる。
録音では、パイヤールが指揮したものと、シノーポリが指揮したものが傑出している。どちらもこの作品にふさわしく、屈託のない、雅致に富んだ演奏である。
(阿部十三)
【関連サイト】
The Mozart Project
ASSOCIATION JEAN-PIERRE RAMPAL
ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト
[1756.1.27-1791.12.5]
フルートとハープのための協奏曲ハ長調 K.299
【お薦めディスク】(掲載ジャケット:上から)
ジャン=ピエール・ランパル(fl)
リリー・ラスキーヌ(hp)
パイヤール室内管弦楽団
ジャン=フランソワ・パイヤール指揮
録音:1963年6月
ケネス・スミス(fl)
ブリン・ルイス(hp)
フィルハーモニア管弦楽団
ジュゼッペ・シノーポリ指揮
録音:1991年12月
[1756.1.27-1791.12.5]
フルートとハープのための協奏曲ハ長調 K.299
【お薦めディスク】(掲載ジャケット:上から)
ジャン=ピエール・ランパル(fl)
リリー・ラスキーヌ(hp)
パイヤール室内管弦楽団
ジャン=フランソワ・パイヤール指揮
録音:1963年6月
ケネス・スミス(fl)
ブリン・ルイス(hp)
フィルハーモニア管弦楽団
ジュゼッペ・シノーポリ指揮
録音:1991年12月
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