シベリウス 交響曲第5番
2012.05.09
頭上を舞う、16羽の白鳥
1914年5月から6月にかけて、シベリウスはアメリカを訪問し、大歓迎を受けた。これに気を良くした彼は再度訪米することを考えたが、同年夏、第一次世界大戦が勃発したため断念せざるを得なくなる。おまけに自分の作品を扱っているドイツの出版社から収入が入ってこなくなり、不如意な生活を強いられるようになる。しかし、当時のシベリウスの日記を見てみると、戦争への不安と共に、困難を超えて大きな仕事を成し遂げたいという強い意思が表明されている。
「また深い谷。でも私には、きっと登ることになる山がもう見えている」
交響曲第5番のテーマが浮かんだのは、1914年10月のようである。彼は母国の自然から得た感動をそのまま作品へと投射しようとした。大地を、大気を、緑を、虫を、神々しい音楽にするために心を砕いた。1915年4月21日の日記には次のような記述が見られる。
「今日、11時10分前に16羽の白鳥を見た。大いなる感動! 神よ、なんという美しさだろう! 白鳥は長い間私の頭上を舞い、輝くリボンのように、太陽の靄の中へ消えていった」
彼はその奇蹟を噛みしめるようにして音を紡いでいった。
初演は1915年12月8日、フィンランドの国民的作曲家の生誕50年を祝う記念行事で行われた。結果は大成功、観客からも批評家からも絶賛されたが、シベリウスは満足せず、後に2回、大幅に手を加えている。最終稿は1919年秋に完成し、11月24日、ヘルシンキで作曲者の指揮により披露された。
シベリウスの交響曲といえば第1番、第2番が圧倒的に有名だが、私は第5番を好んでいる。これを聴いていると、覚醒した自然の逞しい力が感じられる。暗い自然に一筋の光が射し、熱が広がり、やがて大地がうねり出す。緑が萌え、仰ぎ見るような巨大な力が噴き上がる。まるでブルックナーの交響曲でも聴いているかのように、雄大な響きが体を包み込む。その美しさ、激しさ、輝かしさ。オルフの『カルミナ・ブラーナ』やストラヴィンスキーの『春の祭典』同様、春という季節にふさわしい作品だと思う。
構成は3楽章制。第1楽章は独創的なスタイルをとっている。ソナタ形式の「テンポ・モルト・モデラート」が、巧みな移行転換によりスケルツォの「アレグロ・モデラート」とつながり、1つの楽章を形成しているのだ。つまり、本来スケルツォにあたる部分が第1楽章に吸収されている。
冒頭、一筋の光を思わせるホルンが聞こえてくるだけで、シベリウスの世界に引き込まれる。この第一主題が徐々にざわめきを起こし、発展を遂げ、悠然とクライマックスを築く様には陶然とするばかりだ。終結部も素晴らしい。プレストの中、トランペットがマルカートで終結主題を奏で、狂騒感が頂点に達したところで曲を閉じるあたり、光彩の飛沫を見る思いがする。
第2楽章は一種の変奏曲。親しみやすい主題が融通無碍な楽器の配合とテンポによって表情を変えていく。ただ、下手に演奏すると退屈で無意味にも聞こえかねない、スコアの読みの深さが問われる楽章である。第3楽章は主題の扱いが面白い。第1主題と第2主題がいかにも自然に組み合わさることで絶妙な音楽的効果を上げている。その旋律は途中で厳粛さを帯びながらも、突破口を見出すようにして絢爛たるフィナーレへと向かう。ここで鳴り響くトランペットは、16羽の白鳥の姿を表現したもの。聴き終えた後は、最も太陽に近い山に登頂したかのような感銘が残るだろう。
私は、1976年にヘルベルト・フォン・カラヤンがベルリン・フィルを指揮した録音を通じて第5番と出会った。この演奏の最高の聴きどころは第1楽章終結部。非常にエキサイティングで、旋律の美しさを損なうことなく、限界まで狂騒感を押し詰めている。カラヤンはシベリウス作品を得意とし、シベリウスもカラヤンの指揮に信頼を置いていたと伝えられているが、この終結部は最良のシベリウス演奏の一つに数えていい。第3楽章の響きも力強く、余蘊を残さない。
パーヴォ・ベルグルンド指揮、ヨーロッパ室内管弦楽団による演奏は、どの楽章も丁寧に彫琢されている。第2楽章などアーティキュレーションが研ぎ澄まされていて、一音一音に深い意味が感じられる。1966年のジョン・バルビローリ盤、1986年のエサ=ペッカ・サロネン盤も、タイプは全く異なるが、それぞれのやり方で作品の魅力を掘り下げた名演。ただし、サロネンが2007年にヴェルビエ音楽祭で指揮したもの(映像)は、忌憚なくいってオーケストラがちゃちで、演奏も表層的である。これはあまりお薦めできない。
【関連サイト】
日本シベリウス協会
シベリウス:交響曲第5番(CD)
1914年5月から6月にかけて、シベリウスはアメリカを訪問し、大歓迎を受けた。これに気を良くした彼は再度訪米することを考えたが、同年夏、第一次世界大戦が勃発したため断念せざるを得なくなる。おまけに自分の作品を扱っているドイツの出版社から収入が入ってこなくなり、不如意な生活を強いられるようになる。しかし、当時のシベリウスの日記を見てみると、戦争への不安と共に、困難を超えて大きな仕事を成し遂げたいという強い意思が表明されている。
「また深い谷。でも私には、きっと登ることになる山がもう見えている」
交響曲第5番のテーマが浮かんだのは、1914年10月のようである。彼は母国の自然から得た感動をそのまま作品へと投射しようとした。大地を、大気を、緑を、虫を、神々しい音楽にするために心を砕いた。1915年4月21日の日記には次のような記述が見られる。
「今日、11時10分前に16羽の白鳥を見た。大いなる感動! 神よ、なんという美しさだろう! 白鳥は長い間私の頭上を舞い、輝くリボンのように、太陽の靄の中へ消えていった」
彼はその奇蹟を噛みしめるようにして音を紡いでいった。
初演は1915年12月8日、フィンランドの国民的作曲家の生誕50年を祝う記念行事で行われた。結果は大成功、観客からも批評家からも絶賛されたが、シベリウスは満足せず、後に2回、大幅に手を加えている。最終稿は1919年秋に完成し、11月24日、ヘルシンキで作曲者の指揮により披露された。
シベリウスの交響曲といえば第1番、第2番が圧倒的に有名だが、私は第5番を好んでいる。これを聴いていると、覚醒した自然の逞しい力が感じられる。暗い自然に一筋の光が射し、熱が広がり、やがて大地がうねり出す。緑が萌え、仰ぎ見るような巨大な力が噴き上がる。まるでブルックナーの交響曲でも聴いているかのように、雄大な響きが体を包み込む。その美しさ、激しさ、輝かしさ。オルフの『カルミナ・ブラーナ』やストラヴィンスキーの『春の祭典』同様、春という季節にふさわしい作品だと思う。
構成は3楽章制。第1楽章は独創的なスタイルをとっている。ソナタ形式の「テンポ・モルト・モデラート」が、巧みな移行転換によりスケルツォの「アレグロ・モデラート」とつながり、1つの楽章を形成しているのだ。つまり、本来スケルツォにあたる部分が第1楽章に吸収されている。
冒頭、一筋の光を思わせるホルンが聞こえてくるだけで、シベリウスの世界に引き込まれる。この第一主題が徐々にざわめきを起こし、発展を遂げ、悠然とクライマックスを築く様には陶然とするばかりだ。終結部も素晴らしい。プレストの中、トランペットがマルカートで終結主題を奏で、狂騒感が頂点に達したところで曲を閉じるあたり、光彩の飛沫を見る思いがする。
第2楽章は一種の変奏曲。親しみやすい主題が融通無碍な楽器の配合とテンポによって表情を変えていく。ただ、下手に演奏すると退屈で無意味にも聞こえかねない、スコアの読みの深さが問われる楽章である。第3楽章は主題の扱いが面白い。第1主題と第2主題がいかにも自然に組み合わさることで絶妙な音楽的効果を上げている。その旋律は途中で厳粛さを帯びながらも、突破口を見出すようにして絢爛たるフィナーレへと向かう。ここで鳴り響くトランペットは、16羽の白鳥の姿を表現したもの。聴き終えた後は、最も太陽に近い山に登頂したかのような感銘が残るだろう。
私は、1976年にヘルベルト・フォン・カラヤンがベルリン・フィルを指揮した録音を通じて第5番と出会った。この演奏の最高の聴きどころは第1楽章終結部。非常にエキサイティングで、旋律の美しさを損なうことなく、限界まで狂騒感を押し詰めている。カラヤンはシベリウス作品を得意とし、シベリウスもカラヤンの指揮に信頼を置いていたと伝えられているが、この終結部は最良のシベリウス演奏の一つに数えていい。第3楽章の響きも力強く、余蘊を残さない。
パーヴォ・ベルグルンド指揮、ヨーロッパ室内管弦楽団による演奏は、どの楽章も丁寧に彫琢されている。第2楽章などアーティキュレーションが研ぎ澄まされていて、一音一音に深い意味が感じられる。1966年のジョン・バルビローリ盤、1986年のエサ=ペッカ・サロネン盤も、タイプは全く異なるが、それぞれのやり方で作品の魅力を掘り下げた名演。ただし、サロネンが2007年にヴェルビエ音楽祭で指揮したもの(映像)は、忌憚なくいってオーケストラがちゃちで、演奏も表層的である。これはあまりお薦めできない。
(阿部十三)
【関連サイト】
日本シベリウス協会
シベリウス:交響曲第5番(CD)
ジャン・シベリウス
[1865.12.8-1957.9.20]
交響曲第5番 変ホ長調 作品82
【お薦めディスク】(掲載ジャケット:上から)
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮
録音:1976年
ヨーロッパ室内管弦楽団
パーヴォ・ベルグルンド指揮
録音:1996年
[1865.12.8-1957.9.20]
交響曲第5番 変ホ長調 作品82
【お薦めディスク】(掲載ジャケット:上から)
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮
録音:1976年
ヨーロッパ室内管弦楽団
パーヴォ・ベルグルンド指揮
録音:1996年
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