ヴィヴァルディ オーボエ協奏曲 ニ短調
2012.07.01
バロックの「疾走する悲しみ」
ストラヴィンスキーはヴィヴァルディのことを「同じ協奏曲を400曲も書いた」と評した。どれもこれも同じにしか聞こえないという皮肉である。たしかに、作品3『調和の霊感』、作品4『ラ・ストラヴァガンツァ』、『四季』を含む作品8『和声と創意への試み』、作品9『ラ・チェトラ』を目隠しで聴いて、どの曲がどの協奏曲集の何番目の作品の何楽章かいい当てることができる人は、相当のヴィヴァルディ通である。しかし、いうまでもなく、ヴィヴァルディは同じ協奏曲を書き続けていたわけではない。いくつかの曲は、過激といえるほどの感情表現を内包していたり、尖鋭的な音響で聴き手の想像力を刺激したりする。
400曲、否、500曲以上もの協奏曲を書いたといわれるヴィヴァルディの代表作は、『四季』。ほかに挙げるとすれば、ヴァイオリンを習った人なら大抵は弾かされるイ短調RV.356、映画でも使われたホ長調「恋人」RV.271、2つのヴァイオリンのための協奏曲RV.522あたりだろうか。粒揃いの名曲が揃った『ラ・ストラヴァガンツァ』も外せない。いずれも一度聴いたらなかなか忘れられない、表現意欲に溢れた作品である。これらを聴いてヴィヴァルディに個性がない、などという人はほとんどいないだろう。
私が最も好んでいるヴィヴァルディの協奏曲は、オーボエ協奏曲ニ短調RV.454(作品8-9)だ。作品8-9とあることからもわかるように、『和声と創意への試み』の9曲目にあたる。独奏楽器は元々ヴァイオリンだったが、オーボエでもよいとされている。実際、オーボエで演奏される方が、弦楽器との音響の対比も明確になり、格段に魅力的である。ただ、旋律は美しくも悲劇的な調子を帯びている。悲劇的だが、決して沈潜しない。怖いほど透明で、手に掴んで握りしめようにも、指をすりぬけて流れていってしまうような、どうしようもない悲しさである。
アンリ・ゲオンが『モーツァルトとの散歩』の中で、モーツァルトの弦楽五重奏曲ト短調の冒頭を「tristesse allante」と表現し、小林秀雄が『モオツァルト』でゲオンの言葉を引用して、「モオツァルトのかなしさは疾走する。涙は追いつけない」という名文を書いたのは周知の通りである。私はヴィヴァルディのオーボエ協奏曲ニ短調RV.454を聴くと、どうしても2人の言葉を思い出してしまう。「tristesse allante」とは、まさにこの作品のためにあるような言葉である。そして「涙はおいつけない」。これもぴったりである。
なぜヴィヴァルディがこんな旋律を書いたのかはわからない。ただ、何かに追い立てられるように筆をとり、憑かれたように作曲していた様子がうかがえる。全3楽章で、演奏時間は10分にも満たない。それにもかかわらず、聴き終えた後、深い感情体験を経たような気持ちにさせられる。
もっとも、私がこのように感じるのは、最初に出会った演奏があまりにも衝撃的だったからかもしれない。それがヘルベルト・ケーゲル指揮、ライプツィヒ放送交響楽団の録音である(独奏はフリッツ・シュナイダー)。音楽が美しすぎて、悲しすぎて、耳を傾けていると感覚が麻痺してしまう。峻烈な感情が一種の冷徹さにまで昇華されている。音を聴くというより、美を浴びているような錯覚に陥り、体が震える。この後、私はオーボエ協奏曲に夢中になっていろいろ探してみたものの、これ以上の演奏にはまだ出会えていない。
ハインツ・ホリガー盤、クラウディオ・シモーネ盤(独奏はピエール・ピエルロ)など、魅力的な演奏もあるにはある。ゼフィーロ・バロック管弦楽団による録音も良い。アルフレード・ベルナルディーニのオーボエの美しい音色と妙技、オケの洗練されたアーティキュレーション、実に聴かせる演奏である。が、危険な美しさに吸い寄せられるように、ケーゲル盤に戻ってしまう。
【関連サイト】
ヴィヴァルディ オーボエ協奏曲 ニ短調(CD)
ストラヴィンスキーはヴィヴァルディのことを「同じ協奏曲を400曲も書いた」と評した。どれもこれも同じにしか聞こえないという皮肉である。たしかに、作品3『調和の霊感』、作品4『ラ・ストラヴァガンツァ』、『四季』を含む作品8『和声と創意への試み』、作品9『ラ・チェトラ』を目隠しで聴いて、どの曲がどの協奏曲集の何番目の作品の何楽章かいい当てることができる人は、相当のヴィヴァルディ通である。しかし、いうまでもなく、ヴィヴァルディは同じ協奏曲を書き続けていたわけではない。いくつかの曲は、過激といえるほどの感情表現を内包していたり、尖鋭的な音響で聴き手の想像力を刺激したりする。
400曲、否、500曲以上もの協奏曲を書いたといわれるヴィヴァルディの代表作は、『四季』。ほかに挙げるとすれば、ヴァイオリンを習った人なら大抵は弾かされるイ短調RV.356、映画でも使われたホ長調「恋人」RV.271、2つのヴァイオリンのための協奏曲RV.522あたりだろうか。粒揃いの名曲が揃った『ラ・ストラヴァガンツァ』も外せない。いずれも一度聴いたらなかなか忘れられない、表現意欲に溢れた作品である。これらを聴いてヴィヴァルディに個性がない、などという人はほとんどいないだろう。
私が最も好んでいるヴィヴァルディの協奏曲は、オーボエ協奏曲ニ短調RV.454(作品8-9)だ。作品8-9とあることからもわかるように、『和声と創意への試み』の9曲目にあたる。独奏楽器は元々ヴァイオリンだったが、オーボエでもよいとされている。実際、オーボエで演奏される方が、弦楽器との音響の対比も明確になり、格段に魅力的である。ただ、旋律は美しくも悲劇的な調子を帯びている。悲劇的だが、決して沈潜しない。怖いほど透明で、手に掴んで握りしめようにも、指をすりぬけて流れていってしまうような、どうしようもない悲しさである。
アンリ・ゲオンが『モーツァルトとの散歩』の中で、モーツァルトの弦楽五重奏曲ト短調の冒頭を「tristesse allante」と表現し、小林秀雄が『モオツァルト』でゲオンの言葉を引用して、「モオツァルトのかなしさは疾走する。涙は追いつけない」という名文を書いたのは周知の通りである。私はヴィヴァルディのオーボエ協奏曲ニ短調RV.454を聴くと、どうしても2人の言葉を思い出してしまう。「tristesse allante」とは、まさにこの作品のためにあるような言葉である。そして「涙はおいつけない」。これもぴったりである。
なぜヴィヴァルディがこんな旋律を書いたのかはわからない。ただ、何かに追い立てられるように筆をとり、憑かれたように作曲していた様子がうかがえる。全3楽章で、演奏時間は10分にも満たない。それにもかかわらず、聴き終えた後、深い感情体験を経たような気持ちにさせられる。
もっとも、私がこのように感じるのは、最初に出会った演奏があまりにも衝撃的だったからかもしれない。それがヘルベルト・ケーゲル指揮、ライプツィヒ放送交響楽団の録音である(独奏はフリッツ・シュナイダー)。音楽が美しすぎて、悲しすぎて、耳を傾けていると感覚が麻痺してしまう。峻烈な感情が一種の冷徹さにまで昇華されている。音を聴くというより、美を浴びているような錯覚に陥り、体が震える。この後、私はオーボエ協奏曲に夢中になっていろいろ探してみたものの、これ以上の演奏にはまだ出会えていない。
ハインツ・ホリガー盤、クラウディオ・シモーネ盤(独奏はピエール・ピエルロ)など、魅力的な演奏もあるにはある。ゼフィーロ・バロック管弦楽団による録音も良い。アルフレード・ベルナルディーニのオーボエの美しい音色と妙技、オケの洗練されたアーティキュレーション、実に聴かせる演奏である。が、危険な美しさに吸い寄せられるように、ケーゲル盤に戻ってしまう。
(阿部十三)
【関連サイト】
ヴィヴァルディ オーボエ協奏曲 ニ短調(CD)
アントニオ・ヴィヴァルディ
[1678.3.4-1741.7.28]
オーボエ協奏曲 ニ短調 RV.454
【お薦めディスク】(掲載ジャケット:上から)
フリッツ・シュナイダー(ob)
ライプツィヒ放送交響楽団
ヘルベルト・ケーゲル指揮
録音:1970年
ゼフィーロ・バロック管弦楽団
アルフレード・ベルナルディーニ(指揮、Ob)
録音:2004年11月
[1678.3.4-1741.7.28]
オーボエ協奏曲 ニ短調 RV.454
【お薦めディスク】(掲載ジャケット:上から)
フリッツ・シュナイダー(ob)
ライプツィヒ放送交響楽団
ヘルベルト・ケーゲル指揮
録音:1970年
ゼフィーロ・バロック管弦楽団
アルフレード・ベルナルディーニ(指揮、Ob)
録音:2004年11月
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