デンツァ 「フニクリ・フニクラ」
2012.07.21
大作曲家も惚れたCMソング
口ずさんでいるだけで楽しい気分になる歌がある。その歌があれば、殺風景な道を歩いている間も、ピクニックで野山を闊歩しているような心持ちになってくる。「フニクリ・フニクラ」とは、まさにそんな歌である。
民謡のように親しまれている「フニクリ・フニクラ」だが、元々は1880年にヴェスヴィオ山に登山電車が敷設された時、観光客を呼ぶために作られたコマーシャル・ソングである。作曲はルイジ・デンツァ、作詞はジュゼッペ・トゥルコが手がけた。ヴェスヴィオといえば、『ポンペイ最後の日』にも描かれた79年8月24日の大噴火が有名。これによってポンペイが地に埋もれた、という話は世界史の教科書にも出てくる。その山麓から火口を登山電車で行き来しようというのである。当初、あまりに急勾配なため、客は集まらなかった。そこで、客寄せのためにCMソングが作られることになった。
デンツァは、1846年2月24日に生まれたイタリアの作曲家で、ナポリ音楽院でメルカダンテ、セッラーオに作曲を学んだ。メルカダンテもセッラーオも今日ではほとんど知られていないが、前者は『エリーザとクラウディオ』(1821年)、後者は『グイーザ公夫人』(1868年)で大成功を収めた高名な作曲家である。デンツァ自身が書いたオペラ(『ヴァレンシュタイン』など)もあるが、彼の作品で最もポピュラーなのは「フニクリ・フニクラ」だろう。
「フニクリ・フニクラ」はナポリ市民の間で大流行し、愛唱歌のような存在になった。と同時に、ヴェスヴィオの登山鉄道も広く受け入れられるようになった。原曲の歌詞は、ちょっとした恋物語になっていて、主人公は最後に突然プロポーズする。恋は火山のごとし。ヴェスヴィオをデート・スポットにする狙いもあったのだろう。
ちなみに、「フニクリ・フニクラ」は、フィニコラーレ(ケーブルカー)に由来している。一種のもじりである。1944年、ヴェスヴィオ山が噴火したことにより、鉄道は使えなくなったが、歌だけは残り、今なお歌い継がれている。ローカルなコマーシャル・ソングが、国境と時代を越えて愛唱歌になる。歌の力、おそるべしだ。
『ツァラトストラはかく語りき』や『ばらの騎士』の作曲家である天才、リヒャルト・シュトラウスは、若い頃、イタリアを旅行した際にこの歌を知り、古くから伝わるナポリ民謡だと思い込み、交響的幻想曲『イタリアより』の第4楽章にメロディーをとりいれる、という失敗を犯してしまった。それくらいナポリの風土に密着した音楽に思えたのである。リムスキー=コルサコフも「ナポリの歌」という題名で管弦楽版に編曲している。
私はブルーノ・ヴェントゥリーニの歌唱でよく聴いている。その明朗な歌声を聴いていると、夏休みに「♪フニクリ・フニクラ・フニクリ・フニクラ〜」と陽気に合唱しながら鉄道に揺られていた人々の屈託のない表情が目に浮かぶ。古い音源だが、伝説のテノール、ベニアミーノ・ジーリ盤も良い。こういう曲をオペラ歌手が歌うと、大抵の場合、親しみやすさを殺いで、立派な声量で押し切ってしまいがちだが、ここで聴けるジーリの歌にはほどよい明るさと軽さがある。
「フニクリ・フニクラ」は、日本でも昔から愛唱されてきた。三浦環、藤原義江など懐かしい歌手による録音も存在する。三浦環の歌は、「昨夜ナネット何処行った〜」という歌詞ではじまる。替え歌なのか、訳詞(訳は妹尾幸陽)がおかしいのかは判断しかねるが、ナネットという人物は原曲には存在しない。ひょっとして、「Nannine」の一語から想像をふくらませたのだろうか。替え歌といえば、切ないラブソングと化した「となり横丁」、子供向けの「鬼のパンツ」が有名である。変わったアレンジが施されているものとしては、細野晴臣によるテクノバージョンが、無機的かつ夢幻的な異世界を表現していて、面白い。
【関連サイト】
「フニクリ・フニクラ」(CD)
口ずさんでいるだけで楽しい気分になる歌がある。その歌があれば、殺風景な道を歩いている間も、ピクニックで野山を闊歩しているような心持ちになってくる。「フニクリ・フニクラ」とは、まさにそんな歌である。
民謡のように親しまれている「フニクリ・フニクラ」だが、元々は1880年にヴェスヴィオ山に登山電車が敷設された時、観光客を呼ぶために作られたコマーシャル・ソングである。作曲はルイジ・デンツァ、作詞はジュゼッペ・トゥルコが手がけた。ヴェスヴィオといえば、『ポンペイ最後の日』にも描かれた79年8月24日の大噴火が有名。これによってポンペイが地に埋もれた、という話は世界史の教科書にも出てくる。その山麓から火口を登山電車で行き来しようというのである。当初、あまりに急勾配なため、客は集まらなかった。そこで、客寄せのためにCMソングが作られることになった。
デンツァは、1846年2月24日に生まれたイタリアの作曲家で、ナポリ音楽院でメルカダンテ、セッラーオに作曲を学んだ。メルカダンテもセッラーオも今日ではほとんど知られていないが、前者は『エリーザとクラウディオ』(1821年)、後者は『グイーザ公夫人』(1868年)で大成功を収めた高名な作曲家である。デンツァ自身が書いたオペラ(『ヴァレンシュタイン』など)もあるが、彼の作品で最もポピュラーなのは「フニクリ・フニクラ」だろう。
「フニクリ・フニクラ」はナポリ市民の間で大流行し、愛唱歌のような存在になった。と同時に、ヴェスヴィオの登山鉄道も広く受け入れられるようになった。原曲の歌詞は、ちょっとした恋物語になっていて、主人公は最後に突然プロポーズする。恋は火山のごとし。ヴェスヴィオをデート・スポットにする狙いもあったのだろう。
ちなみに、「フニクリ・フニクラ」は、フィニコラーレ(ケーブルカー)に由来している。一種のもじりである。1944年、ヴェスヴィオ山が噴火したことにより、鉄道は使えなくなったが、歌だけは残り、今なお歌い継がれている。ローカルなコマーシャル・ソングが、国境と時代を越えて愛唱歌になる。歌の力、おそるべしだ。
『ツァラトストラはかく語りき』や『ばらの騎士』の作曲家である天才、リヒャルト・シュトラウスは、若い頃、イタリアを旅行した際にこの歌を知り、古くから伝わるナポリ民謡だと思い込み、交響的幻想曲『イタリアより』の第4楽章にメロディーをとりいれる、という失敗を犯してしまった。それくらいナポリの風土に密着した音楽に思えたのである。リムスキー=コルサコフも「ナポリの歌」という題名で管弦楽版に編曲している。
私はブルーノ・ヴェントゥリーニの歌唱でよく聴いている。その明朗な歌声を聴いていると、夏休みに「♪フニクリ・フニクラ・フニクリ・フニクラ〜」と陽気に合唱しながら鉄道に揺られていた人々の屈託のない表情が目に浮かぶ。古い音源だが、伝説のテノール、ベニアミーノ・ジーリ盤も良い。こういう曲をオペラ歌手が歌うと、大抵の場合、親しみやすさを殺いで、立派な声量で押し切ってしまいがちだが、ここで聴けるジーリの歌にはほどよい明るさと軽さがある。
「フニクリ・フニクラ」は、日本でも昔から愛唱されてきた。三浦環、藤原義江など懐かしい歌手による録音も存在する。三浦環の歌は、「昨夜ナネット何処行った〜」という歌詞ではじまる。替え歌なのか、訳詞(訳は妹尾幸陽)がおかしいのかは判断しかねるが、ナネットという人物は原曲には存在しない。ひょっとして、「Nannine」の一語から想像をふくらませたのだろうか。替え歌といえば、切ないラブソングと化した「となり横丁」、子供向けの「鬼のパンツ」が有名である。変わったアレンジが施されているものとしては、細野晴臣によるテクノバージョンが、無機的かつ夢幻的な異世界を表現していて、面白い。
(阿部十三)
【関連サイト】
「フニクリ・フニクラ」(CD)
ルイジ・デンツァ
[1846.2.24-1922.1.26] ※2月23日生まれの説も
「フニクリ・フニクラ」
【お薦めディスク】(掲載ジャケット:上から)
ブルーノ・ヴェントゥリーニ
録音:不詳
ベニアミーノ・ジーリ
録音:1949年
[1846.2.24-1922.1.26] ※2月23日生まれの説も
「フニクリ・フニクラ」
【お薦めディスク】(掲載ジャケット:上から)
ブルーノ・ヴェントゥリーニ
録音:不詳
ベニアミーノ・ジーリ
録音:1949年
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