サン=サーンス 交響曲第3番「オルガン付き」
2013.03.29
「怒りの日」に音が溢れる
サン=サーンスの交響曲第3番「オルガン付き」は、循環形式を駆使して書かれた傑作である。壮麗に鳴り響くオルガンのインパクトが大きすぎるため、「派手な交響曲」の代名詞のようにいわれがちだが、その堅牢かつ緻密な構成を意識しながら聴けば、作品の奥にある魅力が味わえるだろう。
時に暗示的に、時に変則的に現れる主題はグレゴリオ聖歌の「怒りの日」に類似している。サン=サーンスが「怒りの日」に一種の執着心を持っていたことは、『死の舞踏』などからも想像できるが、それにしても、なぜ「オルガン付き」に織り込んだのか。ひょっとすると、これは交響曲であると同時に、長大な「怒りの日」という意味も包含しているのではないか。「オルガン付き」の初演後、出版される際に「フランツ・リストの回想のために」という献辞が加えられたことも、そういう推測を私に促すのである(周知の通り、リストも「怒りの日」を引用し、『死の舞踏』を書いている)。
ちなみに、「オルガン付き」より前に書かれた『レクイエム』でも、「怒りの日」でオルガンが印象的に登場する。このアイディアはそのまま「オルガン付き」に持ち込まれているが、サン=サーンスとしては自身の才能を発揮したとは必ずしもいえない『レクイエム』の「怒りの日」を更新したい気持ちがあったのかもしれない。
元々はロンドン・フィルハーモニック協会からの依嘱作品で、1886年に完成した。初演は5月19日に行われ、大成功をおさめたという。しかし、演奏効果の派手さゆえ、エンターテイメント作品のようにみなされる傾向もある。指揮者や演奏家が個性を出しにくい作品で、エポックメイキング的な名演奏が生まれにくい、という話も時折耳にする。
楽章は2つに分かれているが、各楽章をさらに2つに分けることが可能である。全体を通して循環形式が効果的に機能しており、それでいて、くどさを感じさせない。
第1楽章の第1部はアダージョの序奏とアレグロ・モデラートの主部で構成されている。第2部はポーコ・アダージョ。オルガンの音色に導かれて、美しいメロディーが奏でられる。第2楽章の第1部はスケルツォに相当する部分。劇的な性格を持つ主題がアレグロ・モデラートで刻みつけられる。第2部はオルガンの強奏で始まり、巧妙極まる筆運びで「怒りの日」を華やかな音響へと昇華させながら、光彩溢れるクライマックスを形成していく。
録音では、シャルル・ミュンシュ/ボストン響による1959年の演奏、ジャン・マルティノン/フランス国立管による1975年の演奏、シャルル・デュトワ/モントリオール響による1981年の演奏あたりが有名である。ただ、この作品に派手さを求める人、堅実さを求める人、美しさを求める人、もっと何か違う魅力を求める人で、それぞれ評価は異なるだろう。
私は、この作品の魅力を根底から見直させる意味でも、エフゲニー・スヴェトラーノフが指揮した1998年のライヴ盤をお薦めしたい。オーケストラはスウェーデン放送響。遅めのテンポで、旋律を慈しむようになでたり、じわじわ締め上げたりしながら、時間と空間の概念から逸脱したような美しい世界を我々の前に出現させる。第2楽章第2部のオルガン荘厳さは仰ぎ見たくなるほど。のみこめないほどの感動をのみこまされて、聴き終えた後はぐったりしてしまう。
ポール・パレーが手兵デトロイト響を指揮した録音も、ファンにはおなじみの名演奏。作品の魅力を知り尽くした上で、心からの共感を以て一音一音を扱っていることが伝わってくる。オケの響きは毅然としているが、突っぱねる感じではない。洗練されすぎず、深いコクを保っている。そこから生まれる味わいがたまらない。ちなみに、オルガン奏者はパレーと同い年の老匠、マルセル・デュプレ。パレーとデュプレは若き日にローマ大賞を受賞した作曲家でもある。ジョルジュ・プレートル/ウィーン響による録音は、「派手な交響曲」のイメージに一石を投じる美演。オルガンを弾いているのはデュプレの弟子、マリー=クレール・アランである。心を無にしてこういう録音に接すれば、自ずと「オルガン付き」の聴き方も変わってくるだろう。スヴェトラーノフ盤とあわせて聴いておきたい名盤である。
【関連サイト】
サン=サーンス:交響曲第3番「オルガン付き」(CD)
サン=サーンスの交響曲第3番「オルガン付き」は、循環形式を駆使して書かれた傑作である。壮麗に鳴り響くオルガンのインパクトが大きすぎるため、「派手な交響曲」の代名詞のようにいわれがちだが、その堅牢かつ緻密な構成を意識しながら聴けば、作品の奥にある魅力が味わえるだろう。
時に暗示的に、時に変則的に現れる主題はグレゴリオ聖歌の「怒りの日」に類似している。サン=サーンスが「怒りの日」に一種の執着心を持っていたことは、『死の舞踏』などからも想像できるが、それにしても、なぜ「オルガン付き」に織り込んだのか。ひょっとすると、これは交響曲であると同時に、長大な「怒りの日」という意味も包含しているのではないか。「オルガン付き」の初演後、出版される際に「フランツ・リストの回想のために」という献辞が加えられたことも、そういう推測を私に促すのである(周知の通り、リストも「怒りの日」を引用し、『死の舞踏』を書いている)。
ちなみに、「オルガン付き」より前に書かれた『レクイエム』でも、「怒りの日」でオルガンが印象的に登場する。このアイディアはそのまま「オルガン付き」に持ち込まれているが、サン=サーンスとしては自身の才能を発揮したとは必ずしもいえない『レクイエム』の「怒りの日」を更新したい気持ちがあったのかもしれない。
元々はロンドン・フィルハーモニック協会からの依嘱作品で、1886年に完成した。初演は5月19日に行われ、大成功をおさめたという。しかし、演奏効果の派手さゆえ、エンターテイメント作品のようにみなされる傾向もある。指揮者や演奏家が個性を出しにくい作品で、エポックメイキング的な名演奏が生まれにくい、という話も時折耳にする。
楽章は2つに分かれているが、各楽章をさらに2つに分けることが可能である。全体を通して循環形式が効果的に機能しており、それでいて、くどさを感じさせない。
第1楽章の第1部はアダージョの序奏とアレグロ・モデラートの主部で構成されている。第2部はポーコ・アダージョ。オルガンの音色に導かれて、美しいメロディーが奏でられる。第2楽章の第1部はスケルツォに相当する部分。劇的な性格を持つ主題がアレグロ・モデラートで刻みつけられる。第2部はオルガンの強奏で始まり、巧妙極まる筆運びで「怒りの日」を華やかな音響へと昇華させながら、光彩溢れるクライマックスを形成していく。
録音では、シャルル・ミュンシュ/ボストン響による1959年の演奏、ジャン・マルティノン/フランス国立管による1975年の演奏、シャルル・デュトワ/モントリオール響による1981年の演奏あたりが有名である。ただ、この作品に派手さを求める人、堅実さを求める人、美しさを求める人、もっと何か違う魅力を求める人で、それぞれ評価は異なるだろう。
私は、この作品の魅力を根底から見直させる意味でも、エフゲニー・スヴェトラーノフが指揮した1998年のライヴ盤をお薦めしたい。オーケストラはスウェーデン放送響。遅めのテンポで、旋律を慈しむようになでたり、じわじわ締め上げたりしながら、時間と空間の概念から逸脱したような美しい世界を我々の前に出現させる。第2楽章第2部のオルガン荘厳さは仰ぎ見たくなるほど。のみこめないほどの感動をのみこまされて、聴き終えた後はぐったりしてしまう。
ポール・パレーが手兵デトロイト響を指揮した録音も、ファンにはおなじみの名演奏。作品の魅力を知り尽くした上で、心からの共感を以て一音一音を扱っていることが伝わってくる。オケの響きは毅然としているが、突っぱねる感じではない。洗練されすぎず、深いコクを保っている。そこから生まれる味わいがたまらない。ちなみに、オルガン奏者はパレーと同い年の老匠、マルセル・デュプレ。パレーとデュプレは若き日にローマ大賞を受賞した作曲家でもある。ジョルジュ・プレートル/ウィーン響による録音は、「派手な交響曲」のイメージに一石を投じる美演。オルガンを弾いているのはデュプレの弟子、マリー=クレール・アランである。心を無にしてこういう録音に接すれば、自ずと「オルガン付き」の聴き方も変わってくるだろう。スヴェトラーノフ盤とあわせて聴いておきたい名盤である。
(阿部十三)
【関連サイト】
サン=サーンス:交響曲第3番「オルガン付き」(CD)
カミーユ・サン=サーンス
[1835.10.9-1921.12.16]
交響曲第3番 ハ短調 作品78「オルガン付き」
【お薦めディスク】(掲載ジャケット:上から)
ヴァンサン・ワルニエ(organ)
エフゲニー・スヴェトラーノフ指揮
スウェーデン放送交響楽団
録音:1998年9月3日(ライヴ)
マルセル・デュプレ(organ)
ポール・パレー指揮
デトロイト交響楽団
録音:1957年10月
[1835.10.9-1921.12.16]
交響曲第3番 ハ短調 作品78「オルガン付き」
【お薦めディスク】(掲載ジャケット:上から)
ヴァンサン・ワルニエ(organ)
エフゲニー・スヴェトラーノフ指揮
スウェーデン放送交響楽団
録音:1998年9月3日(ライヴ)
マルセル・デュプレ(organ)
ポール・パレー指揮
デトロイト交響楽団
録音:1957年10月
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