ブラームス 交響曲第1番
2013.07.01
歳月の重さと理念の重さ
ヨハネス・ブラームスが交響曲第1番を完成させたのは1876年。「2台のピアノのためのソナタ」を交響曲に改作しようとして挫折したのが1855年頃なので、20年越しの念願成就ということになる。むろん、その間ずっと交響曲にかかりきりだったわけではないが、自らが世に出す最初の交響曲のことをブラームスはかなり重く考えていたようである。ベートーヴェンやシューベルトやベルリオーズの後に、交響曲は必要なのかという問いも彼自身の中にあったに違いない。
結果的に仕上がった作品は、歳月の重さとシンフォニーに対するブラームスの理念の重さを投影したものとなった。初演は1876年11月4日、オットー・デッソフの指揮によりカールスーエで行われ、改訂が施された後、1877年にジムロック社から出版された。ハンス・フォン・ビューローがこれを「ベートーヴェンの第10交響曲」と評したことはあまりにも有名である。実際、第4楽章の美しい主題はベートーヴェンの第九の合唱主題に似ていると指摘され、物議を醸した。それ以外にも、ベト7やシューベルトの「ザ・グレイト」からの影響が研究者たちによって指摘されている。また、この音楽が持つ独特の重さや深刻さについては、恩師の妻クララ・シューマンへの苦しくも激しい愛を描いたものだとする見方もある。
第2楽章は甘美で切なく、陶酔的だが、第1楽章と第4楽章はいかにも物々しく、厳粛さと鈍重さの両方を感じさせる。こういう音楽をあえてスタイリッシュな演奏で楽しむのも一興かもしれないが、私としては、オーケストラが指揮者の強い感情に支配されて一体となった凄みのある演奏で聴く方が、作品の核の部分にある蜜を深く味わえると思う。
21世紀の今日、才能溢れる指揮者は少なからず存在するが、その才能をブラームスの交響曲第1番で遺憾なく発揮出来る指揮者はどれくらいいるのだろうか。本質的にこの作品に向いている指揮者が減少している、ということはないだろうか。いうまでもなく、〈ブラ1〉は超が付くほどの人気曲であり、コンサートで演奏される機会も多いわけだが、私は実演に接して心の底から感動したことがない。この人が〈ブラ1〉を振るなら絶対に聴きたい、と思えるほどの指揮者もほとんど挙げることが出来ない。
それくらいレコードやCDに圧巻というべき名演奏が多い。その音源を聴けば満たされる。となれば実演にこだわる必要もない。「それでも生で聴くのはまた格別」といいたいのは山々だが、単に外向的だったり、頭でっかちだったり、感心出来ても感動出来ない実演を高いお金を払って聴きに行くくらいなら......という発想になってしまう。ブラームスの2番、3番、4番については、ここまで考えたことはないので、これは〈ブラ1〉に対する私の特有の心理なのだろう。
私はアルトゥーロ・トスカニーニ指揮、フィルハーモニア管のライヴ音源からこの作品に親しんだ。その後、一体何種類の〈ブラ1〉を聴いてきたのか、今となっては思い出せないし、「自分にとってはこれが一番」とプッシュしたくなる録音も、その時その時で変わっていった。例えば、オットー・クレンペラー指揮、フィルハーモニア管の録音→シャルル・ミュンシュ指揮、パリ管の録音→カール・ベーム指揮、バイエルン放送響のライヴ音源→オイゲン・ヨッフム指揮、ベルリン・フィルの録音という具合に。ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮、ベルリン・フィルの1988年10月5日のライヴ音源も、初めて聴いた時は圧倒され、目頭が熱くなった。もし1945年1月23日のヴィルヘルム・フルトヴェングラー指揮、ベルリン・フィルのライヴ音源が完璧な形で遺されていたら、史上最高の〈ブラ1〉音源になったのではないか、と想像されるが、現在は第4楽章しか聴けないので、なんともいえない。
この男性的な作品に対して驚くほどエレガントな表現でアプローチしているブルーノ・ワルター指揮、ウィーン・フィルの録音は、物々しい演奏に食傷した人にお薦めしたい。クルト・ザンデルリンク指揮、シュターツカペレ・ドレスデンの録音は、芳醇な味わいを持ちながらもくどくならない美酒のような名演奏。〈ブラ1〉を聴き込んでいる人ほど、この演奏の細部の妙々たる表現に唸らされるのではないか。映像で観ておきたいのは、カール・ベーム指揮、ウィーン・フィルの来日公演(1975年)。重厚かつ雄大で、高揚感に溢れ、何度観ても心が満たされる。
【関連サイト】
ブラームス:交響曲第1番(DVD)
ヨハネス・ブラームスが交響曲第1番を完成させたのは1876年。「2台のピアノのためのソナタ」を交響曲に改作しようとして挫折したのが1855年頃なので、20年越しの念願成就ということになる。むろん、その間ずっと交響曲にかかりきりだったわけではないが、自らが世に出す最初の交響曲のことをブラームスはかなり重く考えていたようである。ベートーヴェンやシューベルトやベルリオーズの後に、交響曲は必要なのかという問いも彼自身の中にあったに違いない。
結果的に仕上がった作品は、歳月の重さとシンフォニーに対するブラームスの理念の重さを投影したものとなった。初演は1876年11月4日、オットー・デッソフの指揮によりカールスーエで行われ、改訂が施された後、1877年にジムロック社から出版された。ハンス・フォン・ビューローがこれを「ベートーヴェンの第10交響曲」と評したことはあまりにも有名である。実際、第4楽章の美しい主題はベートーヴェンの第九の合唱主題に似ていると指摘され、物議を醸した。それ以外にも、ベト7やシューベルトの「ザ・グレイト」からの影響が研究者たちによって指摘されている。また、この音楽が持つ独特の重さや深刻さについては、恩師の妻クララ・シューマンへの苦しくも激しい愛を描いたものだとする見方もある。
第2楽章は甘美で切なく、陶酔的だが、第1楽章と第4楽章はいかにも物々しく、厳粛さと鈍重さの両方を感じさせる。こういう音楽をあえてスタイリッシュな演奏で楽しむのも一興かもしれないが、私としては、オーケストラが指揮者の強い感情に支配されて一体となった凄みのある演奏で聴く方が、作品の核の部分にある蜜を深く味わえると思う。
21世紀の今日、才能溢れる指揮者は少なからず存在するが、その才能をブラームスの交響曲第1番で遺憾なく発揮出来る指揮者はどれくらいいるのだろうか。本質的にこの作品に向いている指揮者が減少している、ということはないだろうか。いうまでもなく、〈ブラ1〉は超が付くほどの人気曲であり、コンサートで演奏される機会も多いわけだが、私は実演に接して心の底から感動したことがない。この人が〈ブラ1〉を振るなら絶対に聴きたい、と思えるほどの指揮者もほとんど挙げることが出来ない。
それくらいレコードやCDに圧巻というべき名演奏が多い。その音源を聴けば満たされる。となれば実演にこだわる必要もない。「それでも生で聴くのはまた格別」といいたいのは山々だが、単に外向的だったり、頭でっかちだったり、感心出来ても感動出来ない実演を高いお金を払って聴きに行くくらいなら......という発想になってしまう。ブラームスの2番、3番、4番については、ここまで考えたことはないので、これは〈ブラ1〉に対する私の特有の心理なのだろう。
私はアルトゥーロ・トスカニーニ指揮、フィルハーモニア管のライヴ音源からこの作品に親しんだ。その後、一体何種類の〈ブラ1〉を聴いてきたのか、今となっては思い出せないし、「自分にとってはこれが一番」とプッシュしたくなる録音も、その時その時で変わっていった。例えば、オットー・クレンペラー指揮、フィルハーモニア管の録音→シャルル・ミュンシュ指揮、パリ管の録音→カール・ベーム指揮、バイエルン放送響のライヴ音源→オイゲン・ヨッフム指揮、ベルリン・フィルの録音という具合に。ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮、ベルリン・フィルの1988年10月5日のライヴ音源も、初めて聴いた時は圧倒され、目頭が熱くなった。もし1945年1月23日のヴィルヘルム・フルトヴェングラー指揮、ベルリン・フィルのライヴ音源が完璧な形で遺されていたら、史上最高の〈ブラ1〉音源になったのではないか、と想像されるが、現在は第4楽章しか聴けないので、なんともいえない。
この男性的な作品に対して驚くほどエレガントな表現でアプローチしているブルーノ・ワルター指揮、ウィーン・フィルの録音は、物々しい演奏に食傷した人にお薦めしたい。クルト・ザンデルリンク指揮、シュターツカペレ・ドレスデンの録音は、芳醇な味わいを持ちながらもくどくならない美酒のような名演奏。〈ブラ1〉を聴き込んでいる人ほど、この演奏の細部の妙々たる表現に唸らされるのではないか。映像で観ておきたいのは、カール・ベーム指揮、ウィーン・フィルの来日公演(1975年)。重厚かつ雄大で、高揚感に溢れ、何度観ても心が満たされる。
(阿部十三)
【関連サイト】
ブラームス:交響曲第1番(DVD)
ヨハネス・ブラームス
[1833.5.7-1897.4.3]
交響曲第1番 ハ短調 作品68
【お薦めディスク】(掲載ジャケット:上から)
カール・ベーム指揮
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
収録:1975年3月17日(ライヴ)
ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
録音:1988年10月5日(ライヴ)
[1833.5.7-1897.4.3]
交響曲第1番 ハ短調 作品68
【お薦めディスク】(掲載ジャケット:上から)
カール・ベーム指揮
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
収録:1975年3月17日(ライヴ)
ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
録音:1988年10月5日(ライヴ)
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