音楽 CLASSIC

ベルリオーズ 幻想交響曲

2013.11.26
1830年に生まれた革命的交響曲

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 幻想交響曲が完成したのは1830年のことである。ベートーヴェンが世を去ってから3年しか経っていないのに、ここまで奇想天外な交響曲がフランスから生まれたという事実には驚嘆するほかない。しかも作曲当時、エクトル・ベルリオーズは26歳だったのである。

 作曲の原動力になったのは恋である。若手の登竜門とされるローマ賞に挑戦して落選した1827年、ベルリオーズはシェイクスピア劇団の公演を観て、『ハムレット』のオフィーリア役を演じた人気女優ハリエット・スミッソンに夢中になった。後日、『ロミオとジュリエット』を観てますますこの女優に熱中した無名の作曲家は、どうにかしてハリエットに会うべく手紙を書いたり面会を申し込んだりしたが、拒絶され、激しい苦悩と孤独感から彼女に対して愛憎の念を抱くようになる。その執着心の反動からか、1830年にはピアニストのマリー・モークに結婚を申し込んでいる。そんな時期に幻想交響曲は作曲された。

 もうひとつ、ベルリオーズを駆り立てたのがベートーヴェンの交響曲である。彼は偉大な先達の作品に接して嵐に見舞われたような衝撃を受け、自分の内側に渦巻いていた野放図な創造意欲に形をつける時が来たと感じた。そして当時流行していたオペラではなく、交響曲を用いて、その器をもの狂おしい幻想で満たしたのである。

 幻想の内容は、大体次のようなものである。
 多感な青年芸術家が愛する人と出会い、舞踏会で彼女の姿を見かけて喜びに震えるが、「もし彼女が裏切ったら」という不安に駆られる。芸術家は報われない恋に絶望し、阿片を飲んで自殺を図る。しかし致死量に足りず、恋人を殺す夢を見る。夢の中で死刑を宣告され断頭台の露と消えた芸術家は、自分の葬式に集まった魔女や怪物や魔物たちの宴を目の当たりにする。ーーちなみに、第1楽章には「夢、情熱」、第2楽章には「舞踏会」、第3楽章には「野辺の風景」、第4楽章には「断頭台への行進」、第5楽章には「サバトの夜の夢」という標題が付いている。

 この作品には「イデー・フィクス」と呼ばれる一定の旋律が出てくる。「固定観念」もしくは「固定楽想」と訳されるもので、恋人を表すこの旋律が各楽章に姿形を変えて登場し、全曲を統合する役割を演じている。この画期的な手法は、ワーグナーのライトモチーフやフランクの循環形式の誕生に大きな影響を与えた。

 編成も、大規模であるばかりでなく、小クラリネット、オフィクレイド、鐘、ハープをとりいれてこの劇的な作品に彩りを与えている。ほかにもコル・レーニョ奏法で不気味さを演出したり、2組のティンパニを派手に活躍させたりと、規格外の発想が随所にみられる。結果として、交響曲であるにもかかわらずまるでオペラでも観ているかのような劇的興奮をもたらす作品に仕上がっている。

 1830年12月5日に行われた初演は空前の成功を収め、ベルリオーズを一躍有名にした。しかし、ベルリオーズとマリー・モークの関係は間もなく破綻する。マリーの母親が一方的に婚約を破棄し、娘をカミーユ・プレイエルと結婚させることにしたのだ。この知らせを受けたベルリオーズは逆上し、モーク母娘とカミーユを殺害して自らも死のうと考え、すんでのところで踏みとどまったという。
 1832年12月9日に幻想交響曲が再演された時には、かつての人気を失っていたハリエット・スミッソンが(自分への想いが交響曲になっているとも知らずに)聴きに来た。「幻想」の続編にあたる「レリオ、生への回帰」も披露された。この日を境にベルリオーズの恋が再燃し、1833年にハリエットと結婚。その後の夫婦仲は円満とはいえず、やがて別居。ハリエットは1854年に亡くなった。

 私がクラシック音楽を本格的に聴くようになったのはベートーヴェンの交響曲からだが、心身共にのめりこんだのは幻想交響曲を聴いてからである。「幻想」の世界に波打つ情熱、甘美、不安、悪夢、狂気に魅了された私は、それ以来、気になったレコードやCDはとりあえず購入し、今日に至っている。比較的新しいところでは、サイモン・ラトルが手兵ベルリン・フィルを指揮したものがショッキングだった。超がつくほど繊細な弱音で驚くほど豊かなニュアンスを生み出すその手腕には感服するほかない。

 最も有名なのは、シャルル・ミュンシュ指揮、パリ管の演奏による1967年の録音。劇的かつ強靭な表現に満ちたその演奏内容には、多くの人が圧倒されるに違いない。同じ組み合わせによるライヴ音源も凄絶そのもの。暗黒の情熱の蠢きと炸裂ぶりに、なんとなく聴いてはいけないものを聴いているような気持ちにさえなる。
 個人的に最もよく聴いたのは、ピエール・モントゥー指揮、サンフランシスコ響による1950年の録音。「幻想」を完璧に手中におさめながら、音楽の流れと各楽器の音色のバランスを重んじて指揮しているのがよく分かる。

 ほかにも、強音部の雪崩模様が尋常でないオイゲン・シェンケル(シェンカー)指揮、北ドイツ放送響の1950年盤。第3楽章が素晴らしいウィレム・ファン・オッテルロー指揮、ベルリン・フィルの1951年盤。尖鋭的なイーゴリ・マルケヴィッチ指揮、ベルリン・フィルの1953年盤。快速テンポのルイ・フレスティエ、セント・ソリ管の1957年盤。私にとって初めての「幻想」体験となったアンドレ・クリュイタンス指揮、フィルハーモニア管の1958年盤。明晰さと輝かしさのポール・パレー指揮、デトロイト響の1959年盤。狂気と恐怖の闇に敢然と足を踏み入れたエフゲニー・ムラヴィンスキー指揮、レニングラード・フィルの1960年盤。スローテンポで純音楽的なオットー・クレンペラー指揮、フィルハーモニア管の1963年盤ーーなどなど聴くべき演奏は多い。

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 実際のところ、一定の水準を超えている演奏に対して、「こんな『幻想』は受けつけられない」という感情を抱くことはあまりない。お気に入りの「幻想」はその時の気分によって変わる。
 それを踏まえていわせてもらうと、私が考える最高の「幻想」は、ブルーノ・ワルター指揮、パリ音楽院管による1939年の録音である。NBC響とのライヴ音源もかなり強烈だが、良くも悪くもNBCの音なので、ワルターらしさをあまり感じない。パリ音楽院管の方が香気が濃密で、底に広がっていくような妖しさを感じさせる。ここにいるのはゾクゾクするほどデモーニッシュで美しいワルターだ。鐘の音もこの上なくいびつ。全体の重心がしっかりしているのも良い。古い音質に慣れるまでに時間がかかる人もいるかもしれないが、理想的な演奏のひとつとして、これは外せない。
(阿部十三)


【関連サイト】
HECTOR BERLIOZ
ヘクトル・ベルリオーズ
[1803.12.11-1869.3.8]
幻想交響曲 作品14

【お薦めディスク】(掲載ジャケット:上から)
ピエール・モントゥー指揮
サンフランシスコ交響楽団
録音:1950年

ブルーノ・ワルター指揮
パリ音楽院管弦楽団
録音:1939年

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