ショパン バラード
2014.10.21
文学にかき立てられた情熱
ショパンのバラードは全部で4作品ある。完成時期はまちまちで、第1番は1835年、第2番は1839年、第3番は1841年、第4番は1842年である。いずれもピアノの詩人が遺した傑作として愛されているが、最もポピュラーなのは第1番だろう。ロベルト・シューマンの手紙によると、「あなたが書いたほかのどの楽曲よりもこれ(バラード第1番)が好きだ」と告げたシューマンに対して、ショパンはしばらく考えた末、自分も好きな作品だと答えたという。
ショパンがバラードを書いたのは、アダム・ミシキエヴィチの作品を読んだことがきっかけとされている。ポーランドの愛国詩人で、政治活動家でもあったミシキエヴィチは、歴史上ないし架空の出来事やロマン的な題材を扱う物語詩=バラード(バラッド)の新たな担い手として知られていた。ショパンがミシキエヴィチに共感を寄せていたことは、若き日に「私の視界から消え失せて」という詩に曲をつけていることからもはっきりしている。しかし、その影響を重く見すぎることに疑問を呈する人も少なくない。4つのバラードについて言えば、ミシキエヴィチの詩をそのまま音符に変換したと解釈するには、あまりにも自由で、独創的なスタイルが形成されている。文学によってかき立てられた創造意欲がとった表現とするのが穏当だろう。文学志向の強かったシューマンがショパンのバラードを好んだのも分かる気がする。
第1番はト短調。荘重なラルゴで始まり、メランコリックな第1主題が提示される。徐々に速度を増して静まった後、青春の憧れを思わせる美しい第2主題があらわれ、ロマンティックな起伏を形成する。物語のような展開は、「ピアノの詩人」と称されるショパンの資質を示すものと言える。
第2番はヘ長調。ジョルジュ・サンドとマヨルカ島に住んでいた頃の作品である。動と静のコントラストの激しい曲で、凄まじい嵐の後、突然静かになり、冒頭の穏やかさを回想しながら幕を閉じる。この作品はシューマンに献呈された。E.T.A.ホフマンにインスパイアされた『クライスレリアーナ』を献呈されたことに対する返礼である。
第3番は変イ長調。やさしく語りかけるような第1主題がロマンスの風景をイメージさせるが、リズムの処理に妙味があり、曲が進行するにつれて、跳躍的な展開を見せる。ただし全体を覆っているのは陰鬱な抒情である。それを振り払うかのように、最後は華麗なクライマックスへと飛び立ち、力強く終結する。
第4番はヘ短調。孤独感の漂う独白的な第1主題が奏でられた後、情熱を秘めた第2主題が静かにあらわれる。展開部を経て2つの主題が再現され、第2主題がドラマティックに歌い上げられると、その勢いのまま分散和音による印象的なパッセージに突入する。そして一瞬静寂が訪れた直後、一気にコーダを駆け抜ける。構成の精密さは前3作以上だが、型にはまっているわけではない。第2主題の感動的な高揚からコーダにかけての流れは、激しい情熱と創造的な閃きの一体化を思わせるものがあり、何度聴いても心揺さぶられる。
音源に関しては、私の場合、第1番ならベラ・ダヴィドヴィチ(1981年録音)、第2番ならシューラ・チェルカスキー(1956年録音)、第3番ならマリア・グリンベルク(1950年録音)、第4番ならウィトルド・マルクジンスキー(1962年録音)を選ぶ。彼らより若い世代の録音では、クリスティアン・ツィマーマン、ニコライ・ルガンスキーの演奏に感銘を受けた。意図したわけではないが、いずれも「東側」の出身者である。
ここに挙げたピアニストーー個性も音色もアーティキュレーションもさまざまだーーの演奏を聴いて、共通して感じるのは、ショパンのバラードが内包するロマンティシズムを、本心から信じ愛しているような純粋さ、真摯さである。ショパンの旋律と演奏者の間に、微妙な距離感や変に作為的な交わりが感じられないのだ。私の中には、「バラードはこのように演奏されるべし」という指針はない。どんな演奏を聴かされても、「まあ、こういうのもありかな」と思えてしまう。しかし、ダヴィドヴィチたちの演奏を聴くと、こちらが快感を覚えるほど、作品の中に入り込める。自分の信じるショパン像のために身を捧げ、稀有な表現力と技術も加わって旋律の普遍性を訴えるような演奏が、私の胸を強く打つのだ。
【関連サイト】
Fryderyk Chopin Institute
ショパンのバラードは全部で4作品ある。完成時期はまちまちで、第1番は1835年、第2番は1839年、第3番は1841年、第4番は1842年である。いずれもピアノの詩人が遺した傑作として愛されているが、最もポピュラーなのは第1番だろう。ロベルト・シューマンの手紙によると、「あなたが書いたほかのどの楽曲よりもこれ(バラード第1番)が好きだ」と告げたシューマンに対して、ショパンはしばらく考えた末、自分も好きな作品だと答えたという。
ショパンがバラードを書いたのは、アダム・ミシキエヴィチの作品を読んだことがきっかけとされている。ポーランドの愛国詩人で、政治活動家でもあったミシキエヴィチは、歴史上ないし架空の出来事やロマン的な題材を扱う物語詩=バラード(バラッド)の新たな担い手として知られていた。ショパンがミシキエヴィチに共感を寄せていたことは、若き日に「私の視界から消え失せて」という詩に曲をつけていることからもはっきりしている。しかし、その影響を重く見すぎることに疑問を呈する人も少なくない。4つのバラードについて言えば、ミシキエヴィチの詩をそのまま音符に変換したと解釈するには、あまりにも自由で、独創的なスタイルが形成されている。文学によってかき立てられた創造意欲がとった表現とするのが穏当だろう。文学志向の強かったシューマンがショパンのバラードを好んだのも分かる気がする。
第1番はト短調。荘重なラルゴで始まり、メランコリックな第1主題が提示される。徐々に速度を増して静まった後、青春の憧れを思わせる美しい第2主題があらわれ、ロマンティックな起伏を形成する。物語のような展開は、「ピアノの詩人」と称されるショパンの資質を示すものと言える。
第2番はヘ長調。ジョルジュ・サンドとマヨルカ島に住んでいた頃の作品である。動と静のコントラストの激しい曲で、凄まじい嵐の後、突然静かになり、冒頭の穏やかさを回想しながら幕を閉じる。この作品はシューマンに献呈された。E.T.A.ホフマンにインスパイアされた『クライスレリアーナ』を献呈されたことに対する返礼である。
第3番は変イ長調。やさしく語りかけるような第1主題がロマンスの風景をイメージさせるが、リズムの処理に妙味があり、曲が進行するにつれて、跳躍的な展開を見せる。ただし全体を覆っているのは陰鬱な抒情である。それを振り払うかのように、最後は華麗なクライマックスへと飛び立ち、力強く終結する。
第4番はヘ短調。孤独感の漂う独白的な第1主題が奏でられた後、情熱を秘めた第2主題が静かにあらわれる。展開部を経て2つの主題が再現され、第2主題がドラマティックに歌い上げられると、その勢いのまま分散和音による印象的なパッセージに突入する。そして一瞬静寂が訪れた直後、一気にコーダを駆け抜ける。構成の精密さは前3作以上だが、型にはまっているわけではない。第2主題の感動的な高揚からコーダにかけての流れは、激しい情熱と創造的な閃きの一体化を思わせるものがあり、何度聴いても心揺さぶられる。
音源に関しては、私の場合、第1番ならベラ・ダヴィドヴィチ(1981年録音)、第2番ならシューラ・チェルカスキー(1956年録音)、第3番ならマリア・グリンベルク(1950年録音)、第4番ならウィトルド・マルクジンスキー(1962年録音)を選ぶ。彼らより若い世代の録音では、クリスティアン・ツィマーマン、ニコライ・ルガンスキーの演奏に感銘を受けた。意図したわけではないが、いずれも「東側」の出身者である。
ここに挙げたピアニストーー個性も音色もアーティキュレーションもさまざまだーーの演奏を聴いて、共通して感じるのは、ショパンのバラードが内包するロマンティシズムを、本心から信じ愛しているような純粋さ、真摯さである。ショパンの旋律と演奏者の間に、微妙な距離感や変に作為的な交わりが感じられないのだ。私の中には、「バラードはこのように演奏されるべし」という指針はない。どんな演奏を聴かされても、「まあ、こういうのもありかな」と思えてしまう。しかし、ダヴィドヴィチたちの演奏を聴くと、こちらが快感を覚えるほど、作品の中に入り込める。自分の信じるショパン像のために身を捧げ、稀有な表現力と技術も加わって旋律の普遍性を訴えるような演奏が、私の胸を強く打つのだ。
(阿部十三)
【関連サイト】
Fryderyk Chopin Institute
フレデリック・ショパン
[1810.3.1-1849.10.17]
4つのバラード 作品23、38、47、52
【お薦めディスク】(掲載CDジャケット:上から)
ベラ・ダヴィドヴィチ(p)
録音:1981年
マリア・グリンベルク(p)
録音:1950年
[1810.3.1-1849.10.17]
4つのバラード 作品23、38、47、52
【お薦めディスク】(掲載CDジャケット:上から)
ベラ・ダヴィドヴィチ(p)
録音:1981年
マリア・グリンベルク(p)
録音:1950年
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