マーラー 交響曲第5番
2014.11.07
人生の頂点にいる間に書かれた交響曲
マーラーの交響曲第5番は、1901年から1902年の間に作曲され、1904年10月18日に初演された。作曲開始から初演までの間に、マーラーはアルマ・シントラーと出会い、結婚した。長女マリア・アンナ、次女アンナ・ユスティーネも授かった。この時期のマーラーは、仕事にも恵まれていた。ただ、だからといって第5番が陽気で明快な作品かというと、それは違う。第4楽章のアダージェットは非常に有名だし、大衆的な人気も獲得しているが、全体としてみると、9つの交響曲の中では、「こういう音楽だ」と定義するのが難しい作品である。作曲家自身、妻アルマ宛の手紙に「評価は全くもって千差万別です。どの楽章にもそれぞれの恋人と敵がいます」と書いている。
第5番は標題音楽ではない。特定の文学の世界や強いメッセージ性とも距離を置いており、「何を表現しているのか」を読み取るのは容易ではない。それぞれの楽章には次のような記載があるものの、これらはあくまでも演奏上の指示であり、作品の解読を助けるものではない。
第1楽章「葬送行進曲。重々しい足取りで、厳格に、葬列らしく」
第2楽章「嵐のように激烈に、より大きな激しさをもって」
第3楽章「スケルツォ。力強く、速すぎず」
第4楽章「アダージェット。極めてゆっくりと」
第5楽章「ロンド・フィナーレ。アレグロ」
従来の第1楽章に相当するものが、ここでは第2楽章として配置されている、とマーラーは書いている。とすると、「葬送行進曲」は何を意味するのだろう。これは第2番「復活」の第1楽章と同じ役割を担うものなのだろうか。マーラーはこの第1楽章によって、前作を葬ったのだろうか。
もとより作曲者の意図を軽んじるつもりはないが、第1楽章はやはり第1楽章として機能し、悲痛から栄光に向かう複雑なドラマの序章を形作っているとみなすのが自然である。この重く劇的な雰囲気は第2楽章に入ってからもしばらく続き、終盤、金管による高らかなコラールによって、ようやく希望がほのめかされる。しかし、このコラールは感動的なクライマックスを呼び寄せることなく、まもなく消える。真のクライマックスの到来は、第5楽章まで待たなければならない。
全楽章の中で最も長い第3楽章は難所とも言えるところで、マーラーは「これは真昼の光の中、人生の頂点にいる人間だ」と書いているが、音楽は単なる陽気さとは一線を画している。飽きさせない構成の妙といい、楽器の取り合わせのうまさといい、主題の扱い方の練達ぶりといい、素晴らしいスケルツォである。第4楽章のアダージェットは、ハープと弦楽器のみによる編成。フリードリヒ・リュッケルトの詩による歌曲「わたしはこの世に忘れられ」を思わせる、穏やかで美しい旋律が静かに波紋を広げてゆく。第5楽章では対位法的技法が駆使され、生命力溢れる音楽が躍動する。神々しいコラールが誰の目にも明らかなクライマックスを築いた後は、破竹の勢いをもって突き進み、勝利を告げるようにして曲を終える。
このコラールについては、陳腐だと評する人もいるようだが、それはニヒリスティックな見方だと思う。こういう分かりやすい浄化のポイントも、紛れもなく「マーラーらしさ」に属するものであり、素直に受け入れるべきである。なお、このコラールは、8年後(1910年)に書かれることになる第9番の終楽章の主題の音型をどことなく想起させるものがある。別物に変容してはいるが、第9番の中で、いわば人生の絶頂期に書かれた第5番のコラールを回想しているのだとしたら、少なくとも私には興味深いことのように思われる。
2種類の有名なライヴ音源がある。クラウス・テンシュテット指揮、ロンドン・フィルのライヴ(1988年12月)と、レナード・バーンスタイン指揮、ウィーン・フィルのライヴ(1987年9月)だ。一言で言えば濃厚で、聴く者の胸に重くのしかかる演奏である。この2つに比肩するものがあるとすれば、ジョン・バルビローリ指揮、ニュー・フィルハーモニア管の熱演(1969年録音)くらいか。これらとタイプの異なる演奏では、サイモン・ラトル指揮、ベルリン・フィルによる2002年9月のライヴ音源が颯爽としていて好ましい。この指揮者らしい見通しの良さも魅力で、一時は繰り返し聴いていた。ただ、心に食い込んでくる力はない。究極の1枚を選択するとき、テンシュテット、バーンスタイン、バルビローリを差し置いて、ラトルを選ぶことはないだろう。
【関連サイト】
マーラー:交響曲第5番(CD)
マーラーの交響曲第5番は、1901年から1902年の間に作曲され、1904年10月18日に初演された。作曲開始から初演までの間に、マーラーはアルマ・シントラーと出会い、結婚した。長女マリア・アンナ、次女アンナ・ユスティーネも授かった。この時期のマーラーは、仕事にも恵まれていた。ただ、だからといって第5番が陽気で明快な作品かというと、それは違う。第4楽章のアダージェットは非常に有名だし、大衆的な人気も獲得しているが、全体としてみると、9つの交響曲の中では、「こういう音楽だ」と定義するのが難しい作品である。作曲家自身、妻アルマ宛の手紙に「評価は全くもって千差万別です。どの楽章にもそれぞれの恋人と敵がいます」と書いている。
第5番は標題音楽ではない。特定の文学の世界や強いメッセージ性とも距離を置いており、「何を表現しているのか」を読み取るのは容易ではない。それぞれの楽章には次のような記載があるものの、これらはあくまでも演奏上の指示であり、作品の解読を助けるものではない。
第1楽章「葬送行進曲。重々しい足取りで、厳格に、葬列らしく」
第2楽章「嵐のように激烈に、より大きな激しさをもって」
第3楽章「スケルツォ。力強く、速すぎず」
第4楽章「アダージェット。極めてゆっくりと」
第5楽章「ロンド・フィナーレ。アレグロ」
従来の第1楽章に相当するものが、ここでは第2楽章として配置されている、とマーラーは書いている。とすると、「葬送行進曲」は何を意味するのだろう。これは第2番「復活」の第1楽章と同じ役割を担うものなのだろうか。マーラーはこの第1楽章によって、前作を葬ったのだろうか。
もとより作曲者の意図を軽んじるつもりはないが、第1楽章はやはり第1楽章として機能し、悲痛から栄光に向かう複雑なドラマの序章を形作っているとみなすのが自然である。この重く劇的な雰囲気は第2楽章に入ってからもしばらく続き、終盤、金管による高らかなコラールによって、ようやく希望がほのめかされる。しかし、このコラールは感動的なクライマックスを呼び寄せることなく、まもなく消える。真のクライマックスの到来は、第5楽章まで待たなければならない。
全楽章の中で最も長い第3楽章は難所とも言えるところで、マーラーは「これは真昼の光の中、人生の頂点にいる人間だ」と書いているが、音楽は単なる陽気さとは一線を画している。飽きさせない構成の妙といい、楽器の取り合わせのうまさといい、主題の扱い方の練達ぶりといい、素晴らしいスケルツォである。第4楽章のアダージェットは、ハープと弦楽器のみによる編成。フリードリヒ・リュッケルトの詩による歌曲「わたしはこの世に忘れられ」を思わせる、穏やかで美しい旋律が静かに波紋を広げてゆく。第5楽章では対位法的技法が駆使され、生命力溢れる音楽が躍動する。神々しいコラールが誰の目にも明らかなクライマックスを築いた後は、破竹の勢いをもって突き進み、勝利を告げるようにして曲を終える。
このコラールについては、陳腐だと評する人もいるようだが、それはニヒリスティックな見方だと思う。こういう分かりやすい浄化のポイントも、紛れもなく「マーラーらしさ」に属するものであり、素直に受け入れるべきである。なお、このコラールは、8年後(1910年)に書かれることになる第9番の終楽章の主題の音型をどことなく想起させるものがある。別物に変容してはいるが、第9番の中で、いわば人生の絶頂期に書かれた第5番のコラールを回想しているのだとしたら、少なくとも私には興味深いことのように思われる。
2種類の有名なライヴ音源がある。クラウス・テンシュテット指揮、ロンドン・フィルのライヴ(1988年12月)と、レナード・バーンスタイン指揮、ウィーン・フィルのライヴ(1987年9月)だ。一言で言えば濃厚で、聴く者の胸に重くのしかかる演奏である。この2つに比肩するものがあるとすれば、ジョン・バルビローリ指揮、ニュー・フィルハーモニア管の熱演(1969年録音)くらいか。これらとタイプの異なる演奏では、サイモン・ラトル指揮、ベルリン・フィルによる2002年9月のライヴ音源が颯爽としていて好ましい。この指揮者らしい見通しの良さも魅力で、一時は繰り返し聴いていた。ただ、心に食い込んでくる力はない。究極の1枚を選択するとき、テンシュテット、バーンスタイン、バルビローリを差し置いて、ラトルを選ぶことはないだろう。
(阿部十三)
【関連サイト】
マーラー:交響曲第5番(CD)
グスタフ・マーラー
[1860.7.7-1911.5.18]
交響曲第5番 嬰ハ短調
【お薦めディスク】(掲載CDジャケット:上から)
クラウス・テンシュテット指揮
ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団
録音:1988年12月13日(ライヴ)
レナード・バーンスタイン指揮
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
録音:1987年9月(ライヴ)
[1860.7.7-1911.5.18]
交響曲第5番 嬰ハ短調
【お薦めディスク】(掲載CDジャケット:上から)
クラウス・テンシュテット指揮
ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団
録音:1988年12月13日(ライヴ)
レナード・バーンスタイン指揮
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
録音:1987年9月(ライヴ)
月別インデックス
- November 2024 [1]
- October 2024 [1]
- September 2024 [1]
- August 2024 [1]
- July 2024 [1]
- May 2024 [1]
- April 2024 [1]
- March 2024 [1]
- January 2024 [1]
- December 2023 [1]
- November 2023 [1]
- October 2023 [1]
- September 2023 [1]
- July 2023 [1]
- June 2023 [1]
- May 2023 [1]
- March 2023 [1]
- January 2023 [1]
- December 2022 [1]
- October 2022 [1]
- September 2022 [1]
- August 2022 [1]
- July 2022 [1]
- May 2022 [1]
- March 2022 [1]
- February 2022 [1]
- December 2021 [1]
- November 2021 [1]
- October 2021 [1]
- September 2021 [1]
- July 2021 [1]
- June 2021 [1]
- May 2021 [1]
- March 2021 [1]
- February 2021 [1]
- December 2020 [1]
- November 2020 [1]
- October 2020 [1]
- July 2020 [1]
- June 2020 [1]
- May 2020 [1]
- April 2020 [1]
- February 2020 [1]
- January 2020 [1]
- December 2019 [1]
- October 2019 [1]
- September 2019 [2]
- August 2019 [1]
- June 2019 [1]
- April 2019 [1]
- March 2019 [1]
- February 2019 [1]
- December 2018 [1]
- November 2018 [1]
- October 2018 [1]
- September 2018 [1]
- July 2018 [1]
- June 2018 [1]
- April 2018 [1]
- March 2018 [2]
- February 2018 [1]
- December 2017 [5]
- November 2017 [1]
- October 2017 [1]
- September 2017 [1]
- August 2017 [1]
- June 2017 [1]
- May 2017 [2]
- April 2017 [2]
- February 2017 [1]
- January 2017 [2]
- November 2016 [2]
- September 2016 [2]
- August 2016 [2]
- July 2016 [1]
- June 2016 [1]
- May 2016 [1]
- April 2016 [1]
- February 2016 [2]
- January 2016 [1]
- December 2015 [1]
- November 2015 [2]
- October 2015 [1]
- September 2015 [2]
- August 2015 [1]
- July 2015 [1]
- June 2015 [1]
- May 2015 [1]
- April 2015 [1]
- February 2015 [2]
- January 2015 [1]
- December 2014 [1]
- November 2014 [2]
- October 2014 [1]
- September 2014 [1]
- August 2014 [2]
- July 2014 [1]
- June 2014 [2]
- May 2014 [2]
- April 2014 [1]
- March 2014 [2]
- February 2014 [2]
- January 2014 [2]
- December 2013 [1]
- November 2013 [2]
- October 2013 [2]
- September 2013 [1]
- August 2013 [2]
- July 2013 [2]
- June 2013 [2]
- May 2013 [2]
- March 2013 [2]
- February 2013 [1]
- January 2013 [2]
- December 2012 [2]
- November 2012 [1]
- October 2012 [2]
- September 2012 [1]
- August 2012 [1]
- July 2012 [3]
- June 2012 [1]
- May 2012 [2]
- April 2012 [2]
- March 2012 [2]
- February 2012 [3]
- January 2012 [2]
- December 2011 [2]
- November 2011 [2]
- October 2011 [2]
- September 2011 [3]
- August 2011 [2]
- July 2011 [3]
- June 2011 [4]
- May 2011 [4]
- April 2011 [5]
- March 2011 [5]
- February 2011 [4]