ブルッフ ヴァイオリン協奏曲第1番
2015.06.24
天才作曲家の代表作
マックス・ブルッフは作品の知名度が高いわりにプロフィールがあまり知られていない人である。そのヴァイオリン協奏曲第1番は名曲中の名曲で、初演時から今日まで多くの人に愛されてきた作品だし、「コル・ニドライ」も「スコットランド幻想曲」も有名だ。にもかかわらず、ブルッフに関するまとまった資料は驚くほど少ない。この事実は、音楽以外の情報を抜きにして、純粋に音楽のみが親しまれてきたことを示している。だからそのままで良いのだ、というのも一つの考え方だが、ここまで情報が少ないと「ちょっとくらいは知っておいてもよいのでは」という気持ちになる。
ブルッフは1838年1月6日にケルンに生まれたドイツの作曲家である。ソプラノ歌手だった母ヴィルヘルミーネの手引きで音楽に開眼し、9歳の時に歌曲、11歳の時に序曲「オルレアンの少女」と七重奏曲を作曲した。早熟の天才である。1852年からフェルディナント・ヒラーに師事し、作曲の腕に磨きをかけ、1858年には初のオペラ『戯れと悪知恵と復讐』を発表。その後、マンハイムに滞在し、カンタータ『フリトヨフ』やオペラ『ローレライ』を作曲した。1865年から1867年までコブレンツの音楽監督、1867年から1870年までゾンダースハウゼンの宮廷楽長を歴任。1873年からボンに移って作曲に専念し、1880年に歌手のクララと結婚。4人の子供に恵まれた。1891年からはベルリン・アカデミーで作曲のマスタークラスを受け持ち、1911年に退官。1910年には山田耕筰がブルッフ教授を訪ね、作品を見てもらっている。その証言によると、ブルッフは穏やかで優しい人柄だったようだ。退官後も作曲を続け、1913年にはベルリン王立芸術アカデミーの名誉会員になったが、同じ頃、子供を失う悲劇に見舞われた。亡くなったのは1920年10月2日のことである。
代表作のヴァイオリン協奏曲第1番を書き上げたのは1866年のことで、初演は同年4月24日に行われた。その後改訂を施し、1868年に最終形が完成。同年1月7日、作曲の助言者でもあったヨーゼフ・ヨアヒムにより演奏され、大成功を収めた。
第1楽章はティンパニの静かな響きで始まり、木管の後に続いて独奏ヴァイオリンのカデンツァが披露される。この導入部の後、第1主題が劇的に鳴り響き、ドラマティックな様相を呈する。第2主題は愁いのある優美な旋律で、この2つの主題の対比が音楽的な起伏と奥行きを生み出し、聴き手をロマンティックな気分へと誘う。やがて導入部に回帰し、力強いトゥッティが放たれると、にわかに穏やかな雰囲気に覆われて、切れ目なしに次の楽章へと続く。第2楽章は甘美な旋律と和音が広がるアダージョ。甘美といっても俗っぽさは皆無で、むしろ崇高で瞑想的である。周到に編み込まれた旋律は徐々に熱量を増し、やがてクライマックスを形成する。終楽章はアレグロ。民族音楽のような趣のある第1主題が彫り刻むように繰り返し奏でられ、異なる性格の第2主題が音楽的地平を広げる。このやりとりが2度行われた後、第1主題が弾みをつけて躍動し、コーダに入る。
保守派のイメージがあるブルッフだが、主題の扱い方や全体の構成をみても、天才らしく既成の枠から逸脱していることが分かる。両端楽章の盛り上がりも十分だが、作品全体の山場はアダージョにある。これはメンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲の構成にヒントを得て巧みに応用したものとみてよいだろう。終楽章の主題はどことなくブラームスのヴァイオリン協奏曲の旋律を思わせるが、作曲したのはブルッフの方が先である。助言者が同じヨアヒムだったことが影響しているのだろうか。ブルッフにしてみればあまり面白くなかったのではないかと推察する。
ポピュラーな作品でありながら、しっくりくる録音は数えられる範囲にとどまる。お薦めはゲオルグ・クーレンカンプ、ミシェル・オークレール、ヴォルフガング・シュナイダーハン、エリカ・モリーニ、ブロニスワフ・ギンペル、アルテュール・グリュミオー、マイケル・レビン、ストイカ・ミラノヴァが演奏した8種の音源。タイプはそれぞれ違うので、その時の気分によって聴きたくなるものが変わる。私が好きなオークレールは旋律を真っ向から汲み上げるように弾いていて風味濃厚だが押しつける感じはなく、素朴な歌心が胸にしみる。ギンペルは気品あふれる音色とロマンティックなフレージングがたまらないほど魅力的で、「ここはこういう風に弾いてほしい」という希望を全て叶えてくれる。どちらも録音の音質には恵まれていない。それでも、その響きにずっと浸っていたいと思わせるヴァイオリンだ。
マックス・ブルッフは作品の知名度が高いわりにプロフィールがあまり知られていない人である。そのヴァイオリン協奏曲第1番は名曲中の名曲で、初演時から今日まで多くの人に愛されてきた作品だし、「コル・ニドライ」も「スコットランド幻想曲」も有名だ。にもかかわらず、ブルッフに関するまとまった資料は驚くほど少ない。この事実は、音楽以外の情報を抜きにして、純粋に音楽のみが親しまれてきたことを示している。だからそのままで良いのだ、というのも一つの考え方だが、ここまで情報が少ないと「ちょっとくらいは知っておいてもよいのでは」という気持ちになる。
ブルッフは1838年1月6日にケルンに生まれたドイツの作曲家である。ソプラノ歌手だった母ヴィルヘルミーネの手引きで音楽に開眼し、9歳の時に歌曲、11歳の時に序曲「オルレアンの少女」と七重奏曲を作曲した。早熟の天才である。1852年からフェルディナント・ヒラーに師事し、作曲の腕に磨きをかけ、1858年には初のオペラ『戯れと悪知恵と復讐』を発表。その後、マンハイムに滞在し、カンタータ『フリトヨフ』やオペラ『ローレライ』を作曲した。1865年から1867年までコブレンツの音楽監督、1867年から1870年までゾンダースハウゼンの宮廷楽長を歴任。1873年からボンに移って作曲に専念し、1880年に歌手のクララと結婚。4人の子供に恵まれた。1891年からはベルリン・アカデミーで作曲のマスタークラスを受け持ち、1911年に退官。1910年には山田耕筰がブルッフ教授を訪ね、作品を見てもらっている。その証言によると、ブルッフは穏やかで優しい人柄だったようだ。退官後も作曲を続け、1913年にはベルリン王立芸術アカデミーの名誉会員になったが、同じ頃、子供を失う悲劇に見舞われた。亡くなったのは1920年10月2日のことである。
代表作のヴァイオリン協奏曲第1番を書き上げたのは1866年のことで、初演は同年4月24日に行われた。その後改訂を施し、1868年に最終形が完成。同年1月7日、作曲の助言者でもあったヨーゼフ・ヨアヒムにより演奏され、大成功を収めた。
第1楽章はティンパニの静かな響きで始まり、木管の後に続いて独奏ヴァイオリンのカデンツァが披露される。この導入部の後、第1主題が劇的に鳴り響き、ドラマティックな様相を呈する。第2主題は愁いのある優美な旋律で、この2つの主題の対比が音楽的な起伏と奥行きを生み出し、聴き手をロマンティックな気分へと誘う。やがて導入部に回帰し、力強いトゥッティが放たれると、にわかに穏やかな雰囲気に覆われて、切れ目なしに次の楽章へと続く。第2楽章は甘美な旋律と和音が広がるアダージョ。甘美といっても俗っぽさは皆無で、むしろ崇高で瞑想的である。周到に編み込まれた旋律は徐々に熱量を増し、やがてクライマックスを形成する。終楽章はアレグロ。民族音楽のような趣のある第1主題が彫り刻むように繰り返し奏でられ、異なる性格の第2主題が音楽的地平を広げる。このやりとりが2度行われた後、第1主題が弾みをつけて躍動し、コーダに入る。
保守派のイメージがあるブルッフだが、主題の扱い方や全体の構成をみても、天才らしく既成の枠から逸脱していることが分かる。両端楽章の盛り上がりも十分だが、作品全体の山場はアダージョにある。これはメンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲の構成にヒントを得て巧みに応用したものとみてよいだろう。終楽章の主題はどことなくブラームスのヴァイオリン協奏曲の旋律を思わせるが、作曲したのはブルッフの方が先である。助言者が同じヨアヒムだったことが影響しているのだろうか。ブルッフにしてみればあまり面白くなかったのではないかと推察する。
ポピュラーな作品でありながら、しっくりくる録音は数えられる範囲にとどまる。お薦めはゲオルグ・クーレンカンプ、ミシェル・オークレール、ヴォルフガング・シュナイダーハン、エリカ・モリーニ、ブロニスワフ・ギンペル、アルテュール・グリュミオー、マイケル・レビン、ストイカ・ミラノヴァが演奏した8種の音源。タイプはそれぞれ違うので、その時の気分によって聴きたくなるものが変わる。私が好きなオークレールは旋律を真っ向から汲み上げるように弾いていて風味濃厚だが押しつける感じはなく、素朴な歌心が胸にしみる。ギンペルは気品あふれる音色とロマンティックなフレージングがたまらないほど魅力的で、「ここはこういう風に弾いてほしい」という希望を全て叶えてくれる。どちらも録音の音質には恵まれていない。それでも、その響きにずっと浸っていたいと思わせるヴァイオリンだ。
(阿部十三)
マックス・ブルッフ
[1838.1.6-1920.10.2]
ヴァイオリン協奏曲第1番 ト短調 作品26
【お薦めの録音】(掲載ジャケット:上から)
ミシェル・オークレール(vn)
ヴィルヘルム・ロイブナー指揮
オーストリア交響楽団
録音:1952年
ブロニスワフ・ギンペル(vn)
ロルフ・ラインハルト指揮
南西ドイツ放送管弦楽団
録音:1956年
[1838.1.6-1920.10.2]
ヴァイオリン協奏曲第1番 ト短調 作品26
【お薦めの録音】(掲載ジャケット:上から)
ミシェル・オークレール(vn)
ヴィルヘルム・ロイブナー指揮
オーストリア交響楽団
録音:1952年
ブロニスワフ・ギンペル(vn)
ロルフ・ラインハルト指揮
南西ドイツ放送管弦楽団
録音:1956年
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