ブラームス ピアノ協奏曲第2番
2016.01.02
ピアノとオーケストラから生まれる宇宙
ブラームスのピアノ協奏曲第2番は1878年から1881年夏にかけて作曲され、1881年11月9日にブラームス自身のピアノにより初演された。第1番の初演が公式に行われたのは1859年1月22日なので、ピアノ協奏曲の「新作」が発表されるまでに20年以上の歳月を要したことになる。ちなみに第2番の初演当時ブラームスは48歳、作曲家としての円熟期を迎えていた。
4楽章制の第2番は「独奏ピアノを伴う交響曲」とも呼ばれる。しかし、これは元々交響曲を企図していた第1番と違って、作曲当初(ないし早い段階)から「ピアノ協奏曲」として書かれたものである。スケール面でも、構成面でも、このジャンルにおける規格外の大作になるべくしてなったのだ。
作曲自体は順調に進んでいたようである。1878年にヴァイオリン協奏曲を書き上げたことで、協奏曲の分野への創造意欲に弾みがついていたのかもしれない。充実した音楽的内容と圧巻のスケールを持つピアノ協奏曲のスタイルは、この第2番で極まった感がある。20世紀初頭には、ラフマニノフの第2番と第3番、合唱をとりいれたブゾーニの大作(5楽章制)が誕生するが、それでもやはりブラームスの第2番はひとつのスタイルの飽和点というものを感じさせる。
作品の導入部分はどこか牧歌的である。私たちは冒頭で奏されるホルンの優しい音色に誘われた後、間もなく劇的で変化に富む音楽の世界へとぐいぐい引き込まれていくことになる。男性的な力強さと天空に広がるような高揚感に溢れた第1楽章、「スケルツォ」として配された情熱的な第2楽章、甘美と憂愁の夜をイメージさせる第3楽章、愛らしさと躍動感をたたえた第4楽章ーーいずれの楽章も独自の世界観を有している。そしてこれは第1番、第2番共に当てはまることだが、その全容を前にしたとき、何やら広大な宇宙に包まれているような心地にさせられる。そう言いたくなるほど、音楽が星のようにきらめき、流星群のように美しい線を描いているのだ。
私は第1番よりも先に第2番と出会い、この音楽が生み出す宇宙で空想の翼を広げていた。それからしばらくして青春の血潮たぎる第1番を知り、第2番以上に夢中になったが、中年になってまた第2番を聴くようになった。第1番に夢中になりすぎたために失われたバランスを、何となく取り戻そうとしているのかもしれない。ブラームスの交響曲第1番を聴いた後、ほとんど本能的に交響曲第2番を聴きたくなるのも、おそらく似たようなバランス意識に基づくものだろうと自己分析している。
最初に聴いたのは、ヴィルヘルム・バックハウス独奏、カール・シューリヒト指揮、ウィーン・フィルによる1952年5月の録音である(昔私が入手したデッカのCDには1953年6月と記載されていた)。バックハウスと言えば、カール・ベームと組んだ1967年の録音の方が名盤の誉れ高い。アンサンブルもテンポも何もかもが一つの理想に達したと言える名演奏なので、絶賛されるのも当然である。しかしそれでも私が音質の落ちる15年前の録音を好んでいるのは、単に耳になじんでいるからではなく、「鍵盤の獅子王」と謳われたバックハウスの獲物に食らいつくようなピアノを堪能できるからだ。どんなに演奏技術が進化したといっても、彼以上に雄々しいタッチで第1楽章のピアノ独奏部(145小節以降の難所)を弾いた人はいない。激しさの点では、1943年にヴィルヘルム・フルトヴェングラーと協演したときのアドリアン・エッシュバッハー、1954年にオットー・クレンペラーと協演したときのゲザ・アンダも負けていないが、バリバリ弾きすぎていて感興に欠ける。
クレンペラーの名前が出たところで、31歳のウラディーミル・アシュケナージを迎えた際のライヴ録音も紹介しておきたい。1969年1月の演奏で、オケはニュー・フィルハーモニア管。ここではどっしりと構えるクレンペラーの芸格にアシュケナージが全力で迫ろうとしている。そもそもこの作品にふさわしいのかどうかはともかく、オケの重量感に気迫の重さが加わった大熱演だ。エミール・ギレリスがオイゲン・ヨッフム、ベルリン・フィルと組んだ1972年の演奏も有名だが、同じピアニストなら1958年にフリッツ・ライナーと録音したものの方が良い。何しろ爽快で潔いし、第3楽章ではシカゴ響時代のヤーノシュ・シュタルケルの美しいチェロ独奏を聴くことができる。
あと、どうしても外せないのはジュリアス・カッチェンとディノラ・ヴァルシの録音。これまで挙げてきた録音に比べると、オケは弱い。でもピアノは素晴らしい。ヴァルシ(ゲザ・アンダの弟子)が弾く第4楽章など、「これ以上はない」と思わず言いたくなるほど魅惑的で、ちょっとしたフレーズにも潤いと歌心が感じられる。
【関連サイト】
Johannes Brahms
ブラームスのピアノ協奏曲第2番は1878年から1881年夏にかけて作曲され、1881年11月9日にブラームス自身のピアノにより初演された。第1番の初演が公式に行われたのは1859年1月22日なので、ピアノ協奏曲の「新作」が発表されるまでに20年以上の歳月を要したことになる。ちなみに第2番の初演当時ブラームスは48歳、作曲家としての円熟期を迎えていた。
4楽章制の第2番は「独奏ピアノを伴う交響曲」とも呼ばれる。しかし、これは元々交響曲を企図していた第1番と違って、作曲当初(ないし早い段階)から「ピアノ協奏曲」として書かれたものである。スケール面でも、構成面でも、このジャンルにおける規格外の大作になるべくしてなったのだ。
作曲自体は順調に進んでいたようである。1878年にヴァイオリン協奏曲を書き上げたことで、協奏曲の分野への創造意欲に弾みがついていたのかもしれない。充実した音楽的内容と圧巻のスケールを持つピアノ協奏曲のスタイルは、この第2番で極まった感がある。20世紀初頭には、ラフマニノフの第2番と第3番、合唱をとりいれたブゾーニの大作(5楽章制)が誕生するが、それでもやはりブラームスの第2番はひとつのスタイルの飽和点というものを感じさせる。
作品の導入部分はどこか牧歌的である。私たちは冒頭で奏されるホルンの優しい音色に誘われた後、間もなく劇的で変化に富む音楽の世界へとぐいぐい引き込まれていくことになる。男性的な力強さと天空に広がるような高揚感に溢れた第1楽章、「スケルツォ」として配された情熱的な第2楽章、甘美と憂愁の夜をイメージさせる第3楽章、愛らしさと躍動感をたたえた第4楽章ーーいずれの楽章も独自の世界観を有している。そしてこれは第1番、第2番共に当てはまることだが、その全容を前にしたとき、何やら広大な宇宙に包まれているような心地にさせられる。そう言いたくなるほど、音楽が星のようにきらめき、流星群のように美しい線を描いているのだ。
私は第1番よりも先に第2番と出会い、この音楽が生み出す宇宙で空想の翼を広げていた。それからしばらくして青春の血潮たぎる第1番を知り、第2番以上に夢中になったが、中年になってまた第2番を聴くようになった。第1番に夢中になりすぎたために失われたバランスを、何となく取り戻そうとしているのかもしれない。ブラームスの交響曲第1番を聴いた後、ほとんど本能的に交響曲第2番を聴きたくなるのも、おそらく似たようなバランス意識に基づくものだろうと自己分析している。
最初に聴いたのは、ヴィルヘルム・バックハウス独奏、カール・シューリヒト指揮、ウィーン・フィルによる1952年5月の録音である(昔私が入手したデッカのCDには1953年6月と記載されていた)。バックハウスと言えば、カール・ベームと組んだ1967年の録音の方が名盤の誉れ高い。アンサンブルもテンポも何もかもが一つの理想に達したと言える名演奏なので、絶賛されるのも当然である。しかしそれでも私が音質の落ちる15年前の録音を好んでいるのは、単に耳になじんでいるからではなく、「鍵盤の獅子王」と謳われたバックハウスの獲物に食らいつくようなピアノを堪能できるからだ。どんなに演奏技術が進化したといっても、彼以上に雄々しいタッチで第1楽章のピアノ独奏部(145小節以降の難所)を弾いた人はいない。激しさの点では、1943年にヴィルヘルム・フルトヴェングラーと協演したときのアドリアン・エッシュバッハー、1954年にオットー・クレンペラーと協演したときのゲザ・アンダも負けていないが、バリバリ弾きすぎていて感興に欠ける。
クレンペラーの名前が出たところで、31歳のウラディーミル・アシュケナージを迎えた際のライヴ録音も紹介しておきたい。1969年1月の演奏で、オケはニュー・フィルハーモニア管。ここではどっしりと構えるクレンペラーの芸格にアシュケナージが全力で迫ろうとしている。そもそもこの作品にふさわしいのかどうかはともかく、オケの重量感に気迫の重さが加わった大熱演だ。エミール・ギレリスがオイゲン・ヨッフム、ベルリン・フィルと組んだ1972年の演奏も有名だが、同じピアニストなら1958年にフリッツ・ライナーと録音したものの方が良い。何しろ爽快で潔いし、第3楽章ではシカゴ響時代のヤーノシュ・シュタルケルの美しいチェロ独奏を聴くことができる。
あと、どうしても外せないのはジュリアス・カッチェンとディノラ・ヴァルシの録音。これまで挙げてきた録音に比べると、オケは弱い。でもピアノは素晴らしい。ヴァルシ(ゲザ・アンダの弟子)が弾く第4楽章など、「これ以上はない」と思わず言いたくなるほど魅惑的で、ちょっとしたフレーズにも潤いと歌心が感じられる。
(阿部十三)
【関連サイト】
Johannes Brahms
ヨハネス・ブラームス
[1833.5.7-1897.4.3]
ピアノ協奏曲第2番 変ロ長調 作品83
【お薦めの録音】(掲載ジャケット:上から)
ヴィルヘルム・バックハウス(p)
カール・シューリヒト指揮
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
録音:1952年5月
ウラディーミル・アシュケナージ(p)
オットー・クレンペラー指揮
ニュー・フィルハーモニア管弦楽団
録音:1969年1月28日(ライヴ)
[1833.5.7-1897.4.3]
ピアノ協奏曲第2番 変ロ長調 作品83
【お薦めの録音】(掲載ジャケット:上から)
ヴィルヘルム・バックハウス(p)
カール・シューリヒト指揮
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
録音:1952年5月
ウラディーミル・アシュケナージ(p)
オットー・クレンペラー指揮
ニュー・フィルハーモニア管弦楽団
録音:1969年1月28日(ライヴ)
月別インデックス
- November 2024 [1]
- October 2024 [1]
- September 2024 [1]
- August 2024 [1]
- July 2024 [1]
- May 2024 [1]
- April 2024 [1]
- March 2024 [1]
- January 2024 [1]
- December 2023 [1]
- November 2023 [1]
- October 2023 [1]
- September 2023 [1]
- July 2023 [1]
- June 2023 [1]
- May 2023 [1]
- March 2023 [1]
- January 2023 [1]
- December 2022 [1]
- October 2022 [1]
- September 2022 [1]
- August 2022 [1]
- July 2022 [1]
- May 2022 [1]
- March 2022 [1]
- February 2022 [1]
- December 2021 [1]
- November 2021 [1]
- October 2021 [1]
- September 2021 [1]
- July 2021 [1]
- June 2021 [1]
- May 2021 [1]
- March 2021 [1]
- February 2021 [1]
- December 2020 [1]
- November 2020 [1]
- October 2020 [1]
- July 2020 [1]
- June 2020 [1]
- May 2020 [1]
- April 2020 [1]
- February 2020 [1]
- January 2020 [1]
- December 2019 [1]
- October 2019 [1]
- September 2019 [2]
- August 2019 [1]
- June 2019 [1]
- April 2019 [1]
- March 2019 [1]
- February 2019 [1]
- December 2018 [1]
- November 2018 [1]
- October 2018 [1]
- September 2018 [1]
- July 2018 [1]
- June 2018 [1]
- April 2018 [1]
- March 2018 [2]
- February 2018 [1]
- December 2017 [5]
- November 2017 [1]
- October 2017 [1]
- September 2017 [1]
- August 2017 [1]
- June 2017 [1]
- May 2017 [2]
- April 2017 [2]
- February 2017 [1]
- January 2017 [2]
- November 2016 [2]
- September 2016 [2]
- August 2016 [2]
- July 2016 [1]
- June 2016 [1]
- May 2016 [1]
- April 2016 [1]
- February 2016 [2]
- January 2016 [1]
- December 2015 [1]
- November 2015 [2]
- October 2015 [1]
- September 2015 [2]
- August 2015 [1]
- July 2015 [1]
- June 2015 [1]
- May 2015 [1]
- April 2015 [1]
- February 2015 [2]
- January 2015 [1]
- December 2014 [1]
- November 2014 [2]
- October 2014 [1]
- September 2014 [1]
- August 2014 [2]
- July 2014 [1]
- June 2014 [2]
- May 2014 [2]
- April 2014 [1]
- March 2014 [2]
- February 2014 [2]
- January 2014 [2]
- December 2013 [1]
- November 2013 [2]
- October 2013 [2]
- September 2013 [1]
- August 2013 [2]
- July 2013 [2]
- June 2013 [2]
- May 2013 [2]
- March 2013 [2]
- February 2013 [1]
- January 2013 [2]
- December 2012 [2]
- November 2012 [1]
- October 2012 [2]
- September 2012 [1]
- August 2012 [1]
- July 2012 [3]
- June 2012 [1]
- May 2012 [2]
- April 2012 [2]
- March 2012 [2]
- February 2012 [3]
- January 2012 [2]
- December 2011 [2]
- November 2011 [2]
- October 2011 [2]
- September 2011 [3]
- August 2011 [2]
- July 2011 [3]
- June 2011 [4]
- May 2011 [4]
- April 2011 [5]
- March 2011 [5]
- February 2011 [4]