ベートーヴェン 交響曲第2番
2016.07.10
円熟前の傑作
ベートーヴェンの交響曲第2番は、第8番と並び、語られることの少ない作品だ。しかし、ここには第3番「英雄」以降の作品にはない円熟前の魅力があり、青年らしい生気がある。端的に言えば、円熟した人間には書けない傑作である。「私はこの作品の中に、誰一人取り戻すことのできない快活な青春時代を、そして、欠点を除去しようとすればたちまちのうちに逃げ去ってしまうあの魅力を見る」とは、ウェーバーがモーツァルトのオペラ『後宮からの逃走』を評した際の名言だが、ベートーヴェンの第2番についてもほとんど同じことが言えると思う。
この作品はハイリゲンシュタットで書き上げられた。1802年、「遺書」が書かれた年のことである。「遺書」を文学的なカタルシスとみなす人も多いが、1796年以降ベートーヴェンが難聴のために苦しんでいたのは事実であり、少なくとも中途半端な気持ちでしたためられたものではないだろう。そんな時期に書かれた第2番は、ベートーヴェンが己の青春をあるがままに、強引な力技を加えずに音楽で表現した最後の作品なのかもしれない。作風は老練とも大胆とも言えず、構成や発想も斬新と言うほどではなく、胸にのしかかる重量感も剥き出しの叫びもないが、音楽にこめられた生気や勢いはいかにも自然発生的なもので、息苦しさを感じさせない。
第2番の下地にあるのは2年前(1800年)に書かれた交響曲第1番で、楽器編成も同じである。しかし、メロディーはあくまでも第2番独自のものであり、美しさの点で第1番を凌駕している。第1楽章の第2主題は生き生きとしていて聴いているだけで胸が弾むし、第2楽章は2つの主題の理想的な結婚と呼ぶにふさわしいロマンティックな音の空間となっている。この親しみやすいメロディーはウィリアム・ホールデンとジュディ・ホリデイが出演した映画『ボーン・イエスタデイ』の中でも印象的に使われたので、それで聴いたことがある人もいるかもしれない。ベートーヴェンの死後、歌曲に編曲されたこともある。
第3楽章はスケルツォ。交響曲の中に「スケルツォ」という名称が明記されたのは、これが最初らしい。どこか人を食ったような強奏と弱奏のコントラストの繰り返しがユニークで、木管と弦の呼応が奇抜なトリオも面白い。この第3楽章で貯まったエネルギーは、軽快かつユーモラスに始まる第4楽章で一気に噴射される。大家然としたベートーヴェンからはなかなか聴けない音楽である。構成にも工夫があり、総休止を用いて緊張感を高めたり、長大かつ怒濤のようなコーダで劇的な効果を上げたり、と聴き手を落ち着かせてくれない。
録音では、ブルーノ・ワルター指揮、コロンビア交響楽団の演奏(1959年録音)が昔から有名だが、抒情的な第2楽章は良いとしても、全体的に緊張感が不足していて物足りない。ヘルベルト・フォン・カラヤンがフィルハーモニア管を指揮したもの(1953年録音)は気合いのこもった名演奏で、両端楽章に眩いほどの活気がある。カール・シューリヒト指揮、パリ音楽院管の演奏(1957年録音)はカラヤンほど華やかではないが、前のめりの勢いがあり、それでいて響きが下品にならない。デュナーミクも適切で、耳が疲れることもない。ラファエル・クーベリック指揮、バイエルン放送響の演奏(1971年ライブ録音)は若干のミスはあるものの、アンサンブルのみずみずしさ、豊潤さが魅力。終楽章のコーダなど唖然とするほど鮮烈だ。
今のところ私が第2番の演奏芸術の頂点と考えているのは、エドゥアルト・ファン・ベイヌム指揮、フィルハーモニア管による演奏(1958年ライブ録音)である。この覇気と高揚感には心底圧倒される。フレージングものびやかで、情熱的な響きの中に優美な歌心が息づいている。作品に対する指揮者の愛情と理解の深さも伝わってくるし、知名度も人気も高いとは言えない第2番の真髄を味わう上で、一度は聴いておきたい演奏だ。
【関連サイト】
Ludwig van Beethoven Symphony No.2(CD)
ベートーヴェンの交響曲第2番は、第8番と並び、語られることの少ない作品だ。しかし、ここには第3番「英雄」以降の作品にはない円熟前の魅力があり、青年らしい生気がある。端的に言えば、円熟した人間には書けない傑作である。「私はこの作品の中に、誰一人取り戻すことのできない快活な青春時代を、そして、欠点を除去しようとすればたちまちのうちに逃げ去ってしまうあの魅力を見る」とは、ウェーバーがモーツァルトのオペラ『後宮からの逃走』を評した際の名言だが、ベートーヴェンの第2番についてもほとんど同じことが言えると思う。
この作品はハイリゲンシュタットで書き上げられた。1802年、「遺書」が書かれた年のことである。「遺書」を文学的なカタルシスとみなす人も多いが、1796年以降ベートーヴェンが難聴のために苦しんでいたのは事実であり、少なくとも中途半端な気持ちでしたためられたものではないだろう。そんな時期に書かれた第2番は、ベートーヴェンが己の青春をあるがままに、強引な力技を加えずに音楽で表現した最後の作品なのかもしれない。作風は老練とも大胆とも言えず、構成や発想も斬新と言うほどではなく、胸にのしかかる重量感も剥き出しの叫びもないが、音楽にこめられた生気や勢いはいかにも自然発生的なもので、息苦しさを感じさせない。
第2番の下地にあるのは2年前(1800年)に書かれた交響曲第1番で、楽器編成も同じである。しかし、メロディーはあくまでも第2番独自のものであり、美しさの点で第1番を凌駕している。第1楽章の第2主題は生き生きとしていて聴いているだけで胸が弾むし、第2楽章は2つの主題の理想的な結婚と呼ぶにふさわしいロマンティックな音の空間となっている。この親しみやすいメロディーはウィリアム・ホールデンとジュディ・ホリデイが出演した映画『ボーン・イエスタデイ』の中でも印象的に使われたので、それで聴いたことがある人もいるかもしれない。ベートーヴェンの死後、歌曲に編曲されたこともある。
第3楽章はスケルツォ。交響曲の中に「スケルツォ」という名称が明記されたのは、これが最初らしい。どこか人を食ったような強奏と弱奏のコントラストの繰り返しがユニークで、木管と弦の呼応が奇抜なトリオも面白い。この第3楽章で貯まったエネルギーは、軽快かつユーモラスに始まる第4楽章で一気に噴射される。大家然としたベートーヴェンからはなかなか聴けない音楽である。構成にも工夫があり、総休止を用いて緊張感を高めたり、長大かつ怒濤のようなコーダで劇的な効果を上げたり、と聴き手を落ち着かせてくれない。
録音では、ブルーノ・ワルター指揮、コロンビア交響楽団の演奏(1959年録音)が昔から有名だが、抒情的な第2楽章は良いとしても、全体的に緊張感が不足していて物足りない。ヘルベルト・フォン・カラヤンがフィルハーモニア管を指揮したもの(1953年録音)は気合いのこもった名演奏で、両端楽章に眩いほどの活気がある。カール・シューリヒト指揮、パリ音楽院管の演奏(1957年録音)はカラヤンほど華やかではないが、前のめりの勢いがあり、それでいて響きが下品にならない。デュナーミクも適切で、耳が疲れることもない。ラファエル・クーベリック指揮、バイエルン放送響の演奏(1971年ライブ録音)は若干のミスはあるものの、アンサンブルのみずみずしさ、豊潤さが魅力。終楽章のコーダなど唖然とするほど鮮烈だ。
今のところ私が第2番の演奏芸術の頂点と考えているのは、エドゥアルト・ファン・ベイヌム指揮、フィルハーモニア管による演奏(1958年ライブ録音)である。この覇気と高揚感には心底圧倒される。フレージングものびやかで、情熱的な響きの中に優美な歌心が息づいている。作品に対する指揮者の愛情と理解の深さも伝わってくるし、知名度も人気も高いとは言えない第2番の真髄を味わう上で、一度は聴いておきたい演奏だ。
(阿部十三)
【関連サイト】
Ludwig van Beethoven Symphony No.2(CD)
ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン
[1770.12.16-1827.3.26]
交響曲第2番 ニ長調 作品36
【お薦めの録音】(掲載ジャケット:上から)
エドゥアルト・ファン・ベイヌム指揮
フィルハーモニア管弦楽団
録音:1958年11月10日(ライブ)
ラファエル・クーベリック指揮
バイエルン放送交響楽団
録音:1971年2月1日(ライブ)
[1770.12.16-1827.3.26]
交響曲第2番 ニ長調 作品36
【お薦めの録音】(掲載ジャケット:上から)
エドゥアルト・ファン・ベイヌム指揮
フィルハーモニア管弦楽団
録音:1958年11月10日(ライブ)
ラファエル・クーベリック指揮
バイエルン放送交響楽団
録音:1971年2月1日(ライブ)
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