リスト 「ダンテを読んで」
2016.08.20
「音楽の悪魔」の幻想曲
フランツ・リストの作品集『巡礼の年』は第1年「スイス」、第2年「イタリア」、第2年補遺「ヴェネツィアとナポリ」、第3年の4集に分かれている。そのうち、第2年「イタリア」は1837年から1839年までマリー・ダグー伯爵夫人とイタリアに滞在していた際に着想され、1839年にはほぼ完成していたとみられている。
「ダンテを読んで(ソナタ風の幻想曲)」は第2年「イタリア」の掉尾を飾る大作で、「ダンテ・ソナタ」の異名を持つ。標題が示す通り、ダンテの『神曲』地獄篇にインスパイアされたもので、「音楽の悪魔」と呼ばれる増四度で下降する音型で始まり、その後、地獄の恐怖、苦悩、怒りなどが凄まじい技巧を以て幻想的に表現される。
とはいえ、そこはリスト。ロマンティックな雰囲気にも不足はない。当時忌避されていた「音楽の悪魔」を繰り返し用いながらも、悪魔趣味やグロテスク趣味に陥らず、甘く美しいメロディーで聴き手を酔わせる。苛烈なまでに繰り出される技巧と聴き手を包み込むような魅惑の旋律美の両方を、15分前後の時間(演奏者による)でたっぷりと堪能させてくれる作品なのだ。
ロマンティックな旋律は、『神曲』をベースにしている以上、フランチェスカ・ダ・リミニの愛やベアトリーチェの存在を想起させずにおかない。こうして随所にちりばめられた愛と救いの要素は、最終的に輝かしいフィナーレへと結びつく。題材の大きさのわりに、ややせわしない印象があるのは確かだが、ピアニスティックな華々しさと主題変容の巧さには文句のつけようがない。「音楽の悪魔」を駆使し、これほどまでに素晴らしい幻想曲を書き上げた若者らしい大胆さ、挑戦心にも拍手したい気分になる。
なお、「ダンテを読んで」という標題は、ヴィクトル・ユゴーの『内なる声』に収録されている詩に基づくもの。これは『神曲』地獄篇を、いわばユゴーのフィルターを通して別の詩に転化させた作品である。おそらくリストはこれにヒントを得て、『神曲』に対してユゴーが行ったことを、鍵盤でやろうとしたのだろう。この試みは、よりスケールの大きなダンテ交響曲へと受け継がれることになる。
まずはリスト弾きとして名高いジョルジュ・シフラやホルヘ・ボレットの演奏を聴いておきたい。技巧がブリリアントであるだけでなく、語り口も巧いので、何度聴いても感心させられる。とくにボレットの有名なデッカ録音(1982年録音)は風格すら漂っており、曲の流れの作り方も見事というほかなく、作品の全容を掴む上でも参考になる。21世紀以降だと、ユリアンナ・アヴデーエワがこの曲を十八番にしており、来日時も目の覚めるような快演を披露していた。
ただ、デモーニッシュな凄絶さとロマンティックな情熱に身を投じたい人には、ソ連時代の2人の名ピアニストの演奏がおすすめだ。ヴラディーミル・ソフロニツキー、そしてヤコフ・ザークである。どちらも1950年代の録音で、音質はいまひとつだが、大熱演である。私がよく聴くのはザークの方で、技巧が冴えているだけでなく、作品解釈の深さも集中力の強度も大変なもの。一つ一つの表現が「こうであってほしい」というこちらの要求の上をいっている。どんなにピアニストの技術が発達しても、このような規格外の表現力を獲得するのは容易ではない。
【関連サイト】
Après une Lecture de Dante(CD)
フランツ・リストの作品集『巡礼の年』は第1年「スイス」、第2年「イタリア」、第2年補遺「ヴェネツィアとナポリ」、第3年の4集に分かれている。そのうち、第2年「イタリア」は1837年から1839年までマリー・ダグー伯爵夫人とイタリアに滞在していた際に着想され、1839年にはほぼ完成していたとみられている。
「ダンテを読んで(ソナタ風の幻想曲)」は第2年「イタリア」の掉尾を飾る大作で、「ダンテ・ソナタ」の異名を持つ。標題が示す通り、ダンテの『神曲』地獄篇にインスパイアされたもので、「音楽の悪魔」と呼ばれる増四度で下降する音型で始まり、その後、地獄の恐怖、苦悩、怒りなどが凄まじい技巧を以て幻想的に表現される。
とはいえ、そこはリスト。ロマンティックな雰囲気にも不足はない。当時忌避されていた「音楽の悪魔」を繰り返し用いながらも、悪魔趣味やグロテスク趣味に陥らず、甘く美しいメロディーで聴き手を酔わせる。苛烈なまでに繰り出される技巧と聴き手を包み込むような魅惑の旋律美の両方を、15分前後の時間(演奏者による)でたっぷりと堪能させてくれる作品なのだ。
ロマンティックな旋律は、『神曲』をベースにしている以上、フランチェスカ・ダ・リミニの愛やベアトリーチェの存在を想起させずにおかない。こうして随所にちりばめられた愛と救いの要素は、最終的に輝かしいフィナーレへと結びつく。題材の大きさのわりに、ややせわしない印象があるのは確かだが、ピアニスティックな華々しさと主題変容の巧さには文句のつけようがない。「音楽の悪魔」を駆使し、これほどまでに素晴らしい幻想曲を書き上げた若者らしい大胆さ、挑戦心にも拍手したい気分になる。
なお、「ダンテを読んで」という標題は、ヴィクトル・ユゴーの『内なる声』に収録されている詩に基づくもの。これは『神曲』地獄篇を、いわばユゴーのフィルターを通して別の詩に転化させた作品である。おそらくリストはこれにヒントを得て、『神曲』に対してユゴーが行ったことを、鍵盤でやろうとしたのだろう。この試みは、よりスケールの大きなダンテ交響曲へと受け継がれることになる。
まずはリスト弾きとして名高いジョルジュ・シフラやホルヘ・ボレットの演奏を聴いておきたい。技巧がブリリアントであるだけでなく、語り口も巧いので、何度聴いても感心させられる。とくにボレットの有名なデッカ録音(1982年録音)は風格すら漂っており、曲の流れの作り方も見事というほかなく、作品の全容を掴む上でも参考になる。21世紀以降だと、ユリアンナ・アヴデーエワがこの曲を十八番にしており、来日時も目の覚めるような快演を披露していた。
ただ、デモーニッシュな凄絶さとロマンティックな情熱に身を投じたい人には、ソ連時代の2人の名ピアニストの演奏がおすすめだ。ヴラディーミル・ソフロニツキー、そしてヤコフ・ザークである。どちらも1950年代の録音で、音質はいまひとつだが、大熱演である。私がよく聴くのはザークの方で、技巧が冴えているだけでなく、作品解釈の深さも集中力の強度も大変なもの。一つ一つの表現が「こうであってほしい」というこちらの要求の上をいっている。どんなにピアニストの技術が発達しても、このような規格外の表現力を獲得するのは容易ではない。
(阿部十三)
【関連サイト】
Après une Lecture de Dante(CD)
フランツ・リスト
[1811.10.22-1886.7.31]
「ダンテを読んで」〜巡礼の年 第2年「イタリア」より
【お薦めの録音】(掲載写真:上から)
ヤコフ・ザーク(p)
録音:1950年代
ホルヘ・ボレット(p)
録音:1982年
[1811.10.22-1886.7.31]
「ダンテを読んで」〜巡礼の年 第2年「イタリア」より
【お薦めの録音】(掲載写真:上から)
ヤコフ・ザーク(p)
録音:1950年代
ホルヘ・ボレット(p)
録音:1982年
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