ベートーヴェン 交響曲第4番
2017.05.29
もう一人の巨人
ベートーヴェンの交響曲第4番は1806年に作曲され、1807年3月に初演された。かつてシューマンは、有名な第3番と第5番の間に生まれたこの作品を、「北欧の2人の巨人に挟まれた清楚可憐なギリシャの乙女」と呼んだ。美しい呼称である。しかし、第2楽章はともかく、全体的にはベートーヴェンらしい力強さと緊張感をたたえた力作で、その構成も(第5番以上とは言えないまでも)非常に緊密なので、実際に聴いてみて、乙女という表現に違和感を覚える人はいるかもしれない。
シューマンに多少敬意を払って言えば、性別は女性かもしれないが、これもまた巨人である。静かに始まる第1楽章、アダージョの序奏からアレグロ・ヴィヴァーチェの主部に入る前の劇的な移行句では、満を持して派手なフォルテッシモを轟かせ、巨人が身を起こすようなスケールの大きさを感じさせる。これ以降、随所に聴かれるリズムと音型の宴は、第1番や第2番よりも手が込んでおり、「舞踏の聖化」と呼ばれた第7番を先取りしていると言えそうだ。第3楽章のスコアには「メヌエット」と記されているが、実質的にはスケルツォとして機能している。といっても、アレグロ・ヴィヴァーチェの野放図なエネルギーが波打っていて、スケルツォとしてすでに規格外である。
力強さを示す一方で、優美さが姿をみせることも少なくない。これは全ての楽章について言えることだが、テンポが穏やかな箇所になると、エレガントなフレーズが芳香を放ち、端正な挙措をみせる瞬間もある。その点では、第5番ほど極端な性格ではない。むしろ、その優美さと革新的なリズムと膨大なエネルギーが、不自然な加工をされず一つの場所に収まっているところが、この作品の醍醐味なのだ。
第4番の印象は、指揮者とオーケストラ次第で別物のように変わる。気が抜けた演奏は論外として、優美さを前面に出した芳しい演奏もあれば、革新性に焦点を当てた演奏もあり、エネルギーの大放出で圧倒する演奏もある。おそらく第4番で、最もエキサイティングな演奏を聴かせた指揮者は、カルロス・クライバーだろう。1982年に開かれたカール・ベーム追悼コンサートの録音を聴いてから、第4番は地味だというイメージを急いで修正した人も多いはずだ。その存在意義の大きさは計り知れない。ただ正直に言うと、私自身はそこまで夢中になったわけではなく、演奏としては、コンセルトヘボウ管を指揮した時の映像(1983年収録)の方が、オケが巧いし、アンサンブルも自然に息づいている感じがして好みである。
エフゲニー・ムラヴィンスキーがレニングラード・フィルを率いて来日した際の公演(1973年ライヴ)は文句なしに凄い。リズムの刻み方に鬼気迫るものがあり、ティンパニの打音も骨に響いてくるようだ。迫力ばかりでなく、細かなところにまで神経が行き届いていて、造型がしっかりしているので、第4番の構成の緊密さがよく分かり、あの第5番が生まれる必然性がみえてくる。
オットー・クレンペラー指揮、バイエルン放送交響楽団の演奏(1965年ライヴ)は、テンポが遅いと難癖をつける気も徐々に失せるほど我が道を行く足取りで、その足跡も大きくて深い。巨人の風格である。それでいて音楽自体はごつごつしているわけではなく、木管の鳴らし方はこの指揮者らしく魅惑的で、弦楽器のアンサンブルも美しく磨かれている。ピエール・モントゥーとロンドン響の組み合わせ(1961年録音)は、優美さと力強さをバランスよく堪能させる名演奏で、基本的に陽光を思わせる明るさに包まれている。その表現が全楽章にぴったり合っているとは言い難いが、第1楽章と第4楽章の演奏には新鮮で潤いのある響きが満ちており、リズムや構成がどうのこうのといった難しいことを考えさせない快さでわれわれの耳を楽しませる。
【関連サイト】
Beethoven Symphony No.4(CD)
ベートーヴェンの交響曲第4番は1806年に作曲され、1807年3月に初演された。かつてシューマンは、有名な第3番と第5番の間に生まれたこの作品を、「北欧の2人の巨人に挟まれた清楚可憐なギリシャの乙女」と呼んだ。美しい呼称である。しかし、第2楽章はともかく、全体的にはベートーヴェンらしい力強さと緊張感をたたえた力作で、その構成も(第5番以上とは言えないまでも)非常に緊密なので、実際に聴いてみて、乙女という表現に違和感を覚える人はいるかもしれない。
シューマンに多少敬意を払って言えば、性別は女性かもしれないが、これもまた巨人である。静かに始まる第1楽章、アダージョの序奏からアレグロ・ヴィヴァーチェの主部に入る前の劇的な移行句では、満を持して派手なフォルテッシモを轟かせ、巨人が身を起こすようなスケールの大きさを感じさせる。これ以降、随所に聴かれるリズムと音型の宴は、第1番や第2番よりも手が込んでおり、「舞踏の聖化」と呼ばれた第7番を先取りしていると言えそうだ。第3楽章のスコアには「メヌエット」と記されているが、実質的にはスケルツォとして機能している。といっても、アレグロ・ヴィヴァーチェの野放図なエネルギーが波打っていて、スケルツォとしてすでに規格外である。
力強さを示す一方で、優美さが姿をみせることも少なくない。これは全ての楽章について言えることだが、テンポが穏やかな箇所になると、エレガントなフレーズが芳香を放ち、端正な挙措をみせる瞬間もある。その点では、第5番ほど極端な性格ではない。むしろ、その優美さと革新的なリズムと膨大なエネルギーが、不自然な加工をされず一つの場所に収まっているところが、この作品の醍醐味なのだ。
第4番の印象は、指揮者とオーケストラ次第で別物のように変わる。気が抜けた演奏は論外として、優美さを前面に出した芳しい演奏もあれば、革新性に焦点を当てた演奏もあり、エネルギーの大放出で圧倒する演奏もある。おそらく第4番で、最もエキサイティングな演奏を聴かせた指揮者は、カルロス・クライバーだろう。1982年に開かれたカール・ベーム追悼コンサートの録音を聴いてから、第4番は地味だというイメージを急いで修正した人も多いはずだ。その存在意義の大きさは計り知れない。ただ正直に言うと、私自身はそこまで夢中になったわけではなく、演奏としては、コンセルトヘボウ管を指揮した時の映像(1983年収録)の方が、オケが巧いし、アンサンブルも自然に息づいている感じがして好みである。
エフゲニー・ムラヴィンスキーがレニングラード・フィルを率いて来日した際の公演(1973年ライヴ)は文句なしに凄い。リズムの刻み方に鬼気迫るものがあり、ティンパニの打音も骨に響いてくるようだ。迫力ばかりでなく、細かなところにまで神経が行き届いていて、造型がしっかりしているので、第4番の構成の緊密さがよく分かり、あの第5番が生まれる必然性がみえてくる。
オットー・クレンペラー指揮、バイエルン放送交響楽団の演奏(1965年ライヴ)は、テンポが遅いと難癖をつける気も徐々に失せるほど我が道を行く足取りで、その足跡も大きくて深い。巨人の風格である。それでいて音楽自体はごつごつしているわけではなく、木管の鳴らし方はこの指揮者らしく魅惑的で、弦楽器のアンサンブルも美しく磨かれている。ピエール・モントゥーとロンドン響の組み合わせ(1961年録音)は、優美さと力強さをバランスよく堪能させる名演奏で、基本的に陽光を思わせる明るさに包まれている。その表現が全楽章にぴったり合っているとは言い難いが、第1楽章と第4楽章の演奏には新鮮で潤いのある響きが満ちており、リズムや構成がどうのこうのといった難しいことを考えさせない快さでわれわれの耳を楽しませる。
(阿部十三)
【関連サイト】
Beethoven Symphony No.4(CD)
ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン
[1770.12.16-1827.3.26]
交響曲第4番 変ロ長調 作品60
【お薦めディスク】(掲載ジャケット:上から)
エフゲニー・ムラヴィンスキー指揮
レニングラード・フィルハーモニー
録音:1973年5月26日(ライヴ)
ピエール・モントゥー指揮
ロンドン交響楽団
録音:1961年5月
[1770.12.16-1827.3.26]
交響曲第4番 変ロ長調 作品60
【お薦めディスク】(掲載ジャケット:上から)
エフゲニー・ムラヴィンスキー指揮
レニングラード・フィルハーモニー
録音:1973年5月26日(ライヴ)
ピエール・モントゥー指揮
ロンドン交響楽団
録音:1961年5月
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