フォーレ ヴァイオリン・ソナタ第1番
2017.09.10
青春と抒情
ガブリエル・フォーレのヴァイオリン・ソナタ第1番は1875年から1876年にかけて作曲され、1877年1月27日に国民音楽協会の演奏会で、マリー・タヨーのヴァイオリンにより初演された。伴奏を務めたのは作曲者自身である。「期待を遥かに越える成功」(フォーレの言葉)を収めたこの初演の後、師であるサン=サーンスは、「子供が成長して自分の手元を離れてゆく時に覚える母親の悲しみを今晩味わった」と語ったという。
19世紀にフランスの作曲家ないしフランスで活躍した作曲家が書いたヴァイオリン・ソナタといえば、フランク、ルクー、ドビュッシー、ラヴェルのものが有名だが、フォーレのソナタはそれ以前に生まれている。そういう意味では先駆的な作品であり、その成功は、フランスではさほど積極的に作曲されていなかった室内楽曲のジャンルに関心を向けさせるきっかけにもなったと言えるだろう。
4つの楽章のどれを取っても、創意があり、自由な雰囲気がある。堅苦しさや強引さのイメージとはかけ離れたところで、青春の音楽が紡がれている。第1楽章はアレグロ・モルトで、冒頭から大胆に流動するような勢いがあり、若々しさを感じさせるが、押しつけがましさはない。展開部での幾度にも及ぶ転調も、極めてデリケートな手際でなされている。それまでに歌曲を手がけてきた経験がここで活かされているのだ。
第2楽章はアンダンテ。のびやかで陰影に富んだヴァイオリンが憧れを求めて溜息を漏らす。静かな世界だが、第1楽章の熱は冷めていない。第3楽章はアレグロ・ヴィーヴォで、スケルツォに相当する。スタッカートとピッチカートを駆使したこの楽章は、アクセントの置き方も含めて独創的だ。第4楽章はアレグロ・クワジ・プレスト。軽やかで美しい第1主題は、第3楽章の哀愁漂うトリオが生まれ変わったかのようである。青春の熱い血潮をたしかに感じさせながらも、旋律と和声の妙により、フォーレらしい抒情性が傷ひとつない状態で保たれている。主題を繰り返す際に分散和音を巧みに用いてくどくならないように配慮されているところも粋である。
私が初めて聴いたのは15歳の頃である。ヴァイオリン・ソナタはモーツァルトとベートーヴェンのものしか聴いたことがなかった私の耳に、フォーレの作品は「変わった音楽」として響いたものだ。六畳の部屋で、音楽を聴きながら、まるで光と風の世界にいるような気分になっていたあの時間は、今でも記憶に残っている。4つの楽章があり、変化に富み、内容も詰まっているのに、あっという間に終わってしまう気がするのも、私には不思議でならなかった。それからというもの、とらえどころのない魅力に惹かれ、流れ行く水をつかむような思いで何度も聴いていた。あっという間に終わるという印象は今なお変わらない。
録音で私が好んでいるのは、ジャック・ティボー、ヤッシャ・ハイフェッツ、ピエール・ドゥーカン、レイモン・ガロワ=モンブラン、アルテュール・グリュミオーの演奏だ。ティボー盤は1927年の録音で、伴奏はアルフレッド・コルトー。ひどい音質なのではないかと思われそうだが、ティボーの音色はちゃんと生きている。ハイフェッツ盤は数種類あるが、私が聴くのは1955年の録音。ハイフェッツのヴァイオリンは、フォーレの抒情性となぜか相性が良い。あっさり弾いているようで、しっかりと陰影が施されている。
ドゥーカン盤は1957年頃の録音。冒頭から悠揚迫らぬ歌い回しで魅了する。詩を書いているようなヴァイオリンで、耳を傾けていると、一つ一つの旋律が胸の奥の方にまでしみ込んでくる。微妙に変化する音の表情も、わざとらしさがなく、どこまでも優雅だ。ガロワ=モンブラン盤は1970年の録音。ヴァイオリンの響きは心地よい陽光のようで、どぎつい光ではないが、速いパッセージになると、ジャン・ユボーの存在感のあるピアノに触発され、強い熱気を放つ。グリュミオー盤は1977年の録音(1962年にも録音している)。この演奏家ならではの美音に明確な輪郭が加わったような印象で、甘さは控えめだが、音楽がどのように流れ動いているかがよく掴める。21世紀以降のものでは、イザベル・ファウストの演奏が聴きごたえがある。これは2001年の録音。両端楽章は緩急強弱の付け方が巧みで、雄弁かつ劇的な演奏となっている。一方、第2楽章の主題は驚くほど繊細に扱われ、デリカシーに溢れた響きをたたえている。
【関連サイト】
Faure Violin Sonata No.1 Op.13(CD)
ガブリエル・フォーレのヴァイオリン・ソナタ第1番は1875年から1876年にかけて作曲され、1877年1月27日に国民音楽協会の演奏会で、マリー・タヨーのヴァイオリンにより初演された。伴奏を務めたのは作曲者自身である。「期待を遥かに越える成功」(フォーレの言葉)を収めたこの初演の後、師であるサン=サーンスは、「子供が成長して自分の手元を離れてゆく時に覚える母親の悲しみを今晩味わった」と語ったという。
19世紀にフランスの作曲家ないしフランスで活躍した作曲家が書いたヴァイオリン・ソナタといえば、フランク、ルクー、ドビュッシー、ラヴェルのものが有名だが、フォーレのソナタはそれ以前に生まれている。そういう意味では先駆的な作品であり、その成功は、フランスではさほど積極的に作曲されていなかった室内楽曲のジャンルに関心を向けさせるきっかけにもなったと言えるだろう。
4つの楽章のどれを取っても、創意があり、自由な雰囲気がある。堅苦しさや強引さのイメージとはかけ離れたところで、青春の音楽が紡がれている。第1楽章はアレグロ・モルトで、冒頭から大胆に流動するような勢いがあり、若々しさを感じさせるが、押しつけがましさはない。展開部での幾度にも及ぶ転調も、極めてデリケートな手際でなされている。それまでに歌曲を手がけてきた経験がここで活かされているのだ。
第2楽章はアンダンテ。のびやかで陰影に富んだヴァイオリンが憧れを求めて溜息を漏らす。静かな世界だが、第1楽章の熱は冷めていない。第3楽章はアレグロ・ヴィーヴォで、スケルツォに相当する。スタッカートとピッチカートを駆使したこの楽章は、アクセントの置き方も含めて独創的だ。第4楽章はアレグロ・クワジ・プレスト。軽やかで美しい第1主題は、第3楽章の哀愁漂うトリオが生まれ変わったかのようである。青春の熱い血潮をたしかに感じさせながらも、旋律と和声の妙により、フォーレらしい抒情性が傷ひとつない状態で保たれている。主題を繰り返す際に分散和音を巧みに用いてくどくならないように配慮されているところも粋である。
私が初めて聴いたのは15歳の頃である。ヴァイオリン・ソナタはモーツァルトとベートーヴェンのものしか聴いたことがなかった私の耳に、フォーレの作品は「変わった音楽」として響いたものだ。六畳の部屋で、音楽を聴きながら、まるで光と風の世界にいるような気分になっていたあの時間は、今でも記憶に残っている。4つの楽章があり、変化に富み、内容も詰まっているのに、あっという間に終わってしまう気がするのも、私には不思議でならなかった。それからというもの、とらえどころのない魅力に惹かれ、流れ行く水をつかむような思いで何度も聴いていた。あっという間に終わるという印象は今なお変わらない。
録音で私が好んでいるのは、ジャック・ティボー、ヤッシャ・ハイフェッツ、ピエール・ドゥーカン、レイモン・ガロワ=モンブラン、アルテュール・グリュミオーの演奏だ。ティボー盤は1927年の録音で、伴奏はアルフレッド・コルトー。ひどい音質なのではないかと思われそうだが、ティボーの音色はちゃんと生きている。ハイフェッツ盤は数種類あるが、私が聴くのは1955年の録音。ハイフェッツのヴァイオリンは、フォーレの抒情性となぜか相性が良い。あっさり弾いているようで、しっかりと陰影が施されている。
ドゥーカン盤は1957年頃の録音。冒頭から悠揚迫らぬ歌い回しで魅了する。詩を書いているようなヴァイオリンで、耳を傾けていると、一つ一つの旋律が胸の奥の方にまでしみ込んでくる。微妙に変化する音の表情も、わざとらしさがなく、どこまでも優雅だ。ガロワ=モンブラン盤は1970年の録音。ヴァイオリンの響きは心地よい陽光のようで、どぎつい光ではないが、速いパッセージになると、ジャン・ユボーの存在感のあるピアノに触発され、強い熱気を放つ。グリュミオー盤は1977年の録音(1962年にも録音している)。この演奏家ならではの美音に明確な輪郭が加わったような印象で、甘さは控えめだが、音楽がどのように流れ動いているかがよく掴める。21世紀以降のものでは、イザベル・ファウストの演奏が聴きごたえがある。これは2001年の録音。両端楽章は緩急強弱の付け方が巧みで、雄弁かつ劇的な演奏となっている。一方、第2楽章の主題は驚くほど繊細に扱われ、デリカシーに溢れた響きをたたえている。
(阿部十三)
【関連サイト】
Faure Violin Sonata No.1 Op.13(CD)
ガブリエル・フォーレ
[1845.5.12-1924.11.4]
ヴァイオリン・ソナタ第1番 イ長調 Op.13
【お薦めディスク】(掲載ジャケット:上から)
ピエール・ドゥーカン(vn)
テレーズ・コシェ(p)
録音:1957年頃
レイモン・ガロワ=モンブラン(vn)
ジャン・ユボー(p)
録音:1970年3月
[1845.5.12-1924.11.4]
ヴァイオリン・ソナタ第1番 イ長調 Op.13
【お薦めディスク】(掲載ジャケット:上から)
ピエール・ドゥーカン(vn)
テレーズ・コシェ(p)
録音:1957年頃
レイモン・ガロワ=モンブラン(vn)
ジャン・ユボー(p)
録音:1970年3月
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