音楽 CLASSIC

ハイドン 交響曲第104番「ロンドン」

2018.04.08
ロンドン時代の集大成

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 ヨーゼフ・ハイドンの交響曲第104番は、1795年3月から4月にかけて作曲され、同年5月に初演されたとみられている。「ロンドン」という呼び名は作曲者自身によるものではない。おそらくロンドンで作曲されたことから付いたのだろう。しかし、ロンドンで作曲された交響曲はほかにもたくさんあるので、これだけが特に「ロンドン」と呼ばれることに疑問を抱く人も少なくない。

 とはいえ、ロンドン時代の仕事の集大成と評するにふさわしい充実した内容を持つ傑作であることは間違いない。この後、1796年にハイドンはウィーンに戻り、再びエステルハージ家の楽長職に就くことになる。『天地創造』や『四季』といったオラトリオ、『エルデーディ四重奏曲』や『ロプコヴィッツ四重奏曲』といった室内楽曲が作曲されるのはウィーン時代である。ハイドンはすでに60歳を越えてはいたが、これらの作品からも分かるように、作曲意欲も才能も衰えを見せることはなかった。

 「ロンドン」の第1楽章はニ短調の重たい響きで始まる。第98番、第101番「時計」などと同様である。その序奏部が終わるとニ長調の軽快かつ優美な主題が現れ、この主題が円熟した筆運びで展開してゆく。長調から短調に移行し、さらにまた長調に戻るといった細かい変化があるにもかかわらず、不自然さがなく、快活に流れるように音楽が進行する。

 第2楽章は優しいタッチの主題で始まり、穏やかな雰囲気に包まれるが、木管によって主題がト短調で奏でられると、フォルテッシモで強音が鳴り響き、劇的な様相を帯びる。ここからは変奏曲風の展開で、巧緻に編まれた弦のアンサンブルに耳を奪われる。個人的には、60小節以降のヴィオラとチェロのフレーズが最大の聴きどころで、弦に乱れがあったり、あっさり演奏されたりすると、それ以上聴く気がなくなってしまう。

 第3楽章はメヌエットで、快活な舞曲の旋律が克明に刻まれる。その主題が繰り返されると、品の良いトリオに入り、木管が活躍する。トリオが終わる際、しんみりとした経過部が挿まれ、力強いメヌエットに戻るのもスムーズで効果的だ。

 第4楽章は民謡風の第1主題が印象的。これはクロアチア人たちが歌っていた民謡という説と、ロンドンの物売りの呼び声という説がある。緩やかな第2主題はあくまでも優美。ハイドンらしい活力、エレガンス、陰影が込められた楽章で、やはり経過部を効果的に用いることで、細かな素材が有機的に結びつくように配慮されている。コーダは決して仰々しくないが、第1主題がうねるように奏でられた後、二分休符を挟んでから、一丸となって疾走するように締めくくられるところは、ハイドンの全交響曲の結びにふさわしい老練さが感じられる。

 録音の種類は豊富で、傾聴すべき名演奏も少なからずあるが、私はヘルベルト・フォン・カラヤン指揮によるウィーン・フィルの演奏(1959年録音)でこの作品を好きになった。ウィーン・フィルを振る時は大体そうであるように、自分の美学で縛り付けず、神経質になりすぎないカラヤンの長所が出ている演奏だ。このオケの美質を、巧みに手綱を取りながら引き出していると思う。その音像を完璧にとらえたデッカの録音も素晴らしい。カラヤンにはウィーン・フィルとのライヴ録音(1979年録音)やベルリン・フィルとの録音(1975年録音、1982年録音)があり、どれも名演だが、第2楽章の変奏部でのヴィオラとチェロの響きは1959年盤が美しい。

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 オイゲン・ヨッフム、ロンドン・フィルによる演奏(1973年録音)は、大所帯のオーケストラらしい立派な響きが心地よく、風格もあるが、何よりも生命力と愉悦感に溢れていて(特に第4楽章での各パートの歌わせ方)、ハイドンを聴くことの楽しさを体験させてくれる。格調高いのは、オットー・クレンペラー、ニュー・フィルハーモニア管による演奏(1964年録音)。第2楽章の変奏部はいかにもクレンペラーが得意そうなフレーズだけあって、弦と木管の響かせ方もツボを押さえている。第4楽章もただ大きく構えるのではなく、各パートの音色の強弱にかなり神経を注いでいる印象だ。

 ジョージ・セル、クリーヴランド管の録音(1954年録音)はきびきびとした快演で、第1楽章の歯切れの良さに惹かれる。無論、きびきびしているだけでなく、力強さもあるし、優美さと繊細さにも不足がない。ハイドンの音楽に対する深い理解がなければ到底不可能な演奏と言える。21世紀以降では、マルク・ミンコフスキ、ルーヴル宮音楽隊の演奏(2009年録音)が秀抜。音楽のダイナミックな波動を鮮明に伝える新時代の名盤だと思う。
(阿部十三)
フランツ・ヨーゼフ・ハイドン
[1732.3.31-1809.5.31]
交響曲第104番 ニ長調「ロンドン」

【お薦めディスク】(掲載ジャケット:上から)
ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
録音:1959年3月

オイゲン・ヨッフム指揮
ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団
録音:1973年

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