ショパン ワルツ
2020.07.03
「もし踊るなら、相手は伯爵夫人でなければ」
ワルツは4分の3拍子の舞曲で、18世紀後半に普及し始めた。語源はwal(t)zen(回る、回転する)ではないかと言われている。この舞曲が広まったのは、1815年、リーニュ公に「会議は踊る、されど進まず」と評されたウィーン会議からで、以後ヨーゼフ・ランナーやシュトラウス・ファミリーのワルツ曲が爆発的な人気を得た。
1830年、ワルシャワからウィーンに移住したショパンは、当時流行していたウィンナ・ワルツに圧されてチャンスを掴めず、1831年にパリへと旅立った。その短いウィーン滞在時に作曲されたのが「華麗なる大円舞曲 変ホ長調」である。これが1834年にパリで出版されると、上流階級のサロンで好んで弾かれるようになったという。評論家でもあったシューマンは、ショパンのワルツを称賛し、「もしこの曲で踊るのであれば、相手の半分は伯爵夫人でなければならない」と評した。それだけ優雅で上品だという意味だろう。
ショパンは少なくとも20曲以上のワルツを書いたが、生前に出版されたのは8曲のみ。1849年に亡くなった後、1850年代にユリアン・フォンタナによって手を加えられた5曲が出版され、続いて1870年代前半までに、初期に書かれたと見られる4曲が出版された。ここまでで計17曲。ほかにも数曲が見つかっている。
ただ、20世紀半ばの録音を見てみると、ショパンのワルツ集は「14曲」とされるのが一般的だったようだ。つまり生前に発表した8曲、フォンタナが出版した5曲に、遺作1曲を加えた形である。それを番号順に並べるとこうなる。
第1番 華麗なる大円舞曲 変ホ長調 Op.18
1831年作曲
第2番 華麗なる円舞曲 変イ長調 Op.34-1
1838年作曲
第3番 華麗なる円舞曲 イ短調 Op.34-2
1831年作曲
第4番 華麗なる円舞曲 ヘ長調 Op.34-3
1838年作曲 俗称「猫のワルツ」
第5番 大円舞曲 変イ長調 Op.42
1840年作曲
第6番 ワルツ 変ニ長調 Op.64-1
1846年〜1847年作曲 俗称「子犬のワルツ」
第7番 ワルツ 嬰ハ短調 Op.64-2
1846年〜1847年作曲
第8番 ワルツ 変イ長調 Op.64-3
1846年〜1847年作曲
第9番 ワルツ 変イ長調 Op.69-1
1835年作曲 俗称「別れのワルツ」
第10番 ワルツ ロ短調 Op.69-2
1829年作曲
第11番 ワルツ 変ト長調 Op.70-1
1835年作曲
第12番 ワルツ ヘ短調 Op.70-2
1841年作曲
第13番 ワルツ 変ニ長調 Op.70-3
1829年作曲
第14番 ワルツ ホ短調 遺作
1829年作曲
14曲すべてが親しみやすいというのも珍しい。その中でも一番有名な「子犬のワルツ」は、当時交際していたジョルジュ・サンドの乞いにより作曲されたものだ。飼い犬が自分の尻尾を追ってぐるぐる回る様子を音楽で表現してほしい、と言われたのである。三部形式で、主部は軽快そのもの、トリオでゆるやかになり、潤いのある甘い旋律が波打つ。14のワルツには明るい曲もあれば、物憂げな曲もあるが、これは前者を象徴する曲だ。
第7番は、「子犬のワルツ」に次いで有名な曲かもしれない。ワルツというよりマズルカを思わせるリズムで、嬰ハ短調の主旋律がとてもメランコリックだ。そこから同じ調性でテンポを上げて旋回してゆき、トリオで変ニ長調に転調するが、ほのかな明るさの中に哀愁が漂っている。作品番号64は第6番から第8番までを含み、それぞれ性格は異なり、特に第6番と第7番の明暗の差は大きいが、変ニ長調(第6番)の同主調が嬰ハ短調(第7番)ということもあり、同じダシで調理されたような味わいがある。
この調子で全曲に言及すると長くなるので、ここからは自分が好きな曲のみ紹介する。
第2番は華麗なる円舞曲という題にふさわしい曲調で、人気が高い。まず16小節の華やかな序奏の後、3拍子の愛らしい旋律(変イ長調)が奏でられる。そこから加速して転調、高揚感のある旋律(変ニ長調)が出てきてドラマティックに盛り上がる。この部分を初めて聴いた時、私は意表をつかれ、心を鷲掴みにされたものだ。その後、穏やかな旋律(変イ長調)、情熱的な旋律(変ロ短調)を経て、再び変ニ長調の旋律で高揚してゆく。変化に富んでいるが、構成がしっかりしているので散漫な印象がなく、最後はきらびやかで技巧的なコーダによって閉じられる。華麗な曲調ではあるが、感傷的で甘い味わいもあり、つくづく名曲だと感じ入るばかりだ。
第3番は題名とは真逆の曲調で、冒頭から重たい雰囲気に満ちている。転調して長調になると、軽やかさを帯び、哀愁の淡い光が見えてくるが、結局は冒頭の旋律に戻る。苦しい現在から明るい過去を思い出し、また現実に戻ってきたような感じだ。これが「華麗なる円舞曲」の真ん中に配置された意図ははっきりしない。天邪鬼によるものなのか、それとも、第2番と第4番の華麗さをより際立たせる狙いがあったのだろうか。ちなみに、ショパン自身はこの曲を好んでいたという。
第9番はマリア・ヴォジンスカに捧げられた曲。2人は一時婚約していたが、マリアの両親の許しを得ることができずに別れた。その後、マリアはこの曲に「別れのワルツ」と名付けたという。曲全体は、甘く切なく幻想的なムードに覆われているが、変ホ長調に転じてリズミカルになるところはマズルカの風味がある。転調が多かったり、行ったり来たりを繰り返したりと、恋愛心理を描いているようにも感じられる。
第10番は短い曲で、さほどポピュラーではないが、明るく跳ねるようなリズムが愛らしい。トリオに現れる愁いを含んだ優美な旋律も、ショパンらしくて魅力的だ。その美しいハーモニーは、ブラームスのワルツ第15番のように、静かに心にしみる。
大雑把に言うと、ショパンの短調のワルツにはマズルカの要素がブレンドされていて、品の良い哀愁感が出ている。周知の通り、ショパンはポロネーズやマズルカといった母国の音楽をピアノ曲にしているが、いずれもワルツと同じ4分の3拍子である。そこに目をつけ、彼自身のアイデンティティーを盛り込むことで、新しいタイプのワルツを生み出したと言えるだろう。
1830年、ワルシャワからウィーンに移住したショパンは、当時流行していたウィンナ・ワルツに圧されてチャンスを掴めず、1831年にパリへと旅立った。その短いウィーン滞在時に作曲されたのが「華麗なる大円舞曲 変ホ長調」である。これが1834年にパリで出版されると、上流階級のサロンで好んで弾かれるようになったという。評論家でもあったシューマンは、ショパンのワルツを称賛し、「もしこの曲で踊るのであれば、相手の半分は伯爵夫人でなければならない」と評した。それだけ優雅で上品だという意味だろう。
ショパンは少なくとも20曲以上のワルツを書いたが、生前に出版されたのは8曲のみ。1849年に亡くなった後、1850年代にユリアン・フォンタナによって手を加えられた5曲が出版され、続いて1870年代前半までに、初期に書かれたと見られる4曲が出版された。ここまでで計17曲。ほかにも数曲が見つかっている。
ただ、20世紀半ばの録音を見てみると、ショパンのワルツ集は「14曲」とされるのが一般的だったようだ。つまり生前に発表した8曲、フォンタナが出版した5曲に、遺作1曲を加えた形である。それを番号順に並べるとこうなる。
第1番 華麗なる大円舞曲 変ホ長調 Op.18
1831年作曲
第2番 華麗なる円舞曲 変イ長調 Op.34-1
1838年作曲
第3番 華麗なる円舞曲 イ短調 Op.34-2
1831年作曲
第4番 華麗なる円舞曲 ヘ長調 Op.34-3
1838年作曲 俗称「猫のワルツ」
第5番 大円舞曲 変イ長調 Op.42
1840年作曲
第6番 ワルツ 変ニ長調 Op.64-1
1846年〜1847年作曲 俗称「子犬のワルツ」
第7番 ワルツ 嬰ハ短調 Op.64-2
1846年〜1847年作曲
第8番 ワルツ 変イ長調 Op.64-3
1846年〜1847年作曲
第9番 ワルツ 変イ長調 Op.69-1
1835年作曲 俗称「別れのワルツ」
第10番 ワルツ ロ短調 Op.69-2
1829年作曲
第11番 ワルツ 変ト長調 Op.70-1
1835年作曲
第12番 ワルツ ヘ短調 Op.70-2
1841年作曲
第13番 ワルツ 変ニ長調 Op.70-3
1829年作曲
第14番 ワルツ ホ短調 遺作
1829年作曲
タイプは様々だ。第1番、第2番がピアノだけで楽しめる至高のワルツだとすれば、第3番、第7番、第9番「別れのワルツ」はワルツ形式を借りた憂愁の詩である。そして第6番「子犬のワルツ」は、印象的な情景を切り取って音楽にしている。踊りたい人は踊ってもいいのだろうが、踊ることを目的としない芸術作品として鑑賞できるのがポイントだ。
14曲すべてが親しみやすいというのも珍しい。その中でも一番有名な「子犬のワルツ」は、当時交際していたジョルジュ・サンドの乞いにより作曲されたものだ。飼い犬が自分の尻尾を追ってぐるぐる回る様子を音楽で表現してほしい、と言われたのである。三部形式で、主部は軽快そのもの、トリオでゆるやかになり、潤いのある甘い旋律が波打つ。14のワルツには明るい曲もあれば、物憂げな曲もあるが、これは前者を象徴する曲だ。
第7番は、「子犬のワルツ」に次いで有名な曲かもしれない。ワルツというよりマズルカを思わせるリズムで、嬰ハ短調の主旋律がとてもメランコリックだ。そこから同じ調性でテンポを上げて旋回してゆき、トリオで変ニ長調に転調するが、ほのかな明るさの中に哀愁が漂っている。作品番号64は第6番から第8番までを含み、それぞれ性格は異なり、特に第6番と第7番の明暗の差は大きいが、変ニ長調(第6番)の同主調が嬰ハ短調(第7番)ということもあり、同じダシで調理されたような味わいがある。
この調子で全曲に言及すると長くなるので、ここからは自分が好きな曲のみ紹介する。
第2番は華麗なる円舞曲という題にふさわしい曲調で、人気が高い。まず16小節の華やかな序奏の後、3拍子の愛らしい旋律(変イ長調)が奏でられる。そこから加速して転調、高揚感のある旋律(変ニ長調)が出てきてドラマティックに盛り上がる。この部分を初めて聴いた時、私は意表をつかれ、心を鷲掴みにされたものだ。その後、穏やかな旋律(変イ長調)、情熱的な旋律(変ロ短調)を経て、再び変ニ長調の旋律で高揚してゆく。変化に富んでいるが、構成がしっかりしているので散漫な印象がなく、最後はきらびやかで技巧的なコーダによって閉じられる。華麗な曲調ではあるが、感傷的で甘い味わいもあり、つくづく名曲だと感じ入るばかりだ。
第3番は題名とは真逆の曲調で、冒頭から重たい雰囲気に満ちている。転調して長調になると、軽やかさを帯び、哀愁の淡い光が見えてくるが、結局は冒頭の旋律に戻る。苦しい現在から明るい過去を思い出し、また現実に戻ってきたような感じだ。これが「華麗なる円舞曲」の真ん中に配置された意図ははっきりしない。天邪鬼によるものなのか、それとも、第2番と第4番の華麗さをより際立たせる狙いがあったのだろうか。ちなみに、ショパン自身はこの曲を好んでいたという。
第9番はマリア・ヴォジンスカに捧げられた曲。2人は一時婚約していたが、マリアの両親の許しを得ることができずに別れた。その後、マリアはこの曲に「別れのワルツ」と名付けたという。曲全体は、甘く切なく幻想的なムードに覆われているが、変ホ長調に転じてリズミカルになるところはマズルカの風味がある。転調が多かったり、行ったり来たりを繰り返したりと、恋愛心理を描いているようにも感じられる。
第10番は短い曲で、さほどポピュラーではないが、明るく跳ねるようなリズムが愛らしい。トリオに現れる愁いを含んだ優美な旋律も、ショパンらしくて魅力的だ。その美しいハーモニーは、ブラームスのワルツ第15番のように、静かに心にしみる。
大雑把に言うと、ショパンの短調のワルツにはマズルカの要素がブレンドされていて、品の良い哀愁感が出ている。周知の通り、ショパンはポロネーズやマズルカといった母国の音楽をピアノ曲にしているが、いずれもワルツと同じ4分の3拍子である。そこに目をつけ、彼自身のアイデンティティーを盛り込むことで、新しいタイプのワルツを生み出したと言えるだろう。
モノラル録音、ステレオ録音に2種類ずつ良い演奏がある。モノラルは、アルフレッド・コルトーが1934年に録音したものとディヌ・リパッティが1950年7月に録音したもの、ステレオは、サンソン・フランソワが1963年1月に録音したものとゲザ・アンダが1975年に録音したものだ。
どれを聴いても不満を覚えることはないが、個人的にはサンソン・フランソワの演奏に最も惹かれる。軽やかなタッチと、粋としか言いようのないフレージングにより、旋律がよく歌い、生き生きとしている。暗い曲でも深刻になりすぎないところが良い。即興的に弾いているようで、過剰な強調は注意深く避けられている。ディヌ・リパッティだと、亡くなる前のコンサートで弾いた13曲分の音源(1950年9月16日ライヴ録音)があり、そちらの方が演奏としては美しく、音も瑞々しい。ちなみに、4人のワルツ集の収録数はいずれも14曲。ウラディーミル・アシュケナージやアダム・ハラシェヴィッチが弾いた全19曲の録音、ジャン=マルク・ルイサダが弾いた全17曲の録音もある。
(阿部十三)
【関連サイト】
フレデリック・ショパン
[1810.3.1-1849.10.17]
ワルツ 作品18、34、42、64、69、70、遺作
【お薦めディスク】(掲載ジャケット:上から)
サンソン・フランソワ(p)
録音:1963年
ディヌ・リパッティ(p)
録音:1950年9月16日(ライヴ)
[1810.3.1-1849.10.17]
ワルツ 作品18、34、42、64、69、70、遺作
【お薦めディスク】(掲載ジャケット:上から)
サンソン・フランソワ(p)
録音:1963年
ディヌ・リパッティ(p)
録音:1950年9月16日(ライヴ)
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