モーツァルト 「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」
2020.11.10
世界で最も有名な小夜曲
モーツァルトの音楽の中でも特に有名な「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」は、1787年に作曲された。完成したのは同年8月10日。つまり、キャリアの後期に書かれた作品である。
この名称は、モーツァルト自身が自作目録に記載したもので、日本語に訳すと「小夜曲」となる。もともとは5つの楽章で構成されていたようだが、何らかの理由でメヌエットの一つが無くなり、現在は全4楽章の形で伝わっている。
1787年は、モーツァルトが死について思索を深めた時期と言われる。1月に親しい友人であったハッツフェルト伯爵が亡くなり、5月に父レオポルトが亡くなるという悲しい出来事が続き、しかも、地獄落ちを描くオペラ『ドン・ジョヴァンニ』を作曲していた。
「アイネ・クライネ〜」が何のため、誰のために作曲されたのか、理由は定かでない。ただ、何の依頼がなくても、当時のモーツァルトは自発的かつ本能的にこういう音楽を書かずにいられなかったのではないかと思われる。暗い影をモノともせず払いのける音楽を。
第1楽章はアレグロ。ト長調。冒頭、誰もが知るポピュラーな主題が明るく響く。緻密な構成を持ち、音楽は時に緩やかに、時に速度を上げ、緊張と緩和を繰り返しながら、軽やかに高揚していく。
第2楽章はロマンツェ。ハ長調。穏やかで愛らしい主題が優美なフレージングで奏でられる。中間部分は、雰囲気を変えてハ短調に変わり、焦燥感が出てくるが、すぐに穏やかになる。
第3楽章はメヌエット。ト長調。明るく上品な主題が舞踏的なリズムで鳴り響き、極めてエレガントなトリオを挟み、最後は軽快な雰囲気に戻る。
第4楽章はロンド、アレグロ。ト長調。第3楽章の主題に手を加えたロンド主題がキビキビと躍動し、まるで笑顔を振りまいているかのように旋回する。途中でハ短調、ト短調に転調するが、その短い嵐をくぐり抜けた後、再び陽気になり、コーダで勢いを増して爽快に終わる。
第1楽章の主題は様々にアレンジされ、時にサプリングされたりもしているが、聴きどころはそこだけでなく、全楽章にある。特に第2楽章の美しさ、第4楽章の高揚感は、モーツァルトの筆からしか生まれ得ないものだ。あまりに親しみやすい曲なのでつい忘れがちだが、その旋律も書法も構成も完璧すぎるほど完璧であり、彼が異常な天才であることを伝えている。
ベルリン・フィルのコンサートマスターだったシモン・ゴールドベルクによると、ヴィルヘルム・フルトヴェングラーはこの作品について、「モーツァルトの中でこれほど演奏するのが難しいものはない」と語っていたらしい。たしかに、勢いだけでは成立しない音楽だし、かといって整いすぎていても面白みがなくなるし、手前勝手に遊びすぎても瑕になる。フレージングやデュナーミクへの細かな配慮が必要で、しかも、それをある程度の余裕を持って楽しみながらやらないと、良い演奏にはならない。
そのフルトヴェングラーがウィーン・フィルを指揮した時の録音(1949年録音)があるのだが、これがエレガントで素晴らしい。特に第1楽章の第22小節からのフォルテ部分は、フレージングがのびやかで、弦楽器の音がきらきらと光っている。フルトヴェングラーが指揮したモーツァルトというと、『ドン・ジョヴァンニ』の壮絶な演奏が印象的だが、それとはまた違ったアプローチの名演奏である。
ヴィリー・ボスコフスキー指揮、ウィーン・モーツァルト合奏団の演奏(1968年録音)も美しい。周知の通り、ボスコフスキーはウィーン・フィルの元コンサートマスターで、その彼が同オーケストラのメンバーと結成したのがこの合奏団。モーツァルトのことなら任せなさいと言わんばかりの自信に満ちた演奏で、全体的にふわっと軽やかで爽快だが、重心はしっかりとしている。音質も聴きやすい。
ブルーノ・ワルター指揮、コロンビア交響楽団の演奏(1959年録音)は、ワルターらしく低弦のうねりが強めに出ていて、それがこの音楽に絶妙な陰翳を施している。拍のとり方にも癖があり、間を重んじ、無造作に旋律を流さない。屈託のないモーツァルトというよりは、哀しみを秘めて明るく振る舞うモーツァルトという印象だが、この作品自体を「明るすぎる」と感じている人には向いている。
シモン・ゴールドベルク指揮、オランダ室内管弦楽団の演奏(1958年録音)は折り目正しい演奏で、引き締まったアンサンブルが特徴的だが、やや厳格さに傾くきらいがある。フリッツ・ライナー指揮、シカゴ響の演奏(1954年録音)は、芸達者ぶりが際立つ演奏で、キビキビとしていて活力に富んでいる。楽器の音に色彩があり、細かなフレーズを躍動させ、表情を付けているところも良い。
(阿部十三)
【関連サイト】
MOZART 「EINE KLEINE NACHTMUSIK」(CD)
ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト
[1756.1.27-1791.12.5]
セレナード K.525 「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」
【お薦めディスク】(掲載ジャケット:上から)
ヴィリー・ボスコフスキー指揮
ウィーン・モーツァルト合奏団
録音:1968年
ブルーノ・ワルター指揮
コロンビア交響楽団
録音:1959年
[1756.1.27-1791.12.5]
セレナード K.525 「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」
【お薦めディスク】(掲載ジャケット:上から)
ヴィリー・ボスコフスキー指揮
ウィーン・モーツァルト合奏団
録音:1968年
ブルーノ・ワルター指揮
コロンビア交響楽団
録音:1959年
月別インデックス
- November 2024 [1]
- October 2024 [1]
- September 2024 [1]
- August 2024 [1]
- July 2024 [1]
- May 2024 [1]
- April 2024 [1]
- March 2024 [1]
- January 2024 [1]
- December 2023 [1]
- November 2023 [1]
- October 2023 [1]
- September 2023 [1]
- July 2023 [1]
- June 2023 [1]
- May 2023 [1]
- March 2023 [1]
- January 2023 [1]
- December 2022 [1]
- October 2022 [1]
- September 2022 [1]
- August 2022 [1]
- July 2022 [1]
- May 2022 [1]
- March 2022 [1]
- February 2022 [1]
- December 2021 [1]
- November 2021 [1]
- October 2021 [1]
- September 2021 [1]
- July 2021 [1]
- June 2021 [1]
- May 2021 [1]
- March 2021 [1]
- February 2021 [1]
- December 2020 [1]
- November 2020 [1]
- October 2020 [1]
- July 2020 [1]
- June 2020 [1]
- May 2020 [1]
- April 2020 [1]
- February 2020 [1]
- January 2020 [1]
- December 2019 [1]
- October 2019 [1]
- September 2019 [2]
- August 2019 [1]
- June 2019 [1]
- April 2019 [1]
- March 2019 [1]
- February 2019 [1]
- December 2018 [1]
- November 2018 [1]
- October 2018 [1]
- September 2018 [1]
- July 2018 [1]
- June 2018 [1]
- April 2018 [1]
- March 2018 [2]
- February 2018 [1]
- December 2017 [5]
- November 2017 [1]
- October 2017 [1]
- September 2017 [1]
- August 2017 [1]
- June 2017 [1]
- May 2017 [2]
- April 2017 [2]
- February 2017 [1]
- January 2017 [2]
- November 2016 [2]
- September 2016 [2]
- August 2016 [2]
- July 2016 [1]
- June 2016 [1]
- May 2016 [1]
- April 2016 [1]
- February 2016 [2]
- January 2016 [1]
- December 2015 [1]
- November 2015 [2]
- October 2015 [1]
- September 2015 [2]
- August 2015 [1]
- July 2015 [1]
- June 2015 [1]
- May 2015 [1]
- April 2015 [1]
- February 2015 [2]
- January 2015 [1]
- December 2014 [1]
- November 2014 [2]
- October 2014 [1]
- September 2014 [1]
- August 2014 [2]
- July 2014 [1]
- June 2014 [2]
- May 2014 [2]
- April 2014 [1]
- March 2014 [2]
- February 2014 [2]
- January 2014 [2]
- December 2013 [1]
- November 2013 [2]
- October 2013 [2]
- September 2013 [1]
- August 2013 [2]
- July 2013 [2]
- June 2013 [2]
- May 2013 [2]
- March 2013 [2]
- February 2013 [1]
- January 2013 [2]
- December 2012 [2]
- November 2012 [1]
- October 2012 [2]
- September 2012 [1]
- August 2012 [1]
- July 2012 [3]
- June 2012 [1]
- May 2012 [2]
- April 2012 [2]
- March 2012 [2]
- February 2012 [3]
- January 2012 [2]
- December 2011 [2]
- November 2011 [2]
- October 2011 [2]
- September 2011 [3]
- August 2011 [2]
- July 2011 [3]
- June 2011 [4]
- May 2011 [4]
- April 2011 [5]
- March 2011 [5]
- February 2011 [4]