モーツァルト ピアノ協奏曲第23番
2021.05.01
美しい調和の音楽
モーツァルトのピアノ協奏曲第23番は美しい調和の音楽である。耳を傾けていると、世界の調和、感情の調和のなかにいるような心地を覚える。アンドレ・ジイドが日記に書いた「モーツァルトのよろこびは清らかに澄み渡っている。音楽のフレーズは、物静かな想いのようだ。その単純さは純粋さにほかならない」という言葉がそのまま当てはまる作品だ。明るいけど陽気すぎず、優しい吐息に包まれたような雰囲気がある。
作曲を終えたのは、1786年3月2日。初演は同年同月に行われたとみられている。編成をみるとトランペットとティンパニが無く、オーボエも無い。その代わりクラリネットが加わり、アンサンブルにやさしい温もりを与えている。ちなみに、モーツァルトのピアノ協奏曲でクラリネットが活躍するのは前作の第22番から第24番までである。
閃きというよりは入念という表現を使いたくなるほどピアノ・パートもカデンツァもしっかりと作り込まれている。なので、即興が入り込む余地はなく、旋律や和声にも隙や綻びが見られない。その形式は完璧に計算されたものであり、数学的な均衡を保ち、それでいて窮屈さを感じさせない。
第1楽章はアレグロ、イ長調。ソナタ形式。第1主題と第2主題は優美で柔らかみがあり、展開部の始まりを告げる主題も落ち着いた美しさを持っている。春の優しい日射しのような趣だが、その澄んだ光の中に一人でいるような孤独感もたたえている。
第2楽章はアダージョ、嬰ヘ短調。3部形式。イ長調の平行調の嬰ヘ短調で、哀愁に溢れた主題が流れる。切々とした響きだが、中間部で仄かに明るい主題が現れて雰囲気が変わり、また冒頭の主題が繰り返される。ピッツィカートの伴奏でピアノが奏でる素朴な旋律が美しい。
第3楽章はアレグロ・アッサイ、イ長調。ロンド形式。軽快に跳ねるようなロンド主題がまず耳に飛び込んでくるが、その後もさまざまな主題が現れ、多彩な楽想で魅了する。嬰ヘ短調の走句が劇的に反復された後、クラリネットがニ長調で主題を奏でるところは、新しい風が吹いてくるようで非常に印象的だ。
モーツァルトの作品の中でも、第23番は特に形式的にきちっとしている。天衣無縫の筆運びというよりは、細部まで設計した上で、豊かな楽想を、無理なく、きれいにまとめている。完成までには時間を要したのではないだろうか(1784年3月頃に着手したのではないかという説がある)。
ちなみに、第23番を書き終えたすぐ後、1786年3月24日に完成させたのが第24番である。第23番はイ長調という調性にふさわしく純粋で明るいが、第24番の方はハ短調で書かれていて、悲壮感や緊張感といったものが多分に含まれている。もしかするとモーツァルトは第23番で書けなかったことを、反動的に第24番に注ぎ込んでいたのかもしれない。
私はクララ・ハスキルの演奏(1954年録音)でこの曲を初めて聴き、その淀みのない語り口と虚飾のない無垢な美しさに惹かれた。うまく聴かせようという意識もなく、音楽の中に入り込んで弾いている印象がある。その次に聴いたのはマウリツィオ・ポリーニによる演奏(1976年録音)。真面目できちっとした表情を持つモーツァルトだが、この作品には向いている。ピアノの音はうっとりするほど綺麗だ。カール・ベーム指揮、ウィーン・フィルによる伴奏も素晴らしい。弦楽器のフレージングのしなやかさ、木管の響きの軽やかさに魅せられ、時の経つのも忘れてしまう。ルドルフ・ゼルキン独奏、クラウディオ・アバド指揮、ロンドン響(1982年録音)の演奏は、消えゆく音を惜しみ慈しみ愛でるようなピアノのタッチが魅力的だ。アバドのサポートも優しい情感をたたえていて懐が深い。
(阿部十三)
【関連サイト】
Mozart Piano Concerto No.23(CD)
ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト
[1756.1.27-1791.12.5]
ピアノ協奏曲第23番 イ長調 K.488
【お薦めディスク】(掲載ジャケット:上から)
マウリツィオ・ポリーニ(p)
カール・ベーム指揮
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
録音:1976年4月
クララ・ハスキル(p)
パウル・ザッヒャー指揮
ウィーン交響楽団
録音:1954年10月
[1756.1.27-1791.12.5]
ピアノ協奏曲第23番 イ長調 K.488
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