音楽 CLASSIC

モーツァルト 交響曲第38番「プラハ」

2022.02.05
『フィガロの結婚』から「プラハ」へ

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 モーツァルトの交響曲第38番「プラハ」は1786年12月6日に完成し、1787年1月19日に作曲者自身の指揮によりプラハで初演された。当時、プラハでは歌劇『フィガロの結婚』が大流行し、モーツァルトは押しも押されぬ人気作曲家となっていた。初演は当然のごとく成功裡に終わり、後にモーツァルトが「幸せな一日だった」と回想するほど忘れがたい喜びをもたらした。

 前作の交響曲第36番「リンツ」が書かれたのは1783年秋のことなので、約3年ぶりの交響曲ということになる(交響曲第37番は欠番)。3年というと大した時間ではないが、モーツァルトのような天才にとっては円熟するのに十分な時間だったと言えるだろう。彼はその3年間で、12作のピアノ協奏曲、4作の弦楽四重奏曲、『フィガロ』を書き、20代から30代になった。

 構成はメヌエットなしの3楽章制。第3楽章については、『フィガロの結婚』と同じタイプの五線紙が使われていることなどから、1786年の初頭に書かれていたのではないかと言われている。第1楽章と第2楽章の構想がそれ以前にあったのかどうかは分からないが、複雑な構成を持つ第1楽章は、いかにモーツァルトといえども作曲に時間を要したのではないかと思われる。

 第1楽章はアダージョ−アレグロ。序奏は、前作「リンツ」より存在感を増し、緊張感が漂っている。冒頭は後年の「ジュピター」に似ているが、繰り返される打音の重さはむしろ『ドン・ジョヴァンニ』の序曲を思わせる(演奏の仕方にもよる)。第1主題は快活で勢いがあるが、ここでファゴットとホルンが奏でる旋律は『フィガロの結婚』の有名なアリア「もう飛ぶまいぞ、この蝶々」から取られている。また、しなやかな第2主題が現れた後は、同じオペラのアリア「さあ膝をついて」のフレーズが奏でられる。展開部では対位法が用いられ、各声部が絡み合い、調性も不安定になる。再現部が始まる、と思わせておきながら後回しにしたりと、構成も凝っている。

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 第2楽章はアンダンテ。第1主題は穏やかだが、半音階の響きが耳に残る。その後にヴァイオリンが奏でるモチーフもどことなく安らかな夢を妨げる暗い影のようで不穏である。第2主題は文句なしに美しい。展開部に入ると、第1主題と暗い影のモチーフが転調しながら繰り返され、愁いの色が濃くなっていき、再現部にもその影響が及ぶ。しかし、やがて美しい第2主題が現れると、それまで暗い影だと思っていたものは何でもない錯覚だったといわんばかりに、穏やかさを取り戻す。

 第3楽章はプレスト。第1主題は『フィガロの結婚』の二重唱「早く開けて」と同じモチーフで始まり、スピーディに進行する。第2主題も愛らしく楽しげで明るい。解説書などに「オペラ・ブッファのフィナーレのようだ」と書かれているのも納得だ。展開部では流れが変わり、管楽器の持続音と低弦の力強い響きが前面に出る。そして、ここでも趣向を凝らし、再現部が始まると思わせつつ展開部を続ける。最後はきちんと再現部が始まり、快活に、華やかに締め括られる。

 強いて言うなら、『フィガロの結婚』と『ドン・ジョヴァンニ』を足したような雰囲気がこの交響曲にはあると思う。率直な感情の歌があり、生の喜びや生命の深淵をこれ見よがしでなく示唆する。半音階、シンコペーション、対位法などを積極的に用いることで音楽に様々な表情を持たせ、天才のインスピレーションと卓越した構想力によって、交響曲という様式に多様さと深みを与えることにも成功している。

 昔から名盤とされているのは、ブルーノ・ワルター指揮、ウィーン・フィルによる演奏(1955年ライヴ録音)、カール・シューリヒト指揮、パリ・オペラ座管(1963年録音)である。ワルターには、ニューヨーク・フィルとの演奏(1954年録音)、コロンビア響(1959年録音)もある。

 カール・ベームが指揮したベルリン・フィル盤(1959年録音)、ウィーン・フィル盤(1979年録音)、ラファエル・クーベリックが指揮したバイエルン放送響盤(1980年録音)も名演だが、ベーム&ベルリン・フィル盤の序奏はやや一本調子であるように感じられる。晩年に録音されたウィーン・フィル盤の方が、音に柔らかみと深みがあり、なおかつ明るさもあって好ましい。クーベリック盤は木管の音色の美しさが際立っていて、優美なモーツァルトを楽しめる。

 私がよく聴くのは、ヨーゼフ・クリップス指揮、アムステルダム・コンセルトヘボウ管の演奏(1972年録音)である。「プラハ」を聴いて毎回思うのは、第1楽章の序奏の難しさである。アダージョではあるが、ある程度の速度を保ち、和音の響きにも緊張感がないと、間延びしているように聴こえてしまう。クリップスはここを2分半程度で進めていて、私には聴きやすい(大体3分を超える)。全楽章を通して、コンセルトヘボウ管の楽器の音色が非常に美しく、色彩感に溢れているのも魅力だ。クリップスの指揮には無理がなく、無駄もない。こんな演奏を生で聴いたら、愉悦で我を失いそうである。

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 衝撃的だったのは、ペーター・マーク指揮、ロンドン響の演奏(1959年録音)だ。リズムの弾み方がどの演奏とも違う。繰り返しを行なっているので演奏時間は長いが、精力的にのびのびと体操でもしているように進行する(フレージングに粗さはある)。第2楽章については、77歳の時にパドヴァ・ヴェネト管を指揮したもの(1996年録音)の方が表現力豊かで、ほかの演奏では聴こえない音が聴こえてきたりして、興趣が尽きない。
(阿部十三)


【関連サイト】
Mozart Symphony No.38 "Prague"(CD)
ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト
[1756.1.27-1791.12.5]
交響曲第38番 ニ長調 K.504「プラハ」

【お薦めディスク】(掲載ジャケット:上から)
ヨーゼフ・クリップス指揮
アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団
録音:1972年

カール・ベーム指揮
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
録音:1979年

ペーター・マーク指揮
ロンドン交響楽団
録音:1959年

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