シューベルト ピアノ三重奏曲第2番
2022.08.05
孤独と不安をこえて
シューベルトのピアノ三重奏曲第2番は1827年11月に着手された。完成時期と初演日ははっきりしない。1827年12月26日に初演されたという説もあるが、間違いなく演奏されたのは1828年3月26日の自作演奏会においてである。そのときは好評をもって迎えられたという。
シューベルトは1828年11月19日に31歳で亡くなった。なので、1827年11月といえば亡くなるちょうど1年前にあたる。そこから1年の間、彼の創作意欲は異常な高まりを見せ、何かに憑かれたように作曲に没頭した。ヴァイオリンとピアノのための幻想曲、ミサ曲第6番、ピアノ・ソナタ第19番、第20番、第21番、弦楽五重奏曲、『白鳥の歌』、「岩の上の羊飼い」、そして3つのピアノ三重奏曲(第1番、第2番、「ノットゥルノ」)ーー人生最後の1年にこれだけの傑作を生んだ人はいない。その密度の濃さはベートーヴェンの「傑作の森」以上と言える。
ちなみに、1827年10月に『冬の旅』の後半12曲を書いていたことが分かっているので、ピアノ三重奏曲第2番はそこから間をあけずに着手されたことになる。そのせいか、両者には精神面において通底するものが感じられる。端的に言うと、それは孤独感と不安だ。しかしまた同時に、孤独や不安に挫けまいとする本能的な意思が、ピアノ三重奏曲第2番には満ちている。
第1楽章はアレグロ、変ホ長調。明るく躍動的な第1主題で始まり、のびやかなパッセージを経て、ロ短調で叙情的な第2主題がスタッカートで奏でられる。この主題は変奏を繰り返しながら高揚し、次に親しげで歌謡的な第3主題が登場。さらに憂いを含んだフレーズが現れ、多彩な表情をみせる。このフレーズが展開部で反復され、徐々に第1主題の面影を宿し、再現部に至る流れが素晴らしい。
第2楽章はアンダンテ・コン・モート、ハ短調。静かに歩むピアノの上に重なるように、美しくロマンティックな主題がチェロによって奏でられる。この主題から派生した旋律がヴァイオリンによってのびやかに歌われ、やがて劇的な起伏を形成。再び冒頭の主題が現れた後、またそこから派生した旋律が移調しながら激しくうねり出す。最後は冒頭の主題が静かに寂しく奏でられて終わる。
第3楽章はスケルツァンド、アレグロ・モデラート、変ホ長調。軽快な主題で始まるが、転調を用いて陰影を含ませている。トリオはフォルツァンドで力強く進み、勢いを増すが、突然弱音で寂しげになったりして、様相が流れるように変化する。
第4楽章はアレグロ・モデラート、変ホ長調。明るくエレガントに始まるが、すぐに翳りを見せたり、情熱的な力強さを見せたり、と楽想の交錯ぶりがめまぐるしい。それらが不自然さもなく、有機的につながり一つの流れを作っているところは、神秘的ですらある。憂愁の翳りが濃くなってきたところで、第2楽章の冒頭主題が現れる。この主題が最終的に大胆な移調を経て明るく高揚感に満ちた旋律となり、輝かしいフィナーレを迎える。
どの楽章にもシューベルトの才能が閃いているが、やはり肝となるのは第2楽章だ。この主題の原型はスウェーデンの民謡「Se solen sjunker(太陽は沈み)」。シューベルトはこれを再構築し、よりメロディアスに、なおかつ静謐さが漂うものにした。つくづく美しい旋律だ。これが第4楽章で再現される瞬間は、雲間から光が射し、天啓を受けたような感に打たれる。
第2楽章は映画にもよく使われている。かつて私が最も強い印象を受けたのは、スタンリー・キューブリック監督の『バリー・リンドン』。ロウソクの火が灯る薄暗い賭博場の中、バリーがリンドン卿の美人妻を誘惑する甘いシーンで暗い宿命を思わせる美しい音楽が聞こえてくる。それがこの曲だ。『バリー・リンドン』以外だと、ミヒャエル・ハネケ監督の『ピアニスト』、エマニュエル・ベルコ監督の『太陽のめざめ』に流れていたし、トニー・スコット監督は『ハンガー』、『クリムゾン・タイド』の2作でこの曲を使用している。
録音で有名なのは、『バリー・リンドン』のサントラにも入っているユージン・イストミン、アイザック・スターン、レナード・ローズによる演奏(1969年録音)だろう。もっとも、私自身は今はほとんど聴いていない。第1楽章と第4楽章は良いとして、第2楽章で最初のフォルテッシモを迎えるときの音が大きすぎ、聴覚が萎靡するのだ。私が神経質なだけかもしれないが、このフォルテッシモを扱う手際には多少のデリカシーがほしい。
ルドルフ・ゼルキン、アドルフ・ブッシュ、ヘルマン・ブッシュの演奏(1935年録音)は、古い音質だが聴きづらいほどではない。表現が明確で、しかも品があり、格調高い。アマデウス・ウェーバージンケ、マンフレート・シェルツァー、カール=ハインツ・シュローターの演奏(1972年録音)は、みずみずしい詩情を感じさせる内容で、楽器間のやりとりは親密な対話を思わせる。強弱のつけ方も絶妙で、ペダリングなど個性的ではあるが、無理なところがない。
レフ・オボーリン、ダヴィッド・オイストラフ、スヴャトスラフ・クヌシェヴィツキーの演奏(1947年録音)は、強音にやや圧迫感があるが、第4楽章のフィナーレでオイストラフが聴かせる高揚感あふれるフレージングが見事で、それまでの不満が解消する。アムステルダム・ピアノ三重奏団の演奏(2014年録音)は、緩急強弱の度合いが程よく、合奏の均衡面での綻びがほとんどない。ただ、中庸に徹するのもそれはそれで物足らず、人間くさい味わいが欲しくなる。
(阿部十三)
【関連サイト】
Schubert Piano Trio D.929 OP.100
フランツ・シューベルト
[1797.1.31-1828.11.19]
ピアノ三重奏曲第2番 変ホ長調 D.929 OP.100
【お薦めディスク】(掲載ジャケット:上から)
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録音:1972年
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