音楽 CLASSIC

ブルックナー 交響曲第3番

2022.10.06
「ワーグナー交響曲」から自分の交響曲に

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 ブルックナーの交響曲第3番は1872年秋から1873年12月31日の間に作曲された。これが第1稿で、1874年には大幅に補筆され、さらに1876年秋から1877年10月12日にかけて改訂が行われた。この第2稿の初演は1877年12月16日、作曲者自身の指揮によって行われたが、大失敗に終わった。聴衆は演奏中に群れをなして退出したという。それでもテオドール・レティヒという出版者はこの作品に興味を示し、1878年に楽譜が出版された。

 その後もブルックナーは交響曲第3番を手を加えていたが、やがてほかの交響曲(第4番〜第8番)の作曲や改訂に時間をとられるようになり、作業を中断した。再び第3番の改訂に乗り出したのは、1888年のこと。この改訂は1889年3月4日まで続けられ、第3稿が完成した。最初の作曲時期から数えると、16年半ほどかけてゴールにたどり着いたことになる。1890年12月21日には、名指揮者のハンス・リヒターがこの第3稿を用いて改めて「初演」を行い、今度は成功を収めた。

 第3番は「ワーグナー交響曲」とも呼ばれる。ワーグナーを崇めていたブルックナーは、1873年9月、交響曲第2番と完成前の第3番を携えて、ワーグナーの家を訪ねた。そして、「どちらかの作品を献呈させてほしい」と申し出たところ、ワーグナーは第3番の方を選び、「あなたはこの作品によって私のことを大いに喜ばせてくれました」と言い、ブルックナーをもてなした。緊張していたブルックナーは幸福な気分でビールを飲んで酔い、ワーグナーとの会話を楽しんだという。もっとも、気持ちよく酔っ払ったブルックナーは、帰宅後、どちらの作品を選んでもらったのか忘れてしまい、慌てて再びワーグナーに確認をとることになるのだが......。

 演奏される機会が多いのは第3稿だが、最近は第1稿を演奏会で取り上げる指揮者も増えた。ワーグナーが認めたのはこの稿であり、第2稿からはワーグナー的な要素の多くを削除しているので、正しい意味で「ワーグナー交響曲」と呼べるのは第1稿である。もし第3稿だったら、ワーグナーが献呈を受け入れていたかどうかは分からない(ワーグナーは1883年に死去)。ただ、冗長さがなく構成がまとまり、全体的に引き締まっているのは第3稿である。そのプロセスからは、ワーグナー礼讃のニュアンスよりも、自分の作品として完成度を高めることを重んじた作曲家の意思を感じ取ることができる。その最終的な意思を尊重し、ここでは第3稿について書きたい。

 第1楽章はソナタ形式。楽譜には「かなり遅く、神秘的に」と記されている。序奏は弦の静かな動きで始まり、トランペットが第1主題を奏で、まもなく荘厳なフォルテッシモに達する。第2主題は軽やかで優美。第3主題は金管の力強い響きが印象的で、優美な流れを断つような緊迫感をたたえている。展開部はエキサイティングで、管弦楽の繊細な対話を経て、雄大豪壮なうねりを見せる。序奏と結尾は、ベートーヴェンの第九からの影響を受けているが(調性も同じニ短調)、冒頭からトランペットが活躍しているところに新味がある。

 第2楽章は3部形式。アダージョ、ベヴェークト(躍動的に)、クワジ・アンダンテ。穏やかな冒頭主題がヴァイオリンによって奏でられ、ゆったりと流れながら徐々に熱気と情感を帯びる。中間部に入ると、ヴィオラが神秘的な中間部第1主題を奏で、これが木管と低弦に受け継がれる。その後、古いクリスマスの歌に由来する中間部第2主題を経て、中間部第1主題が再登場し、金管が加わってコラール風に鳴り響く。やがて冒頭主題が戻り、弦の動きが激しくなり、金管の響きも大胆になるが、休止を挟んで総括的なクライマックスを形成し、心地よい静寂が訪れる。

 第3楽章は3部形式。「かなり急速に」と指定されたスケルツォ。ヴァイオリンが旋回するように疾駆し、フォルテッシモで主要主題が提示される。稲妻のように壮烈な金管の響きが圧巻。これが軽快な舞曲風の楽句をはさんで2回繰り返される。その後、中間部に入り、レントラー風の舞曲が始まり、素朴で明るい雰囲気に。しかし、それも束の間、冒頭の旋回が再開する。管楽器の力強さにはインパクトがあるが、それ以上に舞曲の趣が強く感じられる楽章だ。

 第4楽章はソナタ形式。アレグロ。第3楽章以上に慌ただしく弦が動き、勢いよく第1主題が響きわたる。これは第1楽章の第1主題を変型させたフレーズである。その後に現れる第2主題はユニークなもので、ホルンとトロンボーンがコラール風、弦楽器がポルカ風という特徴を持つ。この第2主題が進むにつれ舞曲の風味が濃くなるが、突然切迫感のある第3主題が登場し、劇的な起伏を作り出す。展開部は燃え立つような第1主題で始まるが、その後、第2主題の再現を予感させながら再現部に突入。第2主題をはっきりと再現させ、まもなく第3主題が第1主題と重なり合って響きわたり、クライマックスを築く。コーダでは第1楽章の第1主題が高らかに奏され、華々しく締めくくられる。

 第3楽章と第4楽章では、舞曲的な要素が重視されている。いつものブルックナーらしい豊穣な管楽器の響きを味わうことはできるが、同じくらいの比重で、レントラーやポルカの部分が耳に残る。一説によると、ブルックナーは友人と散歩しているとき、どこかの家からポルカが流れてくるのを耳にし、その近くに教会を建てた人物像があるのを見て、「これこそ第3交響曲で示そうと思っていたものだ」と語ったという。第4楽章の第2主題に「コラール風」と「ポルカ風」がミックスされているのも、教会と家、神と人間を表すものなのだろう。

 第2楽章の美しいクライマックスは、バカリッセの「ギター小協奏曲」の第2楽章に似ている。また同楽章の最後に響くヴァイオリンのフレーズは、ドヴォルザークの「新世界より」の第2楽章や第4楽章を連想させる。どちらもブルックナーの交響曲第3番以後に書かれた作品だが、2人の作曲家が影響を受けていたかどうかは分からない。

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 録音された演奏の中には、フォルテが野卑かつ暴力的に響いているものが少なからずある。猛烈な爆演を求めている人にはたまらないだろう。ただ、私はそういう演奏を聴くと耳が痛くなるので、最初の数分間で再生を止める。ジョージ・セル指揮、クリーヴランド管の演奏(1966年録音)は統制されたアンサンブルと、管楽器の透明感のある響きが印象的で、人工美の極致を示している。アダージョでの歌わせ方にも品があり、美しい。ギュンター・ヴァント指揮、北ドイツ放送響の演奏(1992年ライヴ録音)も強音の響きなどがきちんと統制されていて、骨格もしっかりしているが、舞曲のフレージングには温かい息遣いが感じられる。

 第2稿を使用したラファエル・クーベリック指揮、バイエルン放送響の演奏(1980年録音)は、強弱緩急のコントロールが完璧。が、編集箇所が耳に付くところがあり、興ざめである。21世紀の録音では、アンドリス・ネルソンス指揮、ゲヴァントハウス管の演奏(2016年録音)が金管の音の重ね方が美しい。テンポの遅さが気になるが、オーケストラの力量は素晴らしい。
(阿部十三)


【関連サイト】
アントン・ブルックナー
[1824.9.4-1896.10.11]
交響曲第3番 ニ短調

【お薦めの演奏】(掲載ジャケット:上から)
ジョージ・セル指揮
クリーヴランド管弦楽団
録音:1966年

ギュンター・ヴァント指揮
北ドイツ放送交響楽団
録音:1992年(ライヴ)

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