音楽 CLASSIC

ベートーヴェン 弦楽四重奏曲第7番「ラズモフスキー第1番」

2023.01.04
雄大で革新的

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 ベートーヴェンは1805年から1806年にかけて3作の弦楽四重奏曲を作曲した。これらはラズモフスキー伯爵に献呈されたことから、『ラズモフスキー四重奏曲』と呼ばれている。弦楽四重奏曲第7番はその第1曲目にあたり、「ラズモフスキー第1番」とも表記される。作曲時期は1806年4月から7月。同年にはヴァイオリン協奏曲、ピアノ協奏曲第4番が書かれている。

 30代半ばになり、作曲家として成熟したベートーヴェンは、あふれる自信と創作意欲を第7番に注ぎ込み、独自の表現を追求し、形式を自由に拡大した。4つの楽章は全てソナタ形式で書かれており、スケールも大きい(演奏時間は大体40分弱)。ラズモフスキー伯爵がロシア大使だったこともあり、第4楽章でロシア民謡を主題としているのも特徴である。

 第1楽章はアレグロ。青春を謳うような第1主題が奏でられ、朗らかに進行し、19小節でフォルテッシモに達する。第2主題は甘美で優雅。展開部は第1主題で始まり、152小節から第1ヴァイオリンのみが細かく動き出し、他の楽器が伴奏しながら静かに高揚する。この楽章で最も美しい箇所だ。その後、印象的なフガートが展開され、再現部に突入、コーダで第1主題を力強く歌い上げる。全体的にエロイカ交響曲を思わせる雄大な雰囲気がある。

 第2楽章はアレグレット・ヴィヴァーチェ・エ・センプレ・スケルツァンド。第1主題はチェロによるリズムの動機(4小節)と第2ヴァイオリンによる跳ねるような旋律(5小節)で構成されている。この主題は印象的なフレーズを挿みながら変形する。その後、哀愁漂う第2主題が前面に出てくる部分は、スケルツォ楽章のトリオのような趣がある。反復されるリズムとしなやかな旋律の対比がユニークな楽章だが、革新的すぎて、当時の聴衆には理解されなかった。

 第3楽章はアダージョ・モルト・メスト。深い悲哀(メスト)を感じさせる第1主題が美しい。第2主題も簡素だが魅力的で、どこか憂愁の翳りがある。展開部は第2主題で始まり、一瞬だけ劇的に高揚する。そこから第1主題の素材の繰り返しを経て、72小節から現れるモルト・カンタービレの新しい旋律は、豊かな情感に満ち、非常に感動的だ。再現部は比較的オーソドックスだが、コーダでは第1ヴァイオリンのカデンツァが現れ、長いトリルを奏でながら切れ目なく最終楽章に入る。

 第4楽章はアレグロ。チェロが奏でる躍動的な第1主題「ロシア主題」は、『リヴォフ・プラーチ民謡集』の第9番「ああ私の運命よ」に基づくもので、舞曲的な性格を持つ。第2主題は緩やかで歌謡的だ。展開部と再現部は「ロシア主題」で始まるが、再現部はさりげなく静かに開始される。第1主題が繰り返されると、第2主題も主調で再現され、コーダへ。緩急強弱の差が激しいコーダで、弱音で「ロシア主題」をフガート処理した後、最後はプレストで明るく曲を閉じる。

 美しい旋律と革新的な構造を持つ傑作である。ベートーヴェンの弦楽四重奏曲の中では比較的とっつきやすいので、このジャンルに馴染みのない人でも、聴き通すことは苦にならないだろう。私自身、昔は弦楽四重奏曲を積極的に聴きたいと思わなかったが、第7番を何度か聴いているうちに親近感がわき、理解力が身についてきた。

 録音については、各年代に名盤がある。有名なのは、カペー弦楽四重奏団(1928年録音)、ブッシュ弦楽四重奏団(1942年録音)、ブダペスト弦楽四重奏団(1958年録音)、ジュリアード弦楽四重奏団(1964年録音)、アルバン・ベルク弦楽四重奏団(1979年録音)の演奏で、いずれも高く評価された。その他、イタリア四重奏団(1973年録音)、メロス四重奏団(1984年録音)、フェルメール弦楽四重奏団(1988年録音)、東京クァルテット(1989年録音)、アルテミス四重奏団(2005年録音)の演奏も、根強い人気がある。

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 私が初めてこの作品に魅力を感じたのは、ブッシュ弦楽四重奏団の演奏と出会ってからである。音源はモノラルだが、木の香りのする弦の音色と悠揚迫らぬ格調高いフレージングに惹かれ、緩急強弱の表現で気負いを見せないアンサンブルに好感を抱き、繰り返し聴いた。第3楽章の深みのある悲哀の表現も素晴らしく、胸にしみるものがある。

 基本的に私がこの作品に求めているのは、力みすぎないこと、ヴァイオリンの音がキンキンしないこと、フォルテッシモで喚かないこと、なおかつ、アンサンブルにほどよい緊張感があることである。第1楽章の19小節のフォルテッシモの加減次第で、「これ以上は聴きたくない」と気持ちが萎えることは少なくない。私が最も好んでいるのは、カール・ズスケ率いるズスケ四重奏団の演奏(1967年〜1968年録音)である。全てのフレーズが気品にあふれ、みずみずしく響いている。まさに薫風のような演奏だ。第3楽章はもう少しテンポが遅くてもいいと思うが、アンサンブルはゾクゾクするほど美しい。
(阿部十三)


【関連サイト】
ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン
[1770.12.16?-1827.3.26]
弦楽四重奏曲第7番 ヘ長調 作品59-1「ラズモフスキー第1番」

【お薦めの演奏】(掲載ジャケット:上から)
ズスケ四重奏団
録音:1967年〜1968年

ブッシュ弦楽四重奏団
録音:1942年

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