メンデルスゾーン 交響曲第3番「スコットランド」
2023.07.06
最後に完成させた交響曲
メンデルスゾーンが交響曲第3番「スコットランド」の作曲に着手したのは1829年、エディンバラのホリールード宮殿を観光している時のことである。当時20歳の作曲者は、悲劇の女王メアリー・スチュアートが住んでいた宮殿で、「スコットランド交響曲の始まりの部分を見た気がした」と家族に手紙で報告している。その12年後、1841年に本格的に作曲を開始し、1842年に完成をみた。初演は1842年3月3日、作曲者自身の指揮、ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団の演奏により行われ、英国のヴィクトリア女王に献呈された。
メンデルスゾーンの5つの交響曲のうち、最後に書き終えた作品である。「第3番」となっている理由は、出版された順番が3番目だったからにすぎない。作曲者の生前に出版されたのは第1番から第3番まで。第4番「イタリア」や第5番「宗教改革」は、初演はされたものの、出版されたのは没後である。ちなみに、「スコットランド」という呼称は、メンデルスゾーンが若き日に手紙で「スコットランド交響曲」と書いたことに由来しており、正式に命名されたものではない。
第1楽章はアンダンテ・コン・モート。イ短調。序奏は63小節に及び、時間をかけて作品の世界観を醸成する。冒頭を飾るのはオーボエとヴィオラが奏でる暗くロマンティックな旋律。この序奏主題は、後の楽章に影響を及ぼすことになる。主部の第1主題も序奏主題に基づくもので、徐々に力強い高揚を示す。第2主題はクラリネットによって提示され、重さのない足取りで進む。展開部は緊張感を秘めながら始まり、第1主題と第2主題を変形させて嵐のような場面を形成する。再現部では、展開部の嵐が再現され、豪快なうねりを見せる。最後は序奏主題がヴィオラとオーボエによって回想されて終わる。
第2楽章はヴィヴァーチェ・ノン・トロッポ。へ長調。弦の細かいリズムで前奏が始まり、その上を主題が躍動する。この主題は序奏主題から派生したものだが、陽気な性格を持ち、バグパイプ風に響く。副主題は下行音型で、弦楽器によって静かに奏でられるが、これは展開部で様々な楽器によって色付けされる。再現部はフルートの音色で明るく始まり、すぐに全楽器で主題と副主題を躍動させ、安らぐように静かに終わる。
第3楽章はアダージョ。イ長調。ヴァイオリンが切々とした前奏をリードし、甘美な第1主題を歌い出す。しかし、すぐに管楽器が葬送行進曲風の第2主題(序奏主題から派生したもの)を奏で、雰囲気が重くなる。その後、第1主題を経て、短くも情熱的な展開部へ。再現部ではチェロとホルンが第1主題を奏で、それと入れ替わりに第2主題が劇的に強調されるが、最終的には第1主題が支配的になり、穏やかな雰囲気が余韻を残す。
第4楽章はアレグロ・ヴィヴァチッシモ。イ短調。鋭く勢いのある第1主題がまずヴァイオリン、次に木管によって提示され、激しい高揚を示す。木管による軽快な第2主題は、第1楽章の序奏主題に基づくもので、歌謡的な味わいがある。展開部ではフルートが第1主題を変形させた旋律を奏で、これを各楽器が発展させ、第182小節から第224小節にかけて旋律を重ねながら緊張感を増していく。再現部は簡略化されているが、いったん静かになった後、95小節に及ぶ壮大なコーダが始まる。ここで序奏主題に類似した旋律がイ長調で高らかに歌われ、華々しいフィナーレを迎える。
4つの楽章に分かれているが、全体は切れ目なしに演奏される。構成にも配慮が見られ、第1楽章冒頭に長い序奏、第4楽章結尾に長いコーダを設けてバランスをとり、さらに第2楽章と第3楽章にも前奏と後奏を配している。また、第1楽章から第3楽章を静かに終わらせることで、結果として、第4楽章の後奏をインパクトのあるものにしている。また、普通ならヴァイオリンが主題を提示する場面で木管を活用するなど、弦と木管の役割を対等にしているところも特徴的で、両者の掛け合いがダイナミックなものになっている。第1楽章の序奏、第4楽章のコーダで主題を最初に奏でるのが木管とヴィオラである点も、雰囲気の醸成において効果的である。なお、コーダについては、メンデルスゾーン自身の言葉を借りると、「男声合唱のように」響くことを狙っていたようだ。
録音では、オットー・クレンペラー指揮、フィルハーモニア管の演奏(1960年録音)が名盤として知られている。管弦楽の響きは立派だが華やかすぎず、テンポはやや遅めだが緊張感があり、弛みは全くない。重厚で、スケールが大きく、熱気もある。理想的な演奏の一つだと思う。もっとも、クレンペラー自身は第4楽章の明るい終わり方が気に入らなかったようで、後年、自らの手で書き換えたバージョンを、バイエルン放送響のコンサート(1969年ライヴ録音)で指揮している。
ペーター・マーク指揮、ロンドン響の演奏(1960年録音)はきびきびとした快演である。単に爽快なだけでない。楽器の音の強弱の付け方に工夫があり、フレージングも独特で、ニュアンスが豊かである。例えば、展開部直前の第206小節から第208小節など、何かが起こりそうな予兆に満ちていて、魅力的だ。ただ、速いテンポでの弦のアンサンブルは少々荒っぽいので、もう少し安定した演奏を聴きたいときは、ベルン響を指揮したもの(1984年録音)を選ぶ。こちらは寂しげな雰囲気が増し、音色が澄んでいて美しい。第1楽章提示部を繰り返すと冗長になりがちなので、私は好まないが、この演奏は長さを感じさせない。
シャルル・ミュンシュ指揮、ボストン響の演奏(1959年録音)は緩急強弱がはっきりしていて、潔いまでに速めのテンポで押し切る。注目ポイントはティンパニ。打音に深みがあり、強奏でのアンサンブルを表情豊かなものにしている。ヘルベルト・ブロムシュテット指揮、サンフランシスコ響の演奏(1991年録音)のテンポも速めだが、抑揚の付け方は細かい。楽器の音はみずみずしく、とくに木管とチェロの響きが鮮やかである。サー・コリン・デイヴィス指揮、バイエルン放送響の演奏(1983年録音)は、恰幅の良い堂々とした構えを持ち、全体的に楽器の音が柔らかく、やさしい。緊張感が足りないようにも感じられるが、序奏部と後奏部は文句なしに美しい。
(阿部十三)
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