ブルックナー 交響曲第2番
2023.12.08
祈りの休符交響曲
ブルックナーの交響曲第2番は1871年10月から1872年9月にかけて作曲された。年齢でいうと47歳から48歳の間に書かれた作品である。初演は1873年10月26日、自らウィーン・フィルを指揮し、成功を収めた。
初演まですんなりと進んだわけではない。まず試演時にウィーン・フィルの団員が作品に対して否定的な態度をとり、次いで、友人である指揮者オットー・デッソフが「長すぎる」と難色を示した。そこでブルックナーは改訂を施し、楽章の順番まで変更した。その後、ヨハン・ヘルベック(ウィーン宮廷歌劇場総監督)がブルックナーを支持したことで風向きが変わり、ウィーン・フィルが初演を務めるという結論に落ち着いたのである。
交響曲第2番 ハ短調は音楽として純粋に美しいだけでなく、交響曲作曲家としてのスタイルを打ち出した重要作である。ブルックナーの書法はここである程度確立されたと言っても過言ではない。例えば、全休止。ブルックナーの最大の特徴とも言える全休止は、第2番から頻繁に使われるようになった(ウィーン・フィルの団員はこの作品を「休符交響曲(Pausensinfonie)」と呼んでいた)。
冒頭、ヴァイオリンとヴィオラの6連符音が響き、チェロが第1主題を奏でる。これは「ブルックナー開始」の原型とみていいだろう。高音域と低音域の対比的な音響構造は、以前の作品にも見られるが、ブルックナー独特の美しい響きを形成する上で、第2番ほどの効果を示した前例はない。なお、6連符音を用いているのは、ベートーヴェンの第九の冒頭からの影響と思われる。
第1楽章はハ短調。先述したように、ヴァイオリンとヴィオラの6連符音で始まる。まずチェロが第1主題を奏で、他の楽器がそれを繰り返し、やがて高らかに鳴り響く。ミサ曲第3番の「ベネディクトゥス」の動機が一瞬現れ、全休止に。チェロが歌うように第2主題を奏で、次いでリズミカルな第3主題が登場し、激しく高揚する。いったん静かになると、ワーグナーの『リエンツィ』を思わせるフレーズが流れ、展開部に入る。展開部は第1主題を繰り返しながらクレッシェンドし、荒波のような様相を呈する。第2主題と第3主題の音型も現れ、再現部に至る。再現部では各主題が現れるだけでなく、第3主題に被さる形で新たな旋律が加わり、これが長く引き伸ばされながらクレッシェンドする。『リエンツィ』のテーマが流れた後、長大なコーダに入り、激しく輝かしく締められる。
第2楽章は変イ長調。祈りの音楽である。元々はアダージョで、第3楽章に配置されていたが、アンダンテに改訂された。ヴァイオリンが静かに第1主題を奏で、まもなく木管の響きがこれに加わり、陰影のある第2主題をホルンが奏でる。この辺りの弦の動きは「ベネディクトゥス」を思わせるが、まだはっきりとは出てこない。その後、第1主題が大きな波を作り、静かになると、はっきりと「ベネディクトゥス」が演奏され、厳かな雰囲気になる。ブルックナーは過去3作の交響曲(第00番、第1番、第0番)にも自作の宗教音楽を引用しているが、ここまで明確かつ頻繁に引用し、作品の個性にまで昇華させた前例はない。最後は第1主題が繰り返され、穏やかに終わる。
第3楽章はハ短調。冒頭、鋭く切り込むようにスケルツォ主題が演奏される。この主題にはffからpまでの強弱差があり、ダイナミックな起伏を持つ。恰幅がよく、旋回するような動きで音響の渦を作り出すブルックナーらしいスケルツォで、第1番、第0番とは趣が異なる。中間部はハ長調で、ヴィオラが優美な旋律を奏で、他の楽器がそれを受け継ぎ、平和なひとときが訪れる。この雰囲気が全休止を挟んで再現された後、冒頭の主題が戻ってきて、各パートが活発な動き出す。コーダでは金管が強奏され、激しく燃焼する。
第4楽章はハ短調。「かなり速く」と指定された長大な楽章である。休止が多く、強弱の変化も非常にせわしない。冒頭、静かに躍動するヴァイオリンとヴィオラのアンサンブルで始まり、徐々に熱を帯び、最強音に達した時に第1主題が登場。その後、美しい第2主題が現れ、高みを目指すように高揚する。その清澄な雰囲気を突き破るように第1主題が強奏され、豪壮な響きに包まれる。ここから全休止を効果的に使い、ミサ曲第3番の「キリエ」を引用し、空気が一変。展開部は冒頭の弦の動きを模して始まり、木管が第1楽章第1主題をよみがえらせた後、第2主題が美しい広がりを見せる。再現部は第1主題と共に始まり、ほぼ型通りに進む。やがて「キリエ」の引用を挟み、第1主題が変型され、輝かしく盛り上がるが、その勢いは保たれない。コーダは、祈るような静寂の中、「キリエ」の引用から始まり、急速に音量を増して第1主題を響かせる。次いで第1楽章第1主題を回想し、最後は第1主題をハ長調で猛烈な勢いで繰り返し、明るく締めくくられる。
以上は1877年稿の紹介である。1873年の初演が成功した後も、ブルックナーは満足せず改訂をし続けた。そのため、いくつものバージョンがある。メジャーなのは1877年稿を基に1872年稿の要素も加えたハース版、1877年稿に基づくノヴァーク版だ。1990年代にウィリアム・キャラガンが校訂したバージョンも数種あり、演奏される機会が増えている。録音の方面でも、キャラガンが校訂した1872年稿、1877年稿がしばしば取り上げられている。私が好んでいるのは、ノヴァーク版を基にした1877年稿キャラガン版で、構成がすっきりしていて聴きやすい。
1877年稿キャラガン版の録音でめぼしいのは、パーヴォ・ヤルヴィ指揮、フランクフルト放送響の演奏(2011年録音)、マリオ・ヴェンツァーゴ指揮、ノーザン・シンフォニアの演奏(2011年録音)、マレク・ヤノフスキ指揮、スイス・ロマンド管の演奏(2012年録音)、クリスティアン・ティーレマン指揮、ウィーン・フィルの演奏(2019年録音)、アンドリス・ネルソンス指揮、ゲヴァントハウス管の演奏(2019年録音)である。一枚選ぶとしたらヤルヴィ盤で、これはメリハリがきいていて、アンサンブルも引き締まっている。
カルロ・マリア・ジュリーニ指揮、ウィーン響の演奏(1974年録音)は究極の美演。これは1877年稿ノヴァーク版。「ベネディクトゥス」を響かせるところなど、耳がとろけそうになる。金管の強音が威圧的に響くことはほとんどなく、弦は震えるように響いて嫋々たる余韻を残す。こういう音楽を振らせたら、ジュリーニの右に出るものはいない。同じく1877年稿ノヴァーク版を取り上げたオイゲン・ヨッフム指揮、シュターツカペレ・ドレスデンの演奏(1980年録音)は重厚さと覇気を併せ持つ名演だが、のびやかなフレージングや精妙なアンサンブルを求めると、やや物足りない。
(阿部十三)
【関連サイト】
Anton Bruckner Symphony No.2
アントン・ブルックナー
[1824.9.4-1896.10.11]
交響曲第2番 ハ短調
【お薦めディスク】(掲載ジャケット:上から)
カルロ・マリア・ジュリーニ指揮
ウィーン交響楽団
録音:1974年
パーヴォ・ヤルヴィ指揮
フランクフルト放送交響楽団
録音:2011年
[1824.9.4-1896.10.11]
交響曲第2番 ハ短調
【お薦めディスク】(掲載ジャケット:上から)
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録音:1974年
パーヴォ・ヤルヴィ指揮
フランクフルト放送交響楽団
録音:2011年
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