音楽 CLASSIC

ラフマニノフ パガニーニの主題による狂詩曲

2025.01.07
「怒りの日」の変奏曲

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 ラフマニノフの「パガニーニの主題による狂詩曲」は、1934年7月3日から8月24日にかけて、スイスのルツェルンで作曲された。初演は1934年11月7日、レオポルド・ストコフスキー指揮、フィラデルフィア管の演奏により行われた。ピアノ独奏はラフマニノフ自身が務めた。

 「パガニーニの主題」とは、パガニーニが19世紀初めに作曲した『24の奇想曲 作品1』の第24番の主題のこと。ラフマニノフはこの主題をもとに24の変奏曲を書いた。第18変奏の甘く美しいアンダンテ・カンタービレは、映画やテレビなどで繰り返し使われているので、聴いたことがある人も多いだろう。

 ラフマニノフ以前にも、第24番の主題を扱った作品は存在する。代表的なのは、リストの「パガニーニによる大練習曲」(1838年)、ブラームスの「パガニーニの主題による変奏曲」(1863年)、どちらも名曲だ。シューマンやシマノフスキがピアノ伴奏をつけて編曲したものもある。

 同じ主題を扱ってはいるが、ラフマニノフの作品には別種の趣がある。狂詩曲なので形式は自由。多少型破りなことをしても許される、というわけで、序奏→第1変奏→主題→第2変奏→第3変奏という具合に進行する。通常の変奏曲であれば、まず主題が呈示されるが、この作品は違う。

 序奏は「パガニーニの主題」を暗示するもので、厳かで力強い。第1変奏はかなり崩れているが主題の面影がある。主題が登場するまでの期待感を高める巧みな演出である。主題はヴァイオリンが演奏し、ピアノは音を添えるだけ。それが第2変奏になると、ピアノがメインになり、主題を崩さずに装飾をつけて演奏する。

 ユニークなのは第7変奏である。ここで演奏されるのは「怒りの日」、グレゴリオ聖歌の旋律である。なるほど「パガニーニの主題」に似た音型なので、違和感はない。「怒りの日」を知らなければ、普通の変奏として受け入れられる範囲である。この2つを繋げる発想は天才的だ。

 第8変奏、第9変奏は情熱的かつ技巧的。変奏されているのが「怒りの日」なのか「パガニーニの主題」なのか、境界線は曖昧である。そして第10変奏では再びはっきりと「怒りの日」が演奏され、華やかに盛り上がる。第11変奏も流麗で、ハープのグリッサンドが強い印象を残す。

 ここまではイ短調だが、第12変奏でニ短調に移る。しっとりとした雰囲気で、「パガニーニの主題」が変奏される。その後、活力に溢れた第13変奏を経て、威勢よく第14変奏へ進む。ここでヘ長調に変わり、明朗になる。第15変奏ではピアノが奔放に駆け巡る。

 第16変奏、第17変奏は変ロ短調で、翳りがあり、情感がある。自由度の高い変奏だ。そして第18変奏、変ニ長調で甘く切ない旋律が紡がれる。ロマンティックな物語にでも入り込んだような気持ちにさせる素晴らしい展開だ。第19変奏からはイ短調に戻り、ピアノがせわしなく動き回る。

 第22変奏、第23変奏ではピアノとオーケストラのかけあいがあり、華やかさとスケール感が増す。第24変奏ではピアノが三連音符を躍動しながら弾き、「パガニーニの主題」を彷彿させる音型を示すが、管弦楽が力を増し、「怒りの日」を響かせる。さらに激しく盛り上がる気配を見せるが、最後はピアノが静かに「パガニーニの主題」の断片を奏でて終わる。

 ラフマニノフがどのようにこの作品を書き進めたのかは分からないが、第18変奏のメロディーを最初に思いつき、そこから「パガニーニの主題」に結びつけた可能性もあるのではないか。そう言いたくなるほど第18変奏が目立っている。「パガニーニの主題」を「怒りの日」に結びつけるというアイディアも、おそらく創作の後押しをしたことだろう。

 高い演奏技術だけでなく、歌心も求められる作品である。変奏が多種多様なので、オーケストラと完璧に息を合わせるのも難しい。「ピアノは良いけど、オーケストラはイマイチ」ということもあるし、その逆もある。変奏によって出来が良かったり悪かったりすることもある。

 ベンノ・モイセイヴィチ盤(1938年録音)は驚くほど優美な演奏で、柔軟性と躍動感に富んでいる。さすがラフマニノフが「精神的な相続人」と評した人だけある。ただ、録音の古さを差し引いても、オケ(ベイシル・キャメロン指揮のリヴァプール・フィル)が貧弱すぎる。楽器の音が軋んでいるように聴こえる。

 ウィリアム・カペル盤(1951年録音)は定評のある名盤。アルトゥール・ロジンスキーではなく、フリッツ・ライナーと組んだ再録の方である。アクセントをつけ、各変奏の表情に違いを持たせている。第18変奏は健気で純真、感動的な演奏だ。ピアノの音が美しく澄んでいる。そのピアノをライナーが献身的かつ巧みにサポートしている。

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 アルトゥール・ルービンシュタイン盤(1956年録音)も有名な録音。これも指揮はライナー、オケはシカゴ響である。ピアノの音色は明るく、活力十分だが、どの変奏も丁寧に弾かれている。手癖で弾き流している感じがなく、個性を前面に出す感じでもない。アクがないから何度でも聴けるし、音質も悪くなく、入門盤として最適だ。

 マルグリット・ウェバー独奏、フェレンツ・フリッチャイ指揮、ベルリン放送響の演奏(1960年録音)は、変奏によって打楽器を強調したり、弦を豊かに歌わせたりと表現意欲に満ちている。特に素晴らしいのは第17変奏。この変奏がここまで優美に演奏された例を私は知らない。その柔和な雰囲気を保ったまま第18変奏に入る。何かと目立つ第18変奏だが、前の変奏からの脈絡を感じさせるところが、私には新鮮だった。

 ブルショルリ、カッチェン、アシュケナージ、ダヴィドヴィチ、コチシュが演奏したものも良い。21世紀以降の録音もいろいろ聴いたが、ピアニストというよりもオーケストラの演奏に不満があり、リズムに重みがなかったり、楽器の音色が無個性だったり、工夫はあってもパッションに欠けていたりして夢中になれなかった。
(阿部十三)


【関連サイト】
セルゲイ・ラフマニノフ
[1873.4.1-1943.3.28]
パガニーニの主題による狂詩曲

【お薦めの録音】(掲載ジャケット:上から)
ウィリアム・カペル(p)
フリッツ・ライナー指揮
ロビン・フッド・デル管弦楽団
録音:1951年

アルトゥール・ルービンシュタイン(p)
フリッツ・ライナー指揮
シカゴ交響楽団
録音:1956年

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