ヒルデ・ギューデン 〜純ウィーン産の美声〜
2012.09.20
聴いてすぐそれと分かる声
かつてEMIのプロデューサー、ウォルター・レッグはマリア・カラスについてこのように評した。
「カラスは、偉大なキャリアを築くための必要条件、聴いてすぐそれと分かる声の持ち主だった」
偉大な歌手の定義はいろいろあるだろうが、「聴いてすぐそれと分かる声」(an instantly recognizable voice)を所有していることが絶対条件である点に異論の余地はない。単に美声であるだけは、不十分である。オーケストラの音と混じっても、ほかの歌手の声と混じっても、遠くで聴いていても、容易に聴きわけられる個性的な美声。個性といっても、カラスのように輝かしいもの、鬼気迫るものばかりが個性ではない。愛らしさ、穏やかさ、知性、屈託のなさ、あたたかさもまた個性である。それがステージや録音で磁力を発揮し、人々を虜にするのだ。
ウィーン生まれの名歌手、ヒルデ・ギューデンも「聴いてすぐそれと分かる声」を持っている。しかもとびきりの美声である。私が初めて聴いたのは、『フィガロの結婚』のスザンナ役。エーリヒ・クライバーが指揮した1955年の名録音である。まだ中学生だった私は、オペラというものに対して「ハードルが高い」と感じていたが、序曲の後、フィガロとスザンナの二重唱を聴くと、たちまちそのハードルが消え去った。伯爵夫人との有名な「手紙の二重唱」では心がとろけそうになった。スザンナを歌うギューデンのキュートな美声に魅了された。一目惚れがあるように、一耳惚れというのもあるのだ。私は生まれて初めてオペラ歌手というものを好きになり、「ギューデン」の名がクレジットされているレコードを探すようになった。
ヒルデ・ギューデンは1917年9月15日、ウィーンに生まれた。ウィーン音楽アカデミーでマリア・ヴェツェルスベルガーに学び、1935年にシュトルツのオペレッタ『おや、まあ』でデビュー(デビュー時期は1934年説、1938年説、1939年説がある)。1939年、チューリヒ市立劇場で『フィガロの結婚』のケルビーノを歌い、1941年にクレメンス・クラウスに認められ、バイエルン国立歌劇場に出演。その頃、リヒャルト・シュトラウスから『ばらの騎士』のゾフィー役を歌うよう薦められる。1942年にイタリアへ行き、トゥリオ・セラフィンの指揮でゾフィーを歌い、大当たりをとる(R.シュトラウスは「私のゾフィー」と賛辞を贈った)。戦後、1946年にはザルツブルク音楽祭に初出演し、ツェルリーナ役で成功をおさめ、ウィーン国立歌劇場と契約。モーツァルト・アンサンブルの一員として活躍する。1950年、最年少でオーストリアの宮廷歌手の称号を受ける。1953年にはジルダ役でメトロポリタン歌劇場に登場し、1954年にはザルツブルク音楽祭でツェルビネッタ役を歌い、いずれも好評を博す。1966年にはベルリン・ドイツ・オペラと共に来日し、パミーナやヴィオレッタを歌った。1973年、引退。1988年9月17日、ウィーンで亡くなった。
イタリア・オペラ、そしてオペレッタの録音も
名刺代わりの代表的録音は、エーリヒ・クライバー指揮による『ばらの騎士』でのゾフィー。オペラ好きなら誰もが一度は聴くであろう、1954年に録音された超名盤だ。演奏全体の出来としてはヘルベルト・フォン・カラヤン指揮による1960年のライヴ盤の方が好みだが(マルシャリンを歌っているのがリーザ・デラ・カーザというのも高ポイント)、クライバー盤で聴けるギューデンの声の若さはそれ自体魅力だ。
フランチェスコ・モリナーリ=プラデルリが指揮した『恋の妙薬』でのアディーナもはまり役。ギューデンとイタオペの組み合わせに違和感を覚える人もいるかもしれないが、相性は悪くない。『リゴレット』のジルダも然りである。
そして、既述した超名盤の『フィガロの結婚』。歌手陣の演技が、今、目の前で演じられているかのように生き生きとしているだけでなく、古き良きウィーン・フィルの音色が艶かしい光をたたえながら横溢している。この1955年の録音から湧き出る色彩感、躍動感、脈動する生命力、演技の親密さ、楽しそうなかけあいにふれると、ほかの『フィガロ』の録音が何かビジネスライクなものに聞こえてしまう。ほかに、ギューデンがスザンナを歌ったものとして、フェレンツ・フリッチャイが指揮した1951年の録音(オケはケルン放送響)、また、伯爵夫人を歌ったものとして、オトマール・スウィトナーが指揮した1964年の録音(オケはシュターツカペレ・ドレスデン)などもあるが、いずれもドイツ語版での歌唱である。『フィガロ』が好きな人なら聴いて損のない好演だと思うが、クライバー盤の生命力の前では霞む。
モーツァルト・オペラだと、ほかにヨーゼフ・クリップス指揮の『ドン・ジョヴァンニ』、カール・ベーム指揮の『魔笛』もいちおう押さえておきたい。前者はツェルリーナ役、後者はパミーナ役である。どちらもギューデンの声の魅力を今日に伝える貴重な音源である。しかし個人的には、これらの録音にはそれほど愛着を持っていない。忌憚なくいって、どちらもパミーナやツェルリーナだけでもつオペラではない。ギューデンが良い、という理由だけではなかなか腰を据えて聴く気にならないのである。純粋に『ドン・ジョヴァンニ』や『魔笛』を聴くためなら、もっと素晴らしい録音はたくさんある。
ギューデンは声の明るさと軽やかさを活かし、オペレッタも録音している。1955年録音の『ほほえみの国』、『メリー・ウィドウ』、1957年録音の『ジュディッタ』、1960年録音の『こうもり』などがその代表例。ただ、60年代の録音の中には、ブレスの音がかなり気になるものがある。それに、彼女の歌唱力や声の魅力をきちんととらえているともいいがたい。これについて、デッカの名物プロデューサー、ジョン・カルショーはこのように書き残している。
「人の声には録音しやすいものとそうでないものがあり、ギューデンのような独特の声質を適切にとらえるには、時間がかかるのだ。彼女の夫は、私たちのせいでギューデンの声が疲弊すると主張していた。だが、そうではない。もし彼女の声が疲弊したとするなら、それは絶対に、彼女があまりに多くの公演に、それも時には声に合わない役柄で出演しすぎたせいだった。舞台でもその外でも、目を見張るような美女だったが、スタジオでその最良の声をとらえるのは、常に難しかった」(ジョン・カルショー『レコードはまっすぐに ーあるプロデューサーの回想ー』)
学生時代に入手し、これまで何百回聴いてきたかわからないCDを今、また再生している。PREISER RECORDSから出ていた『ヒルデ・ギューデン初期録音 1942-1951』である。これには、1942年に録音された『魔弾の射手』のエンヒェンのロマンツェ「死んだ私の従姉の見た夢よ」の名唱が1曲目に収録されている。その後、『フィガロの結婚』などのモーツァルト・オペラが続き、プッチーニを通過した後、オペレッタで締めくくられる。シュトルツの『お気に入りの家来』の「あなたは私の心の王様」、レハールの『パガニーニ』の「愛は地上の楽園」、『ロシアの皇太子』の「誰かがやって来る」あたりは絶品。3曲とも1949年に録音されたもので、無理なくのびる高音の美しさは比類がない。「疲弊」する前の彼女の純ウィーン産の美声が存分に味わえる。
ヴィルヘルム・フルトヴェングラーやイーゴリ・マルケヴィチが指揮したベートーヴェンの「第九」や、ブルーノ・ワルターが指揮したマーラーの4番でも、愛らしくて品のある歌声が精彩を放っている。ギューデンのことを歌詞の読みが浅いとか、声の美しさが表面的だと批判する人がいるが、何でもこれみよがしに「解釈」や「ニュアンス」を含ませればいいというものではない。知性の鋭さや感情表現の強度が、歌手の良し悪しを決める全てではないのだ。その声は、一度聴いたら忘れられない個性を持ち、ピアノやオーケストラと相性が良く、この上なく愛らしい楽器のように響き、天使のように高音を操り、歌い口も粋。それを「表面的な美しさ」という言葉で片付けるのは(おそらく口汚い評論家の受け売りなのだろうが)軽薄である。
R.シュトラウスの歌曲集では、ギューデンが歌うリートを聴くことが出来る。録音は1955年。伴奏を務めているのは、若きフリードリヒ・グルダである。こういうリートに耳を傾けていると、彼女の声がすぐ近くに感じられて実に心地よい。同じようにモーツァルトのリートも録音してほしかった。
かつてEMIのプロデューサー、ウォルター・レッグはマリア・カラスについてこのように評した。
「カラスは、偉大なキャリアを築くための必要条件、聴いてすぐそれと分かる声の持ち主だった」
偉大な歌手の定義はいろいろあるだろうが、「聴いてすぐそれと分かる声」(an instantly recognizable voice)を所有していることが絶対条件である点に異論の余地はない。単に美声であるだけは、不十分である。オーケストラの音と混じっても、ほかの歌手の声と混じっても、遠くで聴いていても、容易に聴きわけられる個性的な美声。個性といっても、カラスのように輝かしいもの、鬼気迫るものばかりが個性ではない。愛らしさ、穏やかさ、知性、屈託のなさ、あたたかさもまた個性である。それがステージや録音で磁力を発揮し、人々を虜にするのだ。
ウィーン生まれの名歌手、ヒルデ・ギューデンも「聴いてすぐそれと分かる声」を持っている。しかもとびきりの美声である。私が初めて聴いたのは、『フィガロの結婚』のスザンナ役。エーリヒ・クライバーが指揮した1955年の名録音である。まだ中学生だった私は、オペラというものに対して「ハードルが高い」と感じていたが、序曲の後、フィガロとスザンナの二重唱を聴くと、たちまちそのハードルが消え去った。伯爵夫人との有名な「手紙の二重唱」では心がとろけそうになった。スザンナを歌うギューデンのキュートな美声に魅了された。一目惚れがあるように、一耳惚れというのもあるのだ。私は生まれて初めてオペラ歌手というものを好きになり、「ギューデン」の名がクレジットされているレコードを探すようになった。
ヒルデ・ギューデンは1917年9月15日、ウィーンに生まれた。ウィーン音楽アカデミーでマリア・ヴェツェルスベルガーに学び、1935年にシュトルツのオペレッタ『おや、まあ』でデビュー(デビュー時期は1934年説、1938年説、1939年説がある)。1939年、チューリヒ市立劇場で『フィガロの結婚』のケルビーノを歌い、1941年にクレメンス・クラウスに認められ、バイエルン国立歌劇場に出演。その頃、リヒャルト・シュトラウスから『ばらの騎士』のゾフィー役を歌うよう薦められる。1942年にイタリアへ行き、トゥリオ・セラフィンの指揮でゾフィーを歌い、大当たりをとる(R.シュトラウスは「私のゾフィー」と賛辞を贈った)。戦後、1946年にはザルツブルク音楽祭に初出演し、ツェルリーナ役で成功をおさめ、ウィーン国立歌劇場と契約。モーツァルト・アンサンブルの一員として活躍する。1950年、最年少でオーストリアの宮廷歌手の称号を受ける。1953年にはジルダ役でメトロポリタン歌劇場に登場し、1954年にはザルツブルク音楽祭でツェルビネッタ役を歌い、いずれも好評を博す。1966年にはベルリン・ドイツ・オペラと共に来日し、パミーナやヴィオレッタを歌った。1973年、引退。1988年9月17日、ウィーンで亡くなった。
イタリア・オペラ、そしてオペレッタの録音も
名刺代わりの代表的録音は、エーリヒ・クライバー指揮による『ばらの騎士』でのゾフィー。オペラ好きなら誰もが一度は聴くであろう、1954年に録音された超名盤だ。演奏全体の出来としてはヘルベルト・フォン・カラヤン指揮による1960年のライヴ盤の方が好みだが(マルシャリンを歌っているのがリーザ・デラ・カーザというのも高ポイント)、クライバー盤で聴けるギューデンの声の若さはそれ自体魅力だ。
フランチェスコ・モリナーリ=プラデルリが指揮した『恋の妙薬』でのアディーナもはまり役。ギューデンとイタオペの組み合わせに違和感を覚える人もいるかもしれないが、相性は悪くない。『リゴレット』のジルダも然りである。
そして、既述した超名盤の『フィガロの結婚』。歌手陣の演技が、今、目の前で演じられているかのように生き生きとしているだけでなく、古き良きウィーン・フィルの音色が艶かしい光をたたえながら横溢している。この1955年の録音から湧き出る色彩感、躍動感、脈動する生命力、演技の親密さ、楽しそうなかけあいにふれると、ほかの『フィガロ』の録音が何かビジネスライクなものに聞こえてしまう。ほかに、ギューデンがスザンナを歌ったものとして、フェレンツ・フリッチャイが指揮した1951年の録音(オケはケルン放送響)、また、伯爵夫人を歌ったものとして、オトマール・スウィトナーが指揮した1964年の録音(オケはシュターツカペレ・ドレスデン)などもあるが、いずれもドイツ語版での歌唱である。『フィガロ』が好きな人なら聴いて損のない好演だと思うが、クライバー盤の生命力の前では霞む。
モーツァルト・オペラだと、ほかにヨーゼフ・クリップス指揮の『ドン・ジョヴァンニ』、カール・ベーム指揮の『魔笛』もいちおう押さえておきたい。前者はツェルリーナ役、後者はパミーナ役である。どちらもギューデンの声の魅力を今日に伝える貴重な音源である。しかし個人的には、これらの録音にはそれほど愛着を持っていない。忌憚なくいって、どちらもパミーナやツェルリーナだけでもつオペラではない。ギューデンが良い、という理由だけではなかなか腰を据えて聴く気にならないのである。純粋に『ドン・ジョヴァンニ』や『魔笛』を聴くためなら、もっと素晴らしい録音はたくさんある。
ギューデンは声の明るさと軽やかさを活かし、オペレッタも録音している。1955年録音の『ほほえみの国』、『メリー・ウィドウ』、1957年録音の『ジュディッタ』、1960年録音の『こうもり』などがその代表例。ただ、60年代の録音の中には、ブレスの音がかなり気になるものがある。それに、彼女の歌唱力や声の魅力をきちんととらえているともいいがたい。これについて、デッカの名物プロデューサー、ジョン・カルショーはこのように書き残している。
「人の声には録音しやすいものとそうでないものがあり、ギューデンのような独特の声質を適切にとらえるには、時間がかかるのだ。彼女の夫は、私たちのせいでギューデンの声が疲弊すると主張していた。だが、そうではない。もし彼女の声が疲弊したとするなら、それは絶対に、彼女があまりに多くの公演に、それも時には声に合わない役柄で出演しすぎたせいだった。舞台でもその外でも、目を見張るような美女だったが、スタジオでその最良の声をとらえるのは、常に難しかった」(ジョン・カルショー『レコードはまっすぐに ーあるプロデューサーの回想ー』)
学生時代に入手し、これまで何百回聴いてきたかわからないCDを今、また再生している。PREISER RECORDSから出ていた『ヒルデ・ギューデン初期録音 1942-1951』である。これには、1942年に録音された『魔弾の射手』のエンヒェンのロマンツェ「死んだ私の従姉の見た夢よ」の名唱が1曲目に収録されている。その後、『フィガロの結婚』などのモーツァルト・オペラが続き、プッチーニを通過した後、オペレッタで締めくくられる。シュトルツの『お気に入りの家来』の「あなたは私の心の王様」、レハールの『パガニーニ』の「愛は地上の楽園」、『ロシアの皇太子』の「誰かがやって来る」あたりは絶品。3曲とも1949年に録音されたもので、無理なくのびる高音の美しさは比類がない。「疲弊」する前の彼女の純ウィーン産の美声が存分に味わえる。
ヴィルヘルム・フルトヴェングラーやイーゴリ・マルケヴィチが指揮したベートーヴェンの「第九」や、ブルーノ・ワルターが指揮したマーラーの4番でも、愛らしくて品のある歌声が精彩を放っている。ギューデンのことを歌詞の読みが浅いとか、声の美しさが表面的だと批判する人がいるが、何でもこれみよがしに「解釈」や「ニュアンス」を含ませればいいというものではない。知性の鋭さや感情表現の強度が、歌手の良し悪しを決める全てではないのだ。その声は、一度聴いたら忘れられない個性を持ち、ピアノやオーケストラと相性が良く、この上なく愛らしい楽器のように響き、天使のように高音を操り、歌い口も粋。それを「表面的な美しさ」という言葉で片付けるのは(おそらく口汚い評論家の受け売りなのだろうが)軽薄である。
R.シュトラウスの歌曲集では、ギューデンが歌うリートを聴くことが出来る。録音は1955年。伴奏を務めているのは、若きフリードリヒ・グルダである。こういうリートに耳を傾けていると、彼女の声がすぐ近くに感じられて実に心地よい。同じようにモーツァルトのリートも録音してほしかった。
(阿部十三)
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