コンスタンティン・シルヴェストリ 〜濃厚な音楽表現〜
2011.11.09
高校時代、下校途中に立ち寄った市立図書館の視聴覚室でこの指揮者の名前を知った。その時聴いたレコードはレイフ・ヴォーン・ウィリアムズの「トマス・タリスの主題による幻想曲」。知らない作品だった。たしか晩秋のことで、外では冷たい雨が降っていた。ヘッドフォンをして聴いている間、私は弦楽器の美しい響きにのみ込まれて鳥肌が止まらず、頭の中が痺れ、自分がどこにいるのか、どの時代に生きているのかも分からなくなっていた。音楽を聴いて脳が陶酔する、という体験をしたのは、それが最初だった。今振り返ると、あれは一種のトランス状態に陥っていたのだと思う。
濃厚で、しかも過剰なまでにドラマティックなシルヴェストリの指揮による「タリス幻想曲」が、この作品の演奏としては異色の部類に属することを後で知った。しかし、その濃厚さ、過剰さに痺れた私は、しばらくの間、ほかの指揮者の録音で聴いても満足出来なくなってしまった。
そんなこともあって、一時期、シルヴェストリの録音を聴き漁っていた。衝撃的だったのはドヴォルザークの交響曲第9番「新世界」(特に第1楽章)とドビュッシーの『海』。聴き慣れた作品なのに、この指揮者の手にかかると、まるで凄絶なドラマーー火傷しそうなほど熱い音のドラマーーのようになるのだ。
ただ、良い時と悪い時の差が激しい。演奏効果が表層的で、音の密度が薄いものもあれば、気の抜けたものもある。一部では爆演系の指揮者と目されているが、その手の演奏はさほど多くはない。シルヴェストリの特質は「爆演」にあるのではなく、各楽器の音色をたっぷり活かそうという姿勢から生まれる音楽の「濃厚さ」にある。このふたつは意味が違う。
1913年5月13日、コンスタンティン・シルヴェストリはルーマニアのブカレストに生まれた。10歳でピアニストとしてデビュー。ブカレスト音楽院でピアノと作曲を学び、1930年にブカレスト放送交響楽団を指揮。ピアニストから指揮者に転身する。ブカレスト国立歌劇場の指揮者に就任し、評価を高めた後、1945年からブカレスト・フィルハーモニー管弦楽団の指揮者として活躍。1948年にはブカレスト音楽院の教授になり、指揮法を教えていた。1952年に国家賞を受賞している。
1957年1月25日、ロイヤル・アルバート・ホールでロンドン・フィルを指揮して西側デビューを果たした。以後、西側で活動し、コンサート指揮者として知名度を上げる。録音にも積極的で、フランス国立放送局管弦楽団、パリ音楽院管弦楽団、フィルハーモニア管弦楽団などと名録音を残している。1961年にはボーンマス交響楽団の首席指揮者に就任。ボーンマスに住み、1967年にイギリスに帰化したが、2年後の1969年2月23日、55歳の若さで亡くなった。
シルヴェストリの主立った音源は、2003年に出た10枚組の『コンスタンティン・シルヴェストリ ザ・コレクション』で網羅することが出来る。ドヴォルザークの「新世界」、ベルリオーズの幻想交響曲、チャイコフスキーの後期交響曲が入っていないのが惜しいが、ドビュッシーの『海』、フランクの交響曲、ヴォーン・ウィリアムズの「トマス・タリスの主題による幻想曲」、リムスキー=コルサコフの『シェヘラザード』、デュカスの「魔法使いの弟子」、バルトークの「ディヴェルティメント」、ショスタコーヴィチの交響曲第5番などは収録されている。シルヴェストリがオケから引き出す響きは剛毅でありながらも堅すぎず、重すぎない。リズムに弾力性があるところも特徴である。この辺はフリッツ・ライナーとも少し似ている。
リムスキー=コルサコフの『シェヘラザード』などを聴くと、動より静の表現の方にシルヴェストリの精髄があるようにも感じられる。余裕のあるテンポを保ち、アンサンブルも懐が深く、メロドラマのようにとことん甘くて切ない響きが鼓膜に悦楽をもたらす。バルトークの『ディヴェルティメント』は、大胆に抑揚を利かせたアゴーギクに注意を奪われがちだが、そんな表現の波の中にあっても壊れないガラスのように繊細なアンサンブルにこそ耳を傾けたい。けだし至芸である。
ライヴ音源も愛好家の間では高い評価を得ている。オペラの音源もそろそろ出ないものかと思っているのだが、今のところ私は確認出来ていない。ライヴ音源で良かったのは、ベートーヴェンの交響曲第8番とレスピーギの「ローマの松」。煽るところはとことん煽るシルヴェストリの指揮にオケが必死で食らいついている。まさしく完全燃焼の名演。示し合わせたように決まりきったアイテムばかり載せている名盤カタログにも、たまにはこういうものを載せてもらいたい、と願っているのは私だけではあるまい。
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コンスタンティン・シルヴェストリ(CD)
濃厚で、しかも過剰なまでにドラマティックなシルヴェストリの指揮による「タリス幻想曲」が、この作品の演奏としては異色の部類に属することを後で知った。しかし、その濃厚さ、過剰さに痺れた私は、しばらくの間、ほかの指揮者の録音で聴いても満足出来なくなってしまった。
そんなこともあって、一時期、シルヴェストリの録音を聴き漁っていた。衝撃的だったのはドヴォルザークの交響曲第9番「新世界」(特に第1楽章)とドビュッシーの『海』。聴き慣れた作品なのに、この指揮者の手にかかると、まるで凄絶なドラマーー火傷しそうなほど熱い音のドラマーーのようになるのだ。
ただ、良い時と悪い時の差が激しい。演奏効果が表層的で、音の密度が薄いものもあれば、気の抜けたものもある。一部では爆演系の指揮者と目されているが、その手の演奏はさほど多くはない。シルヴェストリの特質は「爆演」にあるのではなく、各楽器の音色をたっぷり活かそうという姿勢から生まれる音楽の「濃厚さ」にある。このふたつは意味が違う。
1913年5月13日、コンスタンティン・シルヴェストリはルーマニアのブカレストに生まれた。10歳でピアニストとしてデビュー。ブカレスト音楽院でピアノと作曲を学び、1930年にブカレスト放送交響楽団を指揮。ピアニストから指揮者に転身する。ブカレスト国立歌劇場の指揮者に就任し、評価を高めた後、1945年からブカレスト・フィルハーモニー管弦楽団の指揮者として活躍。1948年にはブカレスト音楽院の教授になり、指揮法を教えていた。1952年に国家賞を受賞している。
1957年1月25日、ロイヤル・アルバート・ホールでロンドン・フィルを指揮して西側デビューを果たした。以後、西側で活動し、コンサート指揮者として知名度を上げる。録音にも積極的で、フランス国立放送局管弦楽団、パリ音楽院管弦楽団、フィルハーモニア管弦楽団などと名録音を残している。1961年にはボーンマス交響楽団の首席指揮者に就任。ボーンマスに住み、1967年にイギリスに帰化したが、2年後の1969年2月23日、55歳の若さで亡くなった。
シルヴェストリの主立った音源は、2003年に出た10枚組の『コンスタンティン・シルヴェストリ ザ・コレクション』で網羅することが出来る。ドヴォルザークの「新世界」、ベルリオーズの幻想交響曲、チャイコフスキーの後期交響曲が入っていないのが惜しいが、ドビュッシーの『海』、フランクの交響曲、ヴォーン・ウィリアムズの「トマス・タリスの主題による幻想曲」、リムスキー=コルサコフの『シェヘラザード』、デュカスの「魔法使いの弟子」、バルトークの「ディヴェルティメント」、ショスタコーヴィチの交響曲第5番などは収録されている。シルヴェストリがオケから引き出す響きは剛毅でありながらも堅すぎず、重すぎない。リズムに弾力性があるところも特徴である。この辺はフリッツ・ライナーとも少し似ている。
リムスキー=コルサコフの『シェヘラザード』などを聴くと、動より静の表現の方にシルヴェストリの精髄があるようにも感じられる。余裕のあるテンポを保ち、アンサンブルも懐が深く、メロドラマのようにとことん甘くて切ない響きが鼓膜に悦楽をもたらす。バルトークの『ディヴェルティメント』は、大胆に抑揚を利かせたアゴーギクに注意を奪われがちだが、そんな表現の波の中にあっても壊れないガラスのように繊細なアンサンブルにこそ耳を傾けたい。けだし至芸である。
ライヴ音源も愛好家の間では高い評価を得ている。オペラの音源もそろそろ出ないものかと思っているのだが、今のところ私は確認出来ていない。ライヴ音源で良かったのは、ベートーヴェンの交響曲第8番とレスピーギの「ローマの松」。煽るところはとことん煽るシルヴェストリの指揮にオケが必死で食らいついている。まさしく完全燃焼の名演。示し合わせたように決まりきったアイテムばかり載せている名盤カタログにも、たまにはこういうものを載せてもらいたい、と願っているのは私だけではあるまい。
(阿部十三)
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