文化 CULTURE

花と冒険[考察・エッセイ]

崖に咲く花はなぜ美しいのか

「文化」についてのエッセイ。
テーマは文学、思想、民俗、絵画、漫画、アイドル、ゲーム、玩具、世相...。
ハイカルチャーとサブカルチャーの境も関係なく、流行も関係なく、
日常の死角にある「文化」を語る。

  • 『楚辞』は、前漢の学者劉向が楚の詩を十五編集め、それに自身の詩を加えたものである。その後、後漢の王逸が『楚辞』に注釈を付し、自身の詩を加えて『楚辞章句』を編纂した。現存している最古の『楚辞』は、『楚辞章句』である。この詩集で最も大きな存在感を示しているのが、屈原である。懐王に仕える政治家であった屈原は、同輩の嫉妬と憎悪の対象となり讒言され、

    [続きを読む](2018.12.22)
  • 山上憶良の歌で最も広く知られているのは、教科書にも載っているこの一首だろう。山上憶良臣の宴を罷る歌一首 憶良らは 今は罷らむ 子泣くらむ それその母も 吾(あ)を待つらむそ(私憶良はもう失礼いたしましょう。子どもが泣いているでしょうし、その母親も私の帰りを待っていることでしょうから)言うまでもなく、万葉集には名歌が多数収録されている

    [続きを読む](2018.11.17)
  • 「時こそが神なのではないかという考えに、ぼくは常に執着していた」とはロシア出身の詩人ヨシフ・ブロツキーの『ヴェネツィア 水の迷宮の夢』に記された言葉である。時こそが神である。その前提で戯曲『大理石』を読むと、「おれたちにとってただ一人の観客は、時間なんだ」や「自分を時間に似せたいと本当に思っている」といった台詞に深い意味が加わる。

    [続きを読む](2018.10.20)
  • ここでは『彼岸過迄』の約三分の一を占める「須永の話」で語られた内容を検討する。田口の娘で、須永市蔵とは従妹の関係にあるヒロイン、千代子の後ろ姿を見ただけで興味を抱いた敬太郎は、須永と千代子を「結び付ける縁の糸を常に想像」するようになり、須永が千代子のことをどのように考えているのか聞き出す。そして須永の隠されていた感情にふれ、従兄妹が心理的な作用を及ぼし合い、

    [続きを読む](2018.09.22)
  • 『彼岸過迄』は明治四十五年一月から四月まで朝日新聞に連載されていた小説で、「個々の短篇を重ねた末に、その個々の短篇が相合して一長篇を構成するように仕組んだら、新聞小説として存外面白く読まれはしないだろうか」という構想のもとに書かれた。その結果、「風呂の後」、「停留所」、「報告」、「雨の降る日」、「須永の話」、「松本の話」の順に六編の短編

    [続きを読む](2018.07.28)