文化 CULTURE

花と冒険[考察・エッセイ]

崖に咲く花はなぜ美しいのか

「文化」についてのエッセイ。
テーマは文学、思想、民俗、絵画、漫画、アイドル、ゲーム、玩具、世相...。
ハイカルチャーとサブカルチャーの境も関係なく、流行も関係なく、
日常の死角にある「文化」を語る。

  • ここでは『彼岸過迄』の約三分の一を占める「須永の話」で語られた内容を検討する。田口の娘で、須永市蔵とは従妹の関係にあるヒロイン、千代子の後ろ姿を見ただけで興味を抱いた敬太郎は、須永と千代子を「結び付ける縁の糸を常に想像」するようになり、須永が千代子のことをどのように考えているのか聞き出す。そして須永の隠されていた感情にふれ、従兄妹が心理的な作用を及ぼし合い、

    [続きを読む](2018.09.22)
  • 『彼岸過迄』は明治四十五年一月から四月まで朝日新聞に連載されていた小説で、「個々の短篇を重ねた末に、その個々の短篇が相合して一長篇を構成するように仕組んだら、新聞小説として存外面白く読まれはしないだろうか」という構想のもとに書かれた。その結果、「風呂の後」、「停留所」、「報告」、「雨の降る日」、「須永の話」、「松本の話」の順に六編の短編

    [続きを読む](2018.07.28)
  • 短編「アミコ・テミコ・チミコ」の言葉を借りると、中村文学には「カナリヤのやうに可愛らしくよく囀り、愛らしく見える娘たち」の生態を描いた作品がたくさんある。彼女たちの口調は明るく弾むようで、その仕草は突飛で、愛嬌があり、おてんばで、コミカルだ。かと思えば、したたかで、ちゃっかりもしていて、ちょっと怖いところもある。

    [続きを読む](2018.06.23)
  • 昭和2年、雑誌『改造』が改造社創立十周年を記念する懸賞創作募集の告知を載せた際、1330編の作品が寄せられた。翌年、一等作品として十周年記念号(昭和3年4月号)に華々しく掲載されたのは、龍膽寺雄の小説「放浪時代」。モダンガールを登場させ、当時の風俗を活写したこの作品は「思想がない」と批判されながらも、大きな話題をさらった。

    [続きを読む](2018.06.16)
  • ドン・シーゲル監督の『ボディ・スナッチャー/恐怖の街』(1956年)は、宇宙生命体による地球侵略を描いたSFホラーとしては古典に属する作品である。侵略といってもミサイルや怪光線は出てこない。銃声ひとつ鳴らない。全体のトーンは静かでシンプルだが、そこに不気味さがにじんでいる。私は学生時代にこの映画を知り、モノクロ版とカラー版を数え切れないほど観た。

    [続きを読む](2018.05.12)