愛は瞳の中に 〜アニメ「きまぐれオレンジ☆ロード」の幻影〜
2011.06.18
春風の吹く日本のとある町。長い階段を数えながらのぼっている一人の少年の姿がある。
「88、89、90......」
そこへ赤い麦わら帽子が風に飛ばされてくる。少年はジャンプして帽子をつかむ。すると、階段の上の方から声が聞こえてくる。
「ナイスキャッチ」
少年が見上げるとそこには少女が立っている。
転校生・春日恭介と鮎川まどかの出会いのシーンだ。
恭介は階段をのぼりきり、「100」と数え終える。まどかは「うっそー、99段しかないはずよ」と言う。
99段か100段かで言い合いをした後、恭介はこう提案する。
「じゃあ、こうしよう。99.5段」
アニメ『きまぐれオレンジ☆ロード』は1987年4月6日から1988年3月7日にかけて日本テレビ系列で放送された。原作者はまつもと泉。元々は『週刊少年ジャンプ』に掲載されていた漫画で、ジャンルは「学園」「青春」「恋愛」「SF」の全てに当てはまる。
それまで男臭い漫画やギャグ漫画を楽しみに読んでいた子供たちは、ポップで繊細でいかにも軟派な雰囲気を持った『きまぐれオレンジ☆ロード』の連載開始にかなり戸惑ったのではないだろうか。
まるで他人事のように書いているが、実は私も違和感を覚えた口である。しかし、主人公が超能力者であるという設定に惹かれるものを感じ、また、「元祖ツンデレ」と言われるヒロイン鮎川まどかが子供心にも魅力的に思え、なんとなく読んでいくうちにいつの間にか夢中になっていた。
主人公の春日恭介は中学3年生。超能力者だが、どんな難題もテレキネシスやテレポートでカッコよく解決してしまうスーパーマンとして描かれることはない。それとは逆に、非常に優柔不断で(冒頭の「99.5段」はその性格を象徴している)、やさしいが、とことん情けないヤツとして描かれる。凡庸な作者なら主人公に超能力を好きなだけ使わせて読者を高揚させ、スッキリさせるであろう場面でも、あえてそれを避け、煮えきらない感じに終わらせる。何とも言えない思春期の甘酸っぱいムードを生むじれったさと不器用さ。読者はそんな展開にジリジリさせられることがだんだんクセになる。
鮎川まどかは男子の憧れを集約したような女の子。美人で、スタイルが良く、音楽の才能に秀でており、運動神経も抜群。かつては皆から恐れられた不良で、巨漢を軽く投げ飛ばすほど強い。でも本当はやさしく、女性らしく、恥ずかしがり屋。素直になれないところも魅力的。怖がりで幽霊が大の苦手。モデルは中森明菜らしいが、完全に現実離れしたキャラクターである。同世代の中には鮎川まどかに「理想の女性」を見たせいで、しばらく現実を見ることが出来なくなった人も多いのではないか。
『きまぐれオレンジ☆ロード』は危ういユートピアを描いた漫画でもある。春日恭介は大人っぽいクラスメートの鮎川まどかから好意を寄せられ、子供っぽい後輩の檜山ひかるからも積極的にアプローチされている。ひかるはまどかのことを幼時より慕っていて、まどかもひかるのことを大切に思っている。恭介はそんな2人を傷つけまいと、うまくやろうとする。どちらかと良い雰囲気になれば、どちらかを傷つけることになる。あだち充の『みゆき』とも通底する設定だが、『きまぐれオレンジ☆ロード』はよりポップで賑やかである。その賑やかさを補強しているのが、恭介の妹で、同じく超能力者である双子の美人姉妹まなみ、くるみの存在。まなみはしっかり者、くるみはお転婆である。
タイプの異なる2人の美少女に好かれ、タイプの異なる双子を妹に持つ恭介。ユートピアにありながら、彼はその幸運を利用する術を知らない。そんな「シチュエーションは最高なのに、なぜかうまくいかない」という匙加減が物語に深みを与えている。これが単なる幸せ者のエスパー少年の話だったら、後世に残る作品にはならなかったはずだ。
私がこの漫画を最初に読んだのは小学校高学年の頃。リアルタイムでそこまで色々なことを感じ取ったわけではない。読み直そうと思ったのは1987年に始まったアニメを見てからである。漫画の連載はその時も続いていたが、当時の私は洋画ばかり観ていて、ジャンプを読まなくなっていた。ただ、以前好きだった漫画がアニメ化されるというので「1回くらいチェックしておこう」と軽い気持ちで見たことで、『きまぐれオレンジ☆ロード』熱が再燃し、原作に戻った次第である。これを見ていなければ、原作の魅力を再確認することも出来なかっただろう。そう言いたくなるほどクオリティーの高いアニメだった。
製作はスタジオぴえろ。キャラクターデザインは『めぞん一刻』『機動警察パトレイバー』の高田明美。総作画監督は後藤真砂子。プロフィールを調べてみたら、2人は『きまぐれオレンジ☆ロード』のほかに『魔法の天使クリィミーマミ』でも仕事をしているようだ。
『きまぐれオレンジ☆ロード』のアニメはとにかく絵が綺麗。背景の細部、細かな動きをおろそかにせず、凝りすぎて軽さとポップさを失うことも、アート志向に走ることもない(43話は除く)。そのニュアンスは3種類のオープニングアニメーション、エンディングアニメーションを見るだけでも伝わるはずだ。匠の技で、手抜きが一切なく、遊び心も忘れていない。
詩的な美しさをたたえた作画、寺田憲史らによる脚本、小林治の演出が作り出す空気感がみずみずしい。テンポ感も絶妙。原作の世界観を壊さぬよう腐心しながらも、職人たちが楽しんで作っていることが分かる。原作に対する理解と愛情がなければ、これほどのアニメを作ることは出来ない。
アニメーションと音楽の一体感にも特筆すべきものがある。音楽を手がけたのは鷺巣詩郎。華々しいプロフィールを持つ彼の仕事の中でも、『きまぐれオレンジ☆ロード』のスコアはとくに神がかったものを感じさせる。事実、音楽的な評価も高かったと見え、サウンドトラックのCDが何種類も出ている。本当にどのメロディーもメインテーマとして使えそうなほど印象的で、アレンジも充実しているからたまらない。例えば「愛は瞳の中に」。これはアニメを見た人なら例外なく目頭が熱くなるだろうし、見ていない人の胸にも純粋に名旋律として響くと思う。
声優陣も豪華かつ適材適所で申し分ない。恭介役の古谷徹、まどか役の鶴ひろみ、ひかる役の原えりこ、いずれも原作のイメージ通りでハマっている。むろん、素晴らしいのはこの3人だけではない。富山敬(春日隆)、富沢美智恵(春日まなみ)、本多知恵子(春日くるみ)、難波圭一(小松整司)、龍田直樹(八田一也)、菊池正美(火野勇作)、緒方賢一(ジンゴロ、おじいちゃん)......全員がその才能を縦横に発揮し、ポップで、賑やかで、それでいて思春期の危うさと詩的な切なさを包含した世界を作り上げている。それぞれのプロフィールについてはふれないが、日本のアニメーション史に残る仕事をしている人ばかりである。
アニメは全48話。現場のスタッフの影響なのか、その辺はよく分からないが、エピソードによって絵の崩れ方がギャグ漫画のように極端になることがある(最初の兆候は23話「恭介まどか大ゲンカ! 恋の二人三脚」あたり)。後半は春日恭介の顔がふやけているのが目につく。ただ、鮎川まどかと檜山ひかるのアップの絵にはほとんど文句の付けようがない。キャラクター造型への力の入れ方も並ではない。声色にも、表情にも、動作にも、細やかな心遣いがなされている。止め絵でごまかすこともない。
秀逸なエピソードを厳選するなら......と数えてみたら半分近くに上ったのでここで列挙することは控えるが、そこからさらに絞りに絞ると、47話「さよならの予感 まどかの初恋を探せ」、48話「恋つかまえた そしてダ・カーポ」が残る。これは最終回の前後編で、映画も顔負けの一大ロマンに仕上がっている。既述した「愛は瞳の中に」はほかのエピソードでも使われているが、最終回での使われ方は鳥肌ものである。
とはいえ、この最終回だけ見ても満足は得られない。ここに至るまで、優柔不断な春日恭介という少年の「ああでもない、こうでもない」の繰り返しに散々付き合わされた人のみが味わえる最高の到達感なのである。だから全編を見ないとあまり意味がない。
私にとって『きまぐれオレンジ☆ロード』は思い入れの深い、否、深すぎるアニメである。放送されたのは中学2年生の時。当然、春日恭介と鮎川まどかの設定は中学3年生のまま。漫画を読み始めた時と比べて年齢が近くなったこともあり、その分感情移入しやすかったのかもしれない。もっとも、感情移入といっても想像の世界の話で、周りに鮎川まどかのような子は全く見当たらなかったが。
長らくDVD化されず、VHSで見るほかなかったが、5年ほど前にようやくDVD-BOXが出たので購入した。それから数回、全話を通して見た。先週末も見た。感想は寸分も変わらない。これは掛け値なしの傑作である。
【関連サイト】
きまぐれオレンジ☆ロード
きまぐれオレンジ☆ロード(電子書籍)
きまぐれオレンジ☆ロード テレビシリーズ(DVD)
きまぐれオレンジ☆ロード オリジナル・ビデオ・アニメーション(DVD)
「88、89、90......」
そこへ赤い麦わら帽子が風に飛ばされてくる。少年はジャンプして帽子をつかむ。すると、階段の上の方から声が聞こえてくる。
「ナイスキャッチ」
少年が見上げるとそこには少女が立っている。
転校生・春日恭介と鮎川まどかの出会いのシーンだ。
恭介は階段をのぼりきり、「100」と数え終える。まどかは「うっそー、99段しかないはずよ」と言う。
99段か100段かで言い合いをした後、恭介はこう提案する。
「じゃあ、こうしよう。99.5段」
アニメ『きまぐれオレンジ☆ロード』は1987年4月6日から1988年3月7日にかけて日本テレビ系列で放送された。原作者はまつもと泉。元々は『週刊少年ジャンプ』に掲載されていた漫画で、ジャンルは「学園」「青春」「恋愛」「SF」の全てに当てはまる。
それまで男臭い漫画やギャグ漫画を楽しみに読んでいた子供たちは、ポップで繊細でいかにも軟派な雰囲気を持った『きまぐれオレンジ☆ロード』の連載開始にかなり戸惑ったのではないだろうか。
まるで他人事のように書いているが、実は私も違和感を覚えた口である。しかし、主人公が超能力者であるという設定に惹かれるものを感じ、また、「元祖ツンデレ」と言われるヒロイン鮎川まどかが子供心にも魅力的に思え、なんとなく読んでいくうちにいつの間にか夢中になっていた。
主人公の春日恭介は中学3年生。超能力者だが、どんな難題もテレキネシスやテレポートでカッコよく解決してしまうスーパーマンとして描かれることはない。それとは逆に、非常に優柔不断で(冒頭の「99.5段」はその性格を象徴している)、やさしいが、とことん情けないヤツとして描かれる。凡庸な作者なら主人公に超能力を好きなだけ使わせて読者を高揚させ、スッキリさせるであろう場面でも、あえてそれを避け、煮えきらない感じに終わらせる。何とも言えない思春期の甘酸っぱいムードを生むじれったさと不器用さ。読者はそんな展開にジリジリさせられることがだんだんクセになる。
鮎川まどかは男子の憧れを集約したような女の子。美人で、スタイルが良く、音楽の才能に秀でており、運動神経も抜群。かつては皆から恐れられた不良で、巨漢を軽く投げ飛ばすほど強い。でも本当はやさしく、女性らしく、恥ずかしがり屋。素直になれないところも魅力的。怖がりで幽霊が大の苦手。モデルは中森明菜らしいが、完全に現実離れしたキャラクターである。同世代の中には鮎川まどかに「理想の女性」を見たせいで、しばらく現実を見ることが出来なくなった人も多いのではないか。
『きまぐれオレンジ☆ロード』は危ういユートピアを描いた漫画でもある。春日恭介は大人っぽいクラスメートの鮎川まどかから好意を寄せられ、子供っぽい後輩の檜山ひかるからも積極的にアプローチされている。ひかるはまどかのことを幼時より慕っていて、まどかもひかるのことを大切に思っている。恭介はそんな2人を傷つけまいと、うまくやろうとする。どちらかと良い雰囲気になれば、どちらかを傷つけることになる。あだち充の『みゆき』とも通底する設定だが、『きまぐれオレンジ☆ロード』はよりポップで賑やかである。その賑やかさを補強しているのが、恭介の妹で、同じく超能力者である双子の美人姉妹まなみ、くるみの存在。まなみはしっかり者、くるみはお転婆である。
タイプの異なる2人の美少女に好かれ、タイプの異なる双子を妹に持つ恭介。ユートピアにありながら、彼はその幸運を利用する術を知らない。そんな「シチュエーションは最高なのに、なぜかうまくいかない」という匙加減が物語に深みを与えている。これが単なる幸せ者のエスパー少年の話だったら、後世に残る作品にはならなかったはずだ。
私がこの漫画を最初に読んだのは小学校高学年の頃。リアルタイムでそこまで色々なことを感じ取ったわけではない。読み直そうと思ったのは1987年に始まったアニメを見てからである。漫画の連載はその時も続いていたが、当時の私は洋画ばかり観ていて、ジャンプを読まなくなっていた。ただ、以前好きだった漫画がアニメ化されるというので「1回くらいチェックしておこう」と軽い気持ちで見たことで、『きまぐれオレンジ☆ロード』熱が再燃し、原作に戻った次第である。これを見ていなければ、原作の魅力を再確認することも出来なかっただろう。そう言いたくなるほどクオリティーの高いアニメだった。
製作はスタジオぴえろ。キャラクターデザインは『めぞん一刻』『機動警察パトレイバー』の高田明美。総作画監督は後藤真砂子。プロフィールを調べてみたら、2人は『きまぐれオレンジ☆ロード』のほかに『魔法の天使クリィミーマミ』でも仕事をしているようだ。
『きまぐれオレンジ☆ロード』のアニメはとにかく絵が綺麗。背景の細部、細かな動きをおろそかにせず、凝りすぎて軽さとポップさを失うことも、アート志向に走ることもない(43話は除く)。そのニュアンスは3種類のオープニングアニメーション、エンディングアニメーションを見るだけでも伝わるはずだ。匠の技で、手抜きが一切なく、遊び心も忘れていない。
詩的な美しさをたたえた作画、寺田憲史らによる脚本、小林治の演出が作り出す空気感がみずみずしい。テンポ感も絶妙。原作の世界観を壊さぬよう腐心しながらも、職人たちが楽しんで作っていることが分かる。原作に対する理解と愛情がなければ、これほどのアニメを作ることは出来ない。
アニメーションと音楽の一体感にも特筆すべきものがある。音楽を手がけたのは鷺巣詩郎。華々しいプロフィールを持つ彼の仕事の中でも、『きまぐれオレンジ☆ロード』のスコアはとくに神がかったものを感じさせる。事実、音楽的な評価も高かったと見え、サウンドトラックのCDが何種類も出ている。本当にどのメロディーもメインテーマとして使えそうなほど印象的で、アレンジも充実しているからたまらない。例えば「愛は瞳の中に」。これはアニメを見た人なら例外なく目頭が熱くなるだろうし、見ていない人の胸にも純粋に名旋律として響くと思う。
声優陣も豪華かつ適材適所で申し分ない。恭介役の古谷徹、まどか役の鶴ひろみ、ひかる役の原えりこ、いずれも原作のイメージ通りでハマっている。むろん、素晴らしいのはこの3人だけではない。富山敬(春日隆)、富沢美智恵(春日まなみ)、本多知恵子(春日くるみ)、難波圭一(小松整司)、龍田直樹(八田一也)、菊池正美(火野勇作)、緒方賢一(ジンゴロ、おじいちゃん)......全員がその才能を縦横に発揮し、ポップで、賑やかで、それでいて思春期の危うさと詩的な切なさを包含した世界を作り上げている。それぞれのプロフィールについてはふれないが、日本のアニメーション史に残る仕事をしている人ばかりである。
アニメは全48話。現場のスタッフの影響なのか、その辺はよく分からないが、エピソードによって絵の崩れ方がギャグ漫画のように極端になることがある(最初の兆候は23話「恭介まどか大ゲンカ! 恋の二人三脚」あたり)。後半は春日恭介の顔がふやけているのが目につく。ただ、鮎川まどかと檜山ひかるのアップの絵にはほとんど文句の付けようがない。キャラクター造型への力の入れ方も並ではない。声色にも、表情にも、動作にも、細やかな心遣いがなされている。止め絵でごまかすこともない。
秀逸なエピソードを厳選するなら......と数えてみたら半分近くに上ったのでここで列挙することは控えるが、そこからさらに絞りに絞ると、47話「さよならの予感 まどかの初恋を探せ」、48話「恋つかまえた そしてダ・カーポ」が残る。これは最終回の前後編で、映画も顔負けの一大ロマンに仕上がっている。既述した「愛は瞳の中に」はほかのエピソードでも使われているが、最終回での使われ方は鳥肌ものである。
とはいえ、この最終回だけ見ても満足は得られない。ここに至るまで、優柔不断な春日恭介という少年の「ああでもない、こうでもない」の繰り返しに散々付き合わされた人のみが味わえる最高の到達感なのである。だから全編を見ないとあまり意味がない。
私にとって『きまぐれオレンジ☆ロード』は思い入れの深い、否、深すぎるアニメである。放送されたのは中学2年生の時。当然、春日恭介と鮎川まどかの設定は中学3年生のまま。漫画を読み始めた時と比べて年齢が近くなったこともあり、その分感情移入しやすかったのかもしれない。もっとも、感情移入といっても想像の世界の話で、周りに鮎川まどかのような子は全く見当たらなかったが。
長らくDVD化されず、VHSで見るほかなかったが、5年ほど前にようやくDVD-BOXが出たので購入した。それから数回、全話を通して見た。先週末も見た。感想は寸分も変わらない。これは掛け値なしの傑作である。
(阿部十三)
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きまぐれオレンジ☆ロード
きまぐれオレンジ☆ロード(電子書籍)
きまぐれオレンジ☆ロード テレビシリーズ(DVD)
きまぐれオレンジ☆ロード オリジナル・ビデオ・アニメーション(DVD)
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