AKB歌劇団 〜葬り去ってはいけない歴史〜
2011.07.09
特に期待していたわけではなかった。「へえ〜。AKB48ってこういうこともやっていたんだね」という参考資料程度のつもりで観たのが、AKB歌劇団『∞・Infinity』のDVDであった。しかし、僕は自分でも驚く程の感銘を受けたのだ。
AKB歌劇団『∞・Infinity』は、AKB48のメンバーによるミュージカル。2009年10月30日〜11月8日、シアターGロッソで上演された。演出と構成を手掛けたのは、『サクラ大戦』や『天外魔境』などで知られる広井王子。AKB48の様々な楽曲を盛り込んで構成された本作のストーリーは、至ってシンプルだ。ヴァンパイアと女子高生の悲恋を描いている。250年前に引き裂かれた恋人達が時空を超えて再び出会い、非情な現実に飲み込まれてゆく。乱暴な言い方をするならば、よくあるベタなストーリーだ。演技も、大半のメンバーに関しては、お世辞にも上手いとは言えない。しかし、惹き込まれずにはいられなかった。
主役のヴァンパイア・村雨ルカとヒロインの高島麻里亜はダブルキャスト。ルカを秋元才加と宮澤佐江、麻里亜を高橋みなみと柏木由紀が演じている。麻里亜が歌う「泣きながら微笑んで」。ルカと麻里亜が歌う「∞・Infinity」に彩られながら迎えるクライマックスが美しい。恋慕だけではなく、母性のような優しさも湛えている麻里亜。その愛を凛々しく受け止め、麻里亜を力強く包むルカ(秋元才加・高橋みなみ版)。少年少女の無邪気さを帯びつつも、清らかな愛を真っ直ぐに交わし合うルカと麻里亜(宮澤佐江・柏木由紀版)。表現されているキャラクター像や、物語の印象が、それぞれのキャスト版によって異なるのが面白い。どちらにもかけがえのない魅力があるのだが、僕が特に感情移入したのは秋元才加・高橋みなみ版だ。2人の歌声が融け合って雪崩れ込むクライマックスは、最早演技ではない。あの瞬間、彼女達は紛れもなく一世一代の恋をしている。
ファンの贔屓目によっていくらでも許されてしまう「アイドル」というポジションに決して甘えていなかった彼女達に、僕は目を見張った。演出を手掛けた広井王子は、相当彼女達を厳しく追い込んだのではないかと思う(メイキングDVDでは、その片鱗が見て取れる)。実はファンの間ではかなり有名な話なのだが......このミュージカルは口パクでの上演の申し出がAKB48のスタッフサイドからあったらしい。広井王子はそれを断固として拒否し、100%生歌で上演した。広井王子とAKB48サイドとの間に、かなり激しい闘いがあったことが容易に想像されるが、譲歩しなかった広井王子に感謝したい。「アイドルだからこの程度で良いだろう」ではなく、「舞台に立つ以上、それに値する資格と覚悟を持つべきだ」という極めて真っ当でシンプルな指針を彼は貫いたのだ。それが正しかったことを、AKB歌劇団『∞・Infinity』の仕上がりは鮮やかに証明している。
この舞台は、女優・秋元才加の誕生の記録でもある。彼女が演者としての豊かな才能に恵まれていること。才能を育むために欠かせない強い精神力の持ち主でもあることを、僕はDVDを観て確信させられた。彼女が劇中で歌う「君はペガサス」が素晴らしい。狂気すらも歌声の狭間から滴らせ、ルカが抱える心情を痛いくらいに伝えている。演技の勘の良さを発揮している佐藤夏希。歌唱力の萌芽が見て取れる岩佐美咲など、何人かのサブキャストにも注目させられた。そして、カーテンコールで「約束よ」を歌い、踊る全キャストの表情が眩しかった。普段の劇場公演やコンサートでは正直言ってあまり目立たないメンバーすらも、猛烈にキラキラ輝いている。未体験だった壁に挑み、何かを掴んだことへの自信、心からの感動に満ちているのだ。そんな彼女達の姿が教えてくれたものは、非常に大きい。青くさいことを言うようで少々気恥ずかしいのだが......たとえ拙くても一生懸命やることは素晴らしいし、貴い。勿論、ただ「一生懸命」を押し売りするのは「甘え」にしか過ぎない。しかし、「何を表現するのか?」という課題に真摯に向き合っている拙さは、高いスキルが成すものと較べてぎこちないとしても、人の心に訴える大きな力を持ち得るのだ。そのことを僕は、この舞台のDVDを観て知った。
総合プロデューサーである秋元康はAKB48について「最初は小劇団をやりたかった」「少女達のお芝居を毎日やりたかった」と語っている(イメージしていたのは松竹歌劇団(SKD)ではないかと言われている)。その点からして、AKB歌劇団は、AKB48の基本理念、理想の具現化だったと言えるのだろう。しかし、現在のAKB48が、かなりかけ離れたものになっている点は否めない。ステージで歌って踊るという本業もままならず、全く別種の仕事に忙殺されているメンバーが少なからずいる現状には胸が痛む。人気稼業である以上、なかなか避け難いことなのかもしれないが、この辺りでもう一度、AKB歌劇団のような理想に立ち返る機会があって欲しい。メンバー達が成長するための良い機会となるはずなのだから。
短い上演期間ながらも大きな評判を呼んだAKB歌劇団『∞・Infinity』の再演を望む声は非常に多い。しかし、それは難しいのかもしれない。ご存知の方も多いと思うが、昨年、広井王子と秋元才加のことを取り上げた記事が週刊誌に掲載された。それ以降、この舞台について公に語られることが殆んどなくなっているように、僕には感じられる。考え過ぎだろうか? 昨年10月に行われた『AKB48 東京秋祭り』のカラオケ大会で「∞・infinity」が歌われ、DVD化もされたが、これは週刊誌の報道よりも前に行われたイヴェントであり、宮澤佐江&柏木由紀版でもあったから陽の目を見たのかもしれない。今年4月に発行されたオフィシャルブック『AKB48ヒストリー〜研究生公式教本〜』の活動年表にはAKB歌劇団のことが載っているが、本文では全く触れられていなかった。そのことに僕はショックを受けた。扱い方が難しいのは分かるが、黙殺という対応はかえって変な憶測を助長するだけではないか。
もし、こういう大切な歴史が軽視あるいは無視されようとしているならば、それはあまりにも悲しい。このグループの理想と理念、メンバーがよく口にする「夢を叶えるための場」という願いが、最早活動の最優先事項ではないという事実の表明となり得るように思えるからだ。出演したメンバー達、特に秋元才加が大切な宝物としてAKB歌劇団について堂々と語る様を、僕はまた見たい。そして、さらに言うならば『∞・Infinity』の再演、あるいはAKB歌劇団第2回公演を観たい......と書いた直後に希望の光が見えてきた! 広井王子プロデュースの舞台『スーパーLIVEショー ダブルヒロイン』に、秋元才加と宮澤佐江がW主演することが先日発表されたのだ。これはラジオ番組『AKB48秋元才加と宮澤佐江のうっかりチャンネル』内で続いている広井王子原作のラジオドラマ『ダブルヒロイン』の舞台化だ。このラジオドラマが始まったのは、例の週刊誌報道の前。「今さら止められないから続いているだけなのかな」と、半ば醒めた気持ちで聴いていた自分が恥ずかしい。心ない噂が再燃することを覚悟しつつ、舞台化を実現してくれた人々に敬意を表したい。ぜひ成功して欲しい。そしてAKB歌劇団の復活へと繋がり、様々なメンバーの成長の場として確立されれば、本当に素晴らしいと思う。
【関連サイト】
AKB48公式サイト
AKB歌劇団
ダブルヒロイン(書籍)
AKB歌劇団『∞・Infinity』は、AKB48のメンバーによるミュージカル。2009年10月30日〜11月8日、シアターGロッソで上演された。演出と構成を手掛けたのは、『サクラ大戦』や『天外魔境』などで知られる広井王子。AKB48の様々な楽曲を盛り込んで構成された本作のストーリーは、至ってシンプルだ。ヴァンパイアと女子高生の悲恋を描いている。250年前に引き裂かれた恋人達が時空を超えて再び出会い、非情な現実に飲み込まれてゆく。乱暴な言い方をするならば、よくあるベタなストーリーだ。演技も、大半のメンバーに関しては、お世辞にも上手いとは言えない。しかし、惹き込まれずにはいられなかった。
主役のヴァンパイア・村雨ルカとヒロインの高島麻里亜はダブルキャスト。ルカを秋元才加と宮澤佐江、麻里亜を高橋みなみと柏木由紀が演じている。麻里亜が歌う「泣きながら微笑んで」。ルカと麻里亜が歌う「∞・Infinity」に彩られながら迎えるクライマックスが美しい。恋慕だけではなく、母性のような優しさも湛えている麻里亜。その愛を凛々しく受け止め、麻里亜を力強く包むルカ(秋元才加・高橋みなみ版)。少年少女の無邪気さを帯びつつも、清らかな愛を真っ直ぐに交わし合うルカと麻里亜(宮澤佐江・柏木由紀版)。表現されているキャラクター像や、物語の印象が、それぞれのキャスト版によって異なるのが面白い。どちらにもかけがえのない魅力があるのだが、僕が特に感情移入したのは秋元才加・高橋みなみ版だ。2人の歌声が融け合って雪崩れ込むクライマックスは、最早演技ではない。あの瞬間、彼女達は紛れもなく一世一代の恋をしている。
ファンの贔屓目によっていくらでも許されてしまう「アイドル」というポジションに決して甘えていなかった彼女達に、僕は目を見張った。演出を手掛けた広井王子は、相当彼女達を厳しく追い込んだのではないかと思う(メイキングDVDでは、その片鱗が見て取れる)。実はファンの間ではかなり有名な話なのだが......このミュージカルは口パクでの上演の申し出がAKB48のスタッフサイドからあったらしい。広井王子はそれを断固として拒否し、100%生歌で上演した。広井王子とAKB48サイドとの間に、かなり激しい闘いがあったことが容易に想像されるが、譲歩しなかった広井王子に感謝したい。「アイドルだからこの程度で良いだろう」ではなく、「舞台に立つ以上、それに値する資格と覚悟を持つべきだ」という極めて真っ当でシンプルな指針を彼は貫いたのだ。それが正しかったことを、AKB歌劇団『∞・Infinity』の仕上がりは鮮やかに証明している。
この舞台は、女優・秋元才加の誕生の記録でもある。彼女が演者としての豊かな才能に恵まれていること。才能を育むために欠かせない強い精神力の持ち主でもあることを、僕はDVDを観て確信させられた。彼女が劇中で歌う「君はペガサス」が素晴らしい。狂気すらも歌声の狭間から滴らせ、ルカが抱える心情を痛いくらいに伝えている。演技の勘の良さを発揮している佐藤夏希。歌唱力の萌芽が見て取れる岩佐美咲など、何人かのサブキャストにも注目させられた。そして、カーテンコールで「約束よ」を歌い、踊る全キャストの表情が眩しかった。普段の劇場公演やコンサートでは正直言ってあまり目立たないメンバーすらも、猛烈にキラキラ輝いている。未体験だった壁に挑み、何かを掴んだことへの自信、心からの感動に満ちているのだ。そんな彼女達の姿が教えてくれたものは、非常に大きい。青くさいことを言うようで少々気恥ずかしいのだが......たとえ拙くても一生懸命やることは素晴らしいし、貴い。勿論、ただ「一生懸命」を押し売りするのは「甘え」にしか過ぎない。しかし、「何を表現するのか?」という課題に真摯に向き合っている拙さは、高いスキルが成すものと較べてぎこちないとしても、人の心に訴える大きな力を持ち得るのだ。そのことを僕は、この舞台のDVDを観て知った。
総合プロデューサーである秋元康はAKB48について「最初は小劇団をやりたかった」「少女達のお芝居を毎日やりたかった」と語っている(イメージしていたのは松竹歌劇団(SKD)ではないかと言われている)。その点からして、AKB歌劇団は、AKB48の基本理念、理想の具現化だったと言えるのだろう。しかし、現在のAKB48が、かなりかけ離れたものになっている点は否めない。ステージで歌って踊るという本業もままならず、全く別種の仕事に忙殺されているメンバーが少なからずいる現状には胸が痛む。人気稼業である以上、なかなか避け難いことなのかもしれないが、この辺りでもう一度、AKB歌劇団のような理想に立ち返る機会があって欲しい。メンバー達が成長するための良い機会となるはずなのだから。
短い上演期間ながらも大きな評判を呼んだAKB歌劇団『∞・Infinity』の再演を望む声は非常に多い。しかし、それは難しいのかもしれない。ご存知の方も多いと思うが、昨年、広井王子と秋元才加のことを取り上げた記事が週刊誌に掲載された。それ以降、この舞台について公に語られることが殆んどなくなっているように、僕には感じられる。考え過ぎだろうか? 昨年10月に行われた『AKB48 東京秋祭り』のカラオケ大会で「∞・infinity」が歌われ、DVD化もされたが、これは週刊誌の報道よりも前に行われたイヴェントであり、宮澤佐江&柏木由紀版でもあったから陽の目を見たのかもしれない。今年4月に発行されたオフィシャルブック『AKB48ヒストリー〜研究生公式教本〜』の活動年表にはAKB歌劇団のことが載っているが、本文では全く触れられていなかった。そのことに僕はショックを受けた。扱い方が難しいのは分かるが、黙殺という対応はかえって変な憶測を助長するだけではないか。
もし、こういう大切な歴史が軽視あるいは無視されようとしているならば、それはあまりにも悲しい。このグループの理想と理念、メンバーがよく口にする「夢を叶えるための場」という願いが、最早活動の最優先事項ではないという事実の表明となり得るように思えるからだ。出演したメンバー達、特に秋元才加が大切な宝物としてAKB歌劇団について堂々と語る様を、僕はまた見たい。そして、さらに言うならば『∞・Infinity』の再演、あるいはAKB歌劇団第2回公演を観たい......と書いた直後に希望の光が見えてきた! 広井王子プロデュースの舞台『スーパーLIVEショー ダブルヒロイン』に、秋元才加と宮澤佐江がW主演することが先日発表されたのだ。これはラジオ番組『AKB48秋元才加と宮澤佐江のうっかりチャンネル』内で続いている広井王子原作のラジオドラマ『ダブルヒロイン』の舞台化だ。このラジオドラマが始まったのは、例の週刊誌報道の前。「今さら止められないから続いているだけなのかな」と、半ば醒めた気持ちで聴いていた自分が恥ずかしい。心ない噂が再燃することを覚悟しつつ、舞台化を実現してくれた人々に敬意を表したい。ぜひ成功して欲しい。そしてAKB歌劇団の復活へと繋がり、様々なメンバーの成長の場として確立されれば、本当に素晴らしいと思う。
(田中大)
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