文化 CULTURE

汲めども尽きせぬ泉の如く 〜モンブラン万年筆の抗い難い魅力〜

2011.07.23
 万年筆。何と魅惑的な響きだろうか。どうせなら旧字体の萬年筆と表記したいところだ。それほど、この筆記具には崇高な佇まいを感じる。英語でいうなら〈fountain pen〉。〈fountain〉はご存知のように「噴水、泉、原水」という意味。万年筆には「長く(=万年)使っても使いべりがしない」という意味が込められているだろうし、〈fountain pen〉には「インクが〈泉の如く〉湧き出るため、ペン先をいちいちインク壺に浸す煩わしさから解放される」という意味が込められているのでは、と勝手に推測してみた。

MONTBLANC-585
 もちろん、注入式であれカートリッジ式であれ、いつまでもいつまでもインクが枯渇しない、なんていう魔法のような万年筆はこの世に存在しない。であるが、高校時代、漫研に属してGペンや丸ペンを墨汁壺に浸しつつ漫画を描き、ペン先がしょっちゅうインク切れ状態になることを身を以て知った筆者にとっては、万年筆はまさに万能の筆記具なのであった。

 この仕事に就いてから早や四半世紀以上。原稿が手書きだった当初、愛用していたのは、滑らかな走りのペン先に惹かれて買ったペリカンの12C-500 HMモデル(ブラック・ボディ)。もう20年以上も使っていないが、久々に仕事机の奥から取り出してまじまじと見てみたところ、キャップの下の刻印に〈W.-GERMANY〉の文字を発見! つまり、この万年筆を購入した当時は、ドイツがまだ東西に分断されていたわけだ。しばし感慨に耽る。ところが、この万年筆との付き合いは残念ながら長続きしなかった。筆圧が高過ぎるため、滑らかなペン先が瞬く間に悲鳴を上げてしまったのだ。短い間だったけれど、よく働いてくれてありがとう。さようなら、ペリカン万年筆----我ながら、あっさりとした別れだったと思う。

 そして出会ってしまったのである。行きつけの文房具屋さんの万年筆コーナーにへばり付き、ガラス・ケースの中に陳列された万年筆の全種類を使って試し書きをさせてもらった果てに、筆者の高い筆圧にも耐え抜いてくれそうな、更に言えば指と掌にピタリと吸い付くような究極の万年筆に。その名もモンブラン。キャップの真上にあるのは、丸みを帯びたモンブランの頂上に残る氷河をイメージしたシンボル・マーク。筆者はその昔、これが〈残雪〉であると何かで読んだ記憶があるのだが......。いずれにせよ、美しくも愛らしい。

 筆者にとってのモンブラン第一号は、ややボディが細くて軽めのマイスターシュテック585(ブラック・ボディ)。ほどなくして、書き原稿用、訳詞/翻訳用と使い分けをしようと思い立ち、第二号として同じくマイスターシュテック585の臙脂色のタイプも購入。2本とも今でも現役で使っている。Made in Germanyの文具は、本当に耐久性に優れているとしみじみ思う(約30年前に松屋銀座で購入したドイツ製カラー・クリップのバネの強さは今以て健在!)。

MONTBLANC-146
 第三号は、モンブランの定番と言ってもいいマイスターシュテック146。これまた書き味バツグンだ。筆者は今でもメールの返事をハガキで(!)書いたりする旧弊な人間であるが、ひと度モンブランに魅せられてしまうと、手紙用のものも欲しくなる。折しも、スタイリッシュなノブレスのシリーズが限定で発売されるという耳寄りな情報をキャッチして、早速、文房具店へ。その際の戦利品(笑)であるゴールドプレートのそれは、キャップの上が通常のように盛り上がっているのではなく、何故だか真っ平ら(しかしながら、山の頂上のマークはしっかりある)。一方のシルバープレートは、記憶がおぼろげながら、限定モデルではなかったのだろうか、キャップの上がちゃんと盛り上がっている。購入してから20年以上は経過しているが、この2本は今でも手紙を綴る際、教えている翻訳学校の添削時に講師からのメッセージを書く時などに頻繁に使う。ゴールドにはモンブランのボルドー色インク、シルバーには同グリーンのインクを使用。いずれも惚れ惚れするほど深みのある色合いである。モンブランはインクの発色も実に素晴らしい。

 そしてーー究極の限定モデルとの出逢いがすぐそこに迫っていた。1993年夏、その前年に限定2万本で発売されたモンブラン・マイスターシュテックの作家シリーズ:ヘミングウェイを仕留めるべく、軍資金8万円(当時の定価)を財布の中に忍ばせ、意気揚々と文房具屋の万年筆コーナーに乗り込む、つもりだったのだが......
続く
(泉山真奈美)


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