文化 CULTURE

石川ひとみについて 〜君は輝いて 天使にみえた〜

2011.08.06
 ソロのアイドル歌手がひしめいていた1980年代前半、石川ひとみはルックス、美声、歌唱力の三拍子揃った存在として私の記憶に刻まれている。当時人気があったアイドルで「石川」といったら、後輩の「秀美」の方を思い浮かべる人も多いと思うが、私は断然「ひとみ」派である。

 石川ひとみの代表曲として常に一番に選ばれるのは、三木聖子のカバーである「まちぶせ」。テレビでも、イベントでも、出演した際に歌われるのは大体この曲だ。もちろん、これは石川にとって最大のヒット曲であり、荒井由実が書いた名曲の一つである。それは否定しない。石川ひとみのハイトーンのクリアーボイスで鮮やかに歌われるサビは何度聴いても絶品だと思う。それにしても、ほかに聴くべき曲はないのだろうか。

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 ここで私は強調しておきたい、「もちろんある」と。彼女には「三枚の写真」(これも三木聖子のカバー)もあるし、「ひとりじめ」もある。「君は輝いて 天使にみえた」も「恋」もある。この4曲は一般的には知名度が低いようだが、石川の美声と卓越した歌唱力を引き出した作品として、もっと知られていいと思う。一流の作家陣が手がけた詞も曲も素晴らしい。

 ただし、「君は輝いて 天使にみえた」に関しては、通常の音源では声が重ねて録られ、エフェクトがかかっているため、純粋に石川の美声を堪能出来ないうらみがある。これは1982年10月に早稲田大学で行われたライブの音源「キャンパス ライブ」で聴くべきだろう。同様の理由で、1984年の「アモーレ」以降の音源もいただけない。当時は流行だったとしても、今となっては無駄としか言いようのないエフェクト処理がなされ、せっかくの声の魅力を損なっている。少なくとも私には「もったいない」としか思えない。

 基本的に加工されたボーカルは好きではないが、とくに石川ひとみの「声」がいじられていると、違和感を通り越して拒絶反応を起こしてしまう。そこには私自身の幼児体験が影響しているのかもしれない。周知の通り、石川は1979年から始まった「プリンプリン物語」で声優を務めていた。これはプリンセス・プリンプリンの冒険譚で、音楽あり、おふざけあり、風刺ありのミュージカル人形劇。夕食の時間が遅れる時、私はこれを見て暇をつぶしていた。女の子向けの人形劇だと思っていたが、そんなことはなく、結構楽しんで見ていた記憶がある。つまり、その時点では声優が誰であるかも知らず、顔も知らなかったので、「声」から親しんだということになる。その声のソノリティが脳の深い部分にしみついているのだろう。

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 いつ顔を見て、名前を知ったのか。それが何の番組だったのか。その辺のことは覚えていないが、多分「まちぶせ」で人気が出てテレビ出演が増えたあたり、1981年春以降に見て好きになったのだろう。
 1982年5月にリリースされた「君は輝いて 天使にみえた」を、「石川ひとみ」の曲としてワクワクしながら聴いたことは、今でも覚えている。これはNSPの天野滋による楽曲で、どちらかというと哀しげな雰囲気の曲が多かった石川ひとみの明るさを前面に出した青春ソングである(歌詞は、憧れの女子を不安げに見守る思春期の男子の心情を歌っている)。
 1983年9月にリリースされた「恋」も忘れられない。これは岡田冨美子作詞、今も何かと話題の玉置浩二作曲の不倫ソング。小学生だった私にはそんな歌詞の深い意味まで分かるはずもなく、「あやまちで結ばれても女心は燃え上がる......」といかにも切なそうに歌う石川ひとみの姿を見ながら、一体どこのどいつがこんな哀しい思いをさせているのだろう、許せない、と義憤に燃えたものである。とにかくメロディーが美しく、石川の歌もうまかった。彼女が歌うと、初恋を捧げた男が実はワケありだった、というストーリーが読み取れそうである(余談だが、玉置のメロディーは、後年、小柳ルミ子の「乱」にそのまま流用されている。こちらは恋をしつくした女の歌というムードだ)。

 当時、松田聖子や中森明菜で盛り上がっている中、石川ひとみが時折テレビに出てくると、私は内心「こっちの方がいい」と思いながら見ていた。一種の隠れファンである。ただ、それも小学生の時までで、中学生になってからはオールディーズ、カンツォーネ、クラシックの方にのめり込み、リアルタイムで活動している日本の芸能人に関心が無くなってしまった。ワイドショーも見ていなかったし、週刊誌も読んでいなかった。だから、その間、石川ひとみが大病を患い、入院していたことは知らなかった。

 その辺の経緯を知ったのは1990年代半ばになってからのこと。彼女が書いた『いっしょに泳ごうよ』という本を見つけ、そこで初めてB型肝炎のことを知り、驚いた。
 ただ、その本には自分のことを悲劇のヒロインに仕立てようというところが全くなく、愚痴や陰口もなく、読後感は爽快だった。病気に対する偏見で辛い思いをしたことが書かれている一方で、明るいユーモアがちりばめられ、自身のドジなエピソードが生き生きと綴られているのである。とくにホテルのティーラウンジで取材を受けている時、大ファンだった渥美清を見かけ、サインを求めに駆け寄って行ったくだりは微笑ましい。いわゆる「タレント本」の中にはゴーストライターによって書かれた物も多いようだが、これは石川ひとみ特有のお茶目さが文章に滲んでいるので、多分自分の手で書かれたものだろう。

 石川ひとみは若い。ルックスも、声質も、声量も、ほとんど衰えを感じさせないし、笑顔にも屈託がない。2002年(か2003年)、NHKで「プリンプリン物語」を歌っているのを見た時は、昔と同じ歌声だったので心底驚かされた。数年前には「まちぶせ」を生で聴いたが、これまた昔と変わらない透き通るような歌声、昔と同じフレージングで歌い切っていた。より正確にいうなら、巧みな技術に匂やかな色気がプラスされ、これ以上望めないほどの完成度に達していた。つい数日前も、NHKの歌番組で「まちぶせ」を歌い、綺麗な高音を響かせていた。年輪を重ねた歌手の大半は、若い頃のような声が出なくなり、それを別の何かでカバーするものだが、石川ひとみの声は絶対的に若い。私生活では幸せな結婚をし、今は体調管理に気を配りながらマイペースに活動しているようだが、それにしてもあの若さは驚異としかいいようがない。

 今なお素敵な石川ひとみ。子供の時分、彼女のことが好きだったというのは、私のささやかな自慢でもある。そういうファンは私だけではないと思う。今後も変わらぬ美声で「まちぶせ」だけでなく、「君は輝いて 天使にみえた」や「恋」も歌ってほしい。
(阿部十三)


【関連サイト】
石川ひとみOFFICIAL WEBSITE
石川ひとみ(CD)

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