モーニング娘。の田中れいな 2011年、最も心に残ったバラード
2011.12.10
帝国劇場で『ダンス・オブ・ヴァンパイア』を観た。高橋愛がモーニング娘。を卒業後、初めて踏む舞台である。ソロになってから初の舞台が帝国劇場で、演目が人気ミュージカル『ダンス・オブ・ヴァンパイア』、しかも帝劇開場100周年記念公演というのはかなり恵まれていると言える。一人の女優として、どんな歌、演技で魅せてくれるのだろうか。私は初日に行くことにした。
「人気ミュージカル」とは書いたものの、私自身はこの作品について詳しいことは何も知らず、また、事前に何のリサーチもしていなかった。だから、帝国劇場に着いてパンフレットを購入し、このミュージカルの作曲家の名前を目にした時は思わず仰け反った。ジム・スタインマン。ーー昔、ボニー・タイラーがこの人の曲を歌っていた。有名なのは「ヒーロー」と「愛のかげり」。ただ、私にとっては、ダイアン・レインが出ていた映画『ストリート・オブ・ファイヤー』の「今夜は青春」を書いた人である。生まれて初めて買ったサントラであり、今まで何回聴いたか分からない。私は予想外のことに驚喜し、観劇に臨んだ。
まだ公演期間中なので具体的な内容にはふれないが、高橋愛に関して言えば、初日ということもあってやや硬さが見られた。ちょっとした表情や仕草にも神経が行き届いているところはさすがで、歌唱面でも低音に磨きがかかっていたが、その反面、クロロック伯爵とのデュエットなど、ところどころ発声にムラが出て高音の音程が泳ぎ、それを制御するために声量を抑えているように感じられる部分があった。ただ、終盤、彼女が演じるサラにある変化が起こってからは、自身も吹っ切れたのか、力みが取れたように声がよく出て、歌も堂々としていた。吸収力のある人なので、初日から半月を経た現時点では相当の変化を遂げているに違いない。あそこまで緊張している高橋愛を目にすることも今後はないだろう。
作品自体はいわゆるロックオペラの系統。まさかここで聴けるとは思っていなかった「今夜は青春」が大フィーチャーされ(歌詞は変更されている)、個人的には満足だったが、それ以外ではマグダが宿屋の主人の亡骸を前にして歌う「死んじゃうなんて」と、ACT-1のフィナーレに響き渡った伯爵の凄まじい声量が、今なお耳の奥に焼き付いている。
舞台といえば、少し前のことになるけれど、『リボーン 〜命のオーディション〜』には感銘を受けた。亡くなった偉人たちが新たな偉人へと生まれ変わるために命のオーディションを受ける、しかし1人だけ落ちなければならない、という話である。偉人たちの入場行進から始まった時は、正直なところ、「学芸会みたいになるんじゃないか」と不安になった。が、その後にまさかの感動が待っていた。主役のジャンヌ・ダルクを演じたのはモーニング娘。の新垣里沙。別格の集中力、演技力で、ジャンヌになりきっていた。彼女の女優としての才能はもっと多くの人に知られるべきである。
ただ、私が観たその日、最も忘れがたい瞬間を司ったのは同じモーニング娘。の田中れいなだった。彼女はベベという役で、これはジャンヌ・ダルクの娘(フランス人が観たらどう思うのだろう)。ベベはフランス語で「赤ちゃん」。彼女だけが偉人に該当しない。そのベベが、劇の中盤、ジャンヌの前で歌を披露する。舞台の真ん中に立って歌うのは「目が覚めて朝の光に包まれる/その喜びを私は知らない」という歌詞のバラード。後で知ったが、曲のタイトルは「何も知らない」らしい。鳥肌が立った。誇張ではなく、こんな歌をずっと聴いていたい、という感情を今年初めて味わった。曲自体もシンプルで良かったが、あれは田中の歌唱力と高音と度胸がなければ成立しない。私も含め場内の観客は息をひそめて聴き入っていた。
昔はともかく、今は「アイドル=歌唱力がない」というイメージの方が圧倒的に強いため、アイドルの歌に感動したなどと書くと、どういう価値観を持っているのかと心配されかねない。しかし、歌で真剣勝負できるアイドルもいるのだ。「何も知らない」を歌っていた時の田中れいながまさしくそれだった。彼女も最良のコンディションだったに違いない。この忘れがたい舞台の映像は、今のところ存在しない。したがって「何も知らない」をもう一度聴く方法はない。もし映像や音源で残らないのなら、あの場所にいた人たちだけの思い出になる。こういうステージをファン以外の人がほとんど知らないというのは、かなり贅沢なことであり、ある意味もったいないことでもある。
田中れいなの歌をいろいろ聴いた人は、まずその喉の丈夫さに驚かされるに違いない。声質は明瞭で、硬質なようでしなやか。調子の良い時は本当によく伸びる。頭から抜けていくような高音も、音程がぶれず、ファルセットに頼ることもほとんどない。昔の歌い方を聴くと、アクセントの付け方に強い癖があり、そこが私には馴染めなかったが、最近になって表現の引き出しが増えてきた。バラード歌唱でも著しい進境を示し、作為を感じさせないようなソフトアタックを使い、情感をにじませて表現するようになった。前述の「何も知らない」はその集大成だったと言っても過言ではない。
いくつかのインタビュー映像を見た印象だと、田中れいなの個性は尖っている。トークは本音全開型で、道重さゆみ同様、取り繕った話をするより自分の意見を伝えたいというタイプである。もっとも、田中の場合、あまりに本音すぎてハレーションを起こすことも多いようだ。周囲の大人たちの思惑にコントロールされない生身の個性や主張が弾け、サービス精神とエゴが二人三脚で突っ走っているようなキャラクターは、個人的には嫌いではないが、彼女が何か発言するたびにハラハラしている人も少なからずいるに違いない。
アイドルは夢を与える虚像だとよく言われる。大人たちもそのつもりで計算し、アイドルを作り上げる。メディアもイメージ作りに力を貸す。しかし、ファンは虚像のヴェールの隙にあらわれる本当の才能、性格を見抜こうとする。田中れいなはその隙が大きくてわかりやすい。このことは今のモーニング娘。全体についても言える。コンサートでも、舞台でも、各メンバーの素地がごまかし無く伝わってくる。さまざまな素地がプロデューサーによって変に加工されず、ここまで不思議なバランス感覚と一体感をたたえながら、混ざり合って濁ることなく、タペストリーのように織り合わさっているグループはほかにない。「不思議」とは歯切れの悪い言葉だが、そうとしか言いようがない。例えば道重さゆみと田中れいなというパーソナリティーが共存し、バランスが取れていること自体、今さらながら私には不思議に見える。
思えばモーニング娘。を再発見してから1年半が経つ。その間、亀井絵里、ジュンジュン、リンリンの卒業、9期メンバーと10期メンバーの加入、高橋愛の卒業と帝劇デビューというドラマに接した。こういった出会いや別れのドラマは観る者に何がしかの感動をもたらしはするが、できれば2012年は新生モーニング娘。がきちんと構築されてゆくプロセスを見たいものである。
【関連サイト】
モーニング娘。OFFICIAL WEBSITE
モーニング娘。Official Channel
「人気ミュージカル」とは書いたものの、私自身はこの作品について詳しいことは何も知らず、また、事前に何のリサーチもしていなかった。だから、帝国劇場に着いてパンフレットを購入し、このミュージカルの作曲家の名前を目にした時は思わず仰け反った。ジム・スタインマン。ーー昔、ボニー・タイラーがこの人の曲を歌っていた。有名なのは「ヒーロー」と「愛のかげり」。ただ、私にとっては、ダイアン・レインが出ていた映画『ストリート・オブ・ファイヤー』の「今夜は青春」を書いた人である。生まれて初めて買ったサントラであり、今まで何回聴いたか分からない。私は予想外のことに驚喜し、観劇に臨んだ。
まだ公演期間中なので具体的な内容にはふれないが、高橋愛に関して言えば、初日ということもあってやや硬さが見られた。ちょっとした表情や仕草にも神経が行き届いているところはさすがで、歌唱面でも低音に磨きがかかっていたが、その反面、クロロック伯爵とのデュエットなど、ところどころ発声にムラが出て高音の音程が泳ぎ、それを制御するために声量を抑えているように感じられる部分があった。ただ、終盤、彼女が演じるサラにある変化が起こってからは、自身も吹っ切れたのか、力みが取れたように声がよく出て、歌も堂々としていた。吸収力のある人なので、初日から半月を経た現時点では相当の変化を遂げているに違いない。あそこまで緊張している高橋愛を目にすることも今後はないだろう。
作品自体はいわゆるロックオペラの系統。まさかここで聴けるとは思っていなかった「今夜は青春」が大フィーチャーされ(歌詞は変更されている)、個人的には満足だったが、それ以外ではマグダが宿屋の主人の亡骸を前にして歌う「死んじゃうなんて」と、ACT-1のフィナーレに響き渡った伯爵の凄まじい声量が、今なお耳の奥に焼き付いている。
舞台といえば、少し前のことになるけれど、『リボーン 〜命のオーディション〜』には感銘を受けた。亡くなった偉人たちが新たな偉人へと生まれ変わるために命のオーディションを受ける、しかし1人だけ落ちなければならない、という話である。偉人たちの入場行進から始まった時は、正直なところ、「学芸会みたいになるんじゃないか」と不安になった。が、その後にまさかの感動が待っていた。主役のジャンヌ・ダルクを演じたのはモーニング娘。の新垣里沙。別格の集中力、演技力で、ジャンヌになりきっていた。彼女の女優としての才能はもっと多くの人に知られるべきである。
ただ、私が観たその日、最も忘れがたい瞬間を司ったのは同じモーニング娘。の田中れいなだった。彼女はベベという役で、これはジャンヌ・ダルクの娘(フランス人が観たらどう思うのだろう)。ベベはフランス語で「赤ちゃん」。彼女だけが偉人に該当しない。そのベベが、劇の中盤、ジャンヌの前で歌を披露する。舞台の真ん中に立って歌うのは「目が覚めて朝の光に包まれる/その喜びを私は知らない」という歌詞のバラード。後で知ったが、曲のタイトルは「何も知らない」らしい。鳥肌が立った。誇張ではなく、こんな歌をずっと聴いていたい、という感情を今年初めて味わった。曲自体もシンプルで良かったが、あれは田中の歌唱力と高音と度胸がなければ成立しない。私も含め場内の観客は息をひそめて聴き入っていた。
昔はともかく、今は「アイドル=歌唱力がない」というイメージの方が圧倒的に強いため、アイドルの歌に感動したなどと書くと、どういう価値観を持っているのかと心配されかねない。しかし、歌で真剣勝負できるアイドルもいるのだ。「何も知らない」を歌っていた時の田中れいながまさしくそれだった。彼女も最良のコンディションだったに違いない。この忘れがたい舞台の映像は、今のところ存在しない。したがって「何も知らない」をもう一度聴く方法はない。もし映像や音源で残らないのなら、あの場所にいた人たちだけの思い出になる。こういうステージをファン以外の人がほとんど知らないというのは、かなり贅沢なことであり、ある意味もったいないことでもある。
田中れいなの歌をいろいろ聴いた人は、まずその喉の丈夫さに驚かされるに違いない。声質は明瞭で、硬質なようでしなやか。調子の良い時は本当によく伸びる。頭から抜けていくような高音も、音程がぶれず、ファルセットに頼ることもほとんどない。昔の歌い方を聴くと、アクセントの付け方に強い癖があり、そこが私には馴染めなかったが、最近になって表現の引き出しが増えてきた。バラード歌唱でも著しい進境を示し、作為を感じさせないようなソフトアタックを使い、情感をにじませて表現するようになった。前述の「何も知らない」はその集大成だったと言っても過言ではない。
いくつかのインタビュー映像を見た印象だと、田中れいなの個性は尖っている。トークは本音全開型で、道重さゆみ同様、取り繕った話をするより自分の意見を伝えたいというタイプである。もっとも、田中の場合、あまりに本音すぎてハレーションを起こすことも多いようだ。周囲の大人たちの思惑にコントロールされない生身の個性や主張が弾け、サービス精神とエゴが二人三脚で突っ走っているようなキャラクターは、個人的には嫌いではないが、彼女が何か発言するたびにハラハラしている人も少なからずいるに違いない。
アイドルは夢を与える虚像だとよく言われる。大人たちもそのつもりで計算し、アイドルを作り上げる。メディアもイメージ作りに力を貸す。しかし、ファンは虚像のヴェールの隙にあらわれる本当の才能、性格を見抜こうとする。田中れいなはその隙が大きくてわかりやすい。このことは今のモーニング娘。全体についても言える。コンサートでも、舞台でも、各メンバーの素地がごまかし無く伝わってくる。さまざまな素地がプロデューサーによって変に加工されず、ここまで不思議なバランス感覚と一体感をたたえながら、混ざり合って濁ることなく、タペストリーのように織り合わさっているグループはほかにない。「不思議」とは歯切れの悪い言葉だが、そうとしか言いようがない。例えば道重さゆみと田中れいなというパーソナリティーが共存し、バランスが取れていること自体、今さらながら私には不思議に見える。
思えばモーニング娘。を再発見してから1年半が経つ。その間、亀井絵里、ジュンジュン、リンリンの卒業、9期メンバーと10期メンバーの加入、高橋愛の卒業と帝劇デビューというドラマに接した。こういった出会いや別れのドラマは観る者に何がしかの感動をもたらしはするが、できれば2012年は新生モーニング娘。がきちんと構築されてゆくプロセスを見たいものである。
(阿部十三)
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