『ニイルス・リイネ』 無神論者の聖書
2012.02.04
高校2年の時、学校の図書室で『ニイルス・リイネ』に出会った。なぜ読もうと思ったのかはわからない。知らない作家の作品だし、タイトルにひかれたわけでもない。私はなんとなく手に取り、テスト勉強を中止して、読みはじめた。まさかそれが自分にとってかけがえのない作品になろうとは夢にも思っていなかった。その本は、静かに、深く、確実に、私の心を支配した。他人が書いたものに自分でも驚くほど共鳴し、主人公と同じ体験をしたことがないにもかかわらず、まるで自分のことを書かれているような奇妙な錯覚すら覚えた。あんな感覚を味わったことは、これまでに数えるほどしかない。
ヤコブセンの『ニイルス・リイネ』はかつて無神論者の聖書と呼ばれていた。「呼ばれていた」と過去形にしたのは、今、この本について語られることがほとんどないからである。書店でもみかけない。誰かがヤコブセンの名前を知るとしたら、それはリルケの書物を通してだろう。
リルケは『若き詩人への手紙』の中でこんな風に書いている。
「私の書物全部のうちで、なくてはならないものは少数しかありません。そして、私がどこにいようと、いつも私の持ち物の中にあるのはただ二冊だけです。それはここでも私の手元にありますが、すなわち聖書とデンマークの偉大な詩人イエンス・ペーター・ヤコブセンの書物です」
さらに別の手紙ではこう書いている。
「今度は『ニイルス・リイネ』が、この壮麗で深い本が、あなたの前に開かれるでしょう。読めば読むほど、人生の最もかすかな匂いから、その最も重みのある果実の完全な大きな味わいにいたるまで、あらゆるものがここに盛られているように思われます」
果実という言葉から甘みを連想する人もいるだろうが、『ニイルス・リイネ』は気高くも悲しい、孤独な魂の彷徨を描いた小説である。夢のような甘さがあるかと思えば、その後には倍以上の苦さが待ち受けている。
イエンス・ペーター・ヤコブセンは、1847年4月7日、デンマークのティステッドに生まれた。コペンハーゲンに出て植物学を学ぶかたわら、詩を書くが、やがて小説の創作に本腰を入れ、1872年に宝石のような中編『モーゲンス』を発表。同時期、ダーウィンの著作を翻訳し、注目を浴びた。植物学者としても水藻の研究で大学からメダルを贈られている。ただ、沼に入って藻の採集に熱中したことで健康を害し、肺病に悩まされるようになる。『モーゲンス』以降は作家として創作活動に勤しみ、『マリイ=グルッベ夫人』で知名度を上げたが、病状は悪化の一途を辿り、咳が止まらなくなる。歴史小説を書くプランも実現に至らず、ティステッドに帰郷。モルヒネを拒否し、激痛と戦いながら、1885年4月30日に亡くなった。作家としては寡作で、長編は『マリイ=グルッベ夫人』と『ニイルス・リイネ』、それといくつかの中編、短編、詩があるだけだ。
ヤコブセンの名を不朽ならしめたのは『ニイルス・リイネ』である。愛の再生を描き、この上なく美しいラストシーンで締めくくられる『モーゲンス』、17世紀に実在した女性の遍歴を描く『マリイ=グルッベ夫人』、人生の最後に書き上げた愛と葛藤の結晶『フェーンス夫人』も、この作家の繊細極まりない感性と、病によっても決して摩耗されることのなかった才能から生まれた紛うことなき傑作だが、やはり『ニイルス・リイネ』を抜きにヤコブセンを語ることはできない。
無神論がどうこうというより、まず、その心理描写、風景描写のデリケートさ、的確さ、緻密さに、私は心を奪われる。例えば、ニイルスが美少女フェ二モアに恋心を抱くくだり。フェ二モアにはニイルスだけでなく、親友エリクも恋している。その天秤が傾く瞬間は、エリクがマンドリンを弾いている時、不意に訪れる。フェニモアがマンドリンに合わせて歌いだしたのだ。これに動揺するニイルスの心理描写のこまやかさには何度読んでも唸らされる。エリクとフェニモアの心の動きも、一切てらいのない、率直かつ絶妙な表現で綴られている。そうした過程を経た上で、エリクとフェニモアがボートの上から「海の面で燐光が異常に美しく輝く」のを眺める甘美なシーンに到達する。その筆運びの素晴らしさにはため息が出る。
結婚した2人は、数年後、あっけなく危機を迎える。エリクは荒んだ生活を送るようになり、フェニモアも愛が消えたのを感じ、自分は夫の「情婦」にすぎないと思うようになる。そこへニイルスが友を救いにやってくるが、結果的に友を欺き、不倫の恋に酔うことになる。このあたり、恋愛心理の分析が圧巻で、筆舌に尽くしがたい男女の真情を浮き彫りにしている。コンスタンの『アドルフ』にも匹敵する描写力だ。
風景の描き方も、隅々まで神経が通っている。ヤコブセンは生命を吹き込むように、愛情と理解を注ぎ、草、木、花を描く。その微光をたたえた描写が鋭い心理分析と絡み合うことで、えもいわれぬ色彩を帯び、温度を持つ。
これを読みながらイギリスの桂冠詩人のことを思い出す人も多いだろう。ワーズワースの作品をヤコブセンが読んでいたかどうかは定かでないが、その自然への視線、自然の捉え方は、彼がワーズワースの後継者と呼ぶにふさわしい詩人だったことを物語っている。それくらい尊いポエジーが息づいているのだ。
ニイルスが神様に背を向けたのは、美しい叔母エーデレが病死した時からである。「あの人を生かしてください。そうしたらぼくは感謝を捧げ、あなたのおいいつけを守ります。あなたのお望みになることなら何でもいたします」ーー少年は熱心に祈ったが、それは聞き届けられなかった。
その後、ニイルスはエリクを通じてボイエ夫人を知り、夫人の家に集まる青年たちと交流するうち、自由思想に開眼し、無神論の土台を固める。やがて彼はボイエ夫人に想いを寄せるが、その恋は裏切りによって断ち切られる。夫人が自由思想を捨て去り、昔の社会的地位を取り戻すため、「とても尊敬されている方」と婚約してしまうのだ。
夫人はこういってニイルスに別れを告げる。
「私たち女ってものは、何かが私たちの中に入ってきて目を開かせ、とにかく私たちにも潜んでいる自由へのあこがれを目覚めさせる時には、しばらくは羽ばたいて飛びたつこともできます。でも、持ちこたえられません。なぜって私たちの血の中には、生まれつき一つの本能、何といっても一番いいのは適度というもののきわどい上品な尖端に踏みとどまることだという本能があるんですもの。私たちには、いったん世間で広く認められているものに対して、戦い続けることはできないのです。心の奥底では、私たち、世間が正しいことを信じていますの。それが判断を下すんですもの」
この言葉は、ニイルスの人生に影を落とすことになる。
フェニモアもボイエ夫人と同類である。彼女はニイルスを愛しながらも、エリクと離婚することができない。夫を欺きながらニイルスを愛するのは、夫に対する歪んだ愛の表現でもある。ひとたびエリクがやり直そうといえば、いつでも従う用意はあるのだ。だからこそ、長続きするはずもないこの不倫が残酷な幕切れを迎えると、フェニモアは瞬時に変心する。そして、ニイルスのことを呪詛のような言葉で罵倒するのだ。
これこそ間違いなく完全な愛と思われた17歳のゲルダとの結婚も、悲しい結末を迎える。ゲルダはニイルスの影響を受けて無神論に傾斜するが、病気にかかり、死を免れ得ないことがわかると、こういいはじめるのだ。
「だって変じゃないの、みんなが間違っていて、あんなにたくさんある大きい教会にも何の意味もないなんていうのは」
ゲルダは牧師を呼び、信仰を取り戻す。最後の最後になって、夫の腕ではなく、神を求めたのである。
神に頼らず、信仰に屈することなく、開かれた目を持ち、魂と魂が直にふれあうような愛を求めたニイルスは、結局、誰とも心をわかちあうことなく、希望から失望への下降線を繰り返し描いただけだった。彼は死を間近に感じた時、これまで関わってきた人々のことを思い出し、心を痛める。そして、逃げ場のない、救いようのない孤独の中で死ぬ。
大学受験の面接で、影響を受けた本は何かと質問された時、私は『父と子』と『ニイルス・リイネ』と答えた。皮肉なことに、その後行われたグループ・ディスカッションのテーマは「新興宗教について」。私の答えはすでに明示したも同然だった。そのせいで気まずい思いをしたが、すぐこの状況を笑い飛ばしたい気分になり、リラックスしてディスカッションに臨むことができた。『ニイルス・リイネ』を読むと、当時のことを思い出す。
私にとっては青春の書であり、心の書である。『ニイルス・リイネ』を知る人が減り、話題になることがなくなっても、私は何とも思わない。この本について語り合える人がいれば幸いだが、いなくても淋しいとは感じない。ただ誰にも知られない場所で美しく咲いている花を愛でるような気持ちで、心の中の最も大切な場所にこの本をしまっておくまでである。
ヤコブセンの『ニイルス・リイネ』はかつて無神論者の聖書と呼ばれていた。「呼ばれていた」と過去形にしたのは、今、この本について語られることがほとんどないからである。書店でもみかけない。誰かがヤコブセンの名前を知るとしたら、それはリルケの書物を通してだろう。
リルケは『若き詩人への手紙』の中でこんな風に書いている。
「私の書物全部のうちで、なくてはならないものは少数しかありません。そして、私がどこにいようと、いつも私の持ち物の中にあるのはただ二冊だけです。それはここでも私の手元にありますが、すなわち聖書とデンマークの偉大な詩人イエンス・ペーター・ヤコブセンの書物です」
さらに別の手紙ではこう書いている。
「今度は『ニイルス・リイネ』が、この壮麗で深い本が、あなたの前に開かれるでしょう。読めば読むほど、人生の最もかすかな匂いから、その最も重みのある果実の完全な大きな味わいにいたるまで、あらゆるものがここに盛られているように思われます」
果実という言葉から甘みを連想する人もいるだろうが、『ニイルス・リイネ』は気高くも悲しい、孤独な魂の彷徨を描いた小説である。夢のような甘さがあるかと思えば、その後には倍以上の苦さが待ち受けている。
イエンス・ペーター・ヤコブセンは、1847年4月7日、デンマークのティステッドに生まれた。コペンハーゲンに出て植物学を学ぶかたわら、詩を書くが、やがて小説の創作に本腰を入れ、1872年に宝石のような中編『モーゲンス』を発表。同時期、ダーウィンの著作を翻訳し、注目を浴びた。植物学者としても水藻の研究で大学からメダルを贈られている。ただ、沼に入って藻の採集に熱中したことで健康を害し、肺病に悩まされるようになる。『モーゲンス』以降は作家として創作活動に勤しみ、『マリイ=グルッベ夫人』で知名度を上げたが、病状は悪化の一途を辿り、咳が止まらなくなる。歴史小説を書くプランも実現に至らず、ティステッドに帰郷。モルヒネを拒否し、激痛と戦いながら、1885年4月30日に亡くなった。作家としては寡作で、長編は『マリイ=グルッベ夫人』と『ニイルス・リイネ』、それといくつかの中編、短編、詩があるだけだ。
ヤコブセンの名を不朽ならしめたのは『ニイルス・リイネ』である。愛の再生を描き、この上なく美しいラストシーンで締めくくられる『モーゲンス』、17世紀に実在した女性の遍歴を描く『マリイ=グルッベ夫人』、人生の最後に書き上げた愛と葛藤の結晶『フェーンス夫人』も、この作家の繊細極まりない感性と、病によっても決して摩耗されることのなかった才能から生まれた紛うことなき傑作だが、やはり『ニイルス・リイネ』を抜きにヤコブセンを語ることはできない。
無神論がどうこうというより、まず、その心理描写、風景描写のデリケートさ、的確さ、緻密さに、私は心を奪われる。例えば、ニイルスが美少女フェ二モアに恋心を抱くくだり。フェ二モアにはニイルスだけでなく、親友エリクも恋している。その天秤が傾く瞬間は、エリクがマンドリンを弾いている時、不意に訪れる。フェニモアがマンドリンに合わせて歌いだしたのだ。これに動揺するニイルスの心理描写のこまやかさには何度読んでも唸らされる。エリクとフェニモアの心の動きも、一切てらいのない、率直かつ絶妙な表現で綴られている。そうした過程を経た上で、エリクとフェニモアがボートの上から「海の面で燐光が異常に美しく輝く」のを眺める甘美なシーンに到達する。その筆運びの素晴らしさにはため息が出る。
結婚した2人は、数年後、あっけなく危機を迎える。エリクは荒んだ生活を送るようになり、フェニモアも愛が消えたのを感じ、自分は夫の「情婦」にすぎないと思うようになる。そこへニイルスが友を救いにやってくるが、結果的に友を欺き、不倫の恋に酔うことになる。このあたり、恋愛心理の分析が圧巻で、筆舌に尽くしがたい男女の真情を浮き彫りにしている。コンスタンの『アドルフ』にも匹敵する描写力だ。
風景の描き方も、隅々まで神経が通っている。ヤコブセンは生命を吹き込むように、愛情と理解を注ぎ、草、木、花を描く。その微光をたたえた描写が鋭い心理分析と絡み合うことで、えもいわれぬ色彩を帯び、温度を持つ。
これを読みながらイギリスの桂冠詩人のことを思い出す人も多いだろう。ワーズワースの作品をヤコブセンが読んでいたかどうかは定かでないが、その自然への視線、自然の捉え方は、彼がワーズワースの後継者と呼ぶにふさわしい詩人だったことを物語っている。それくらい尊いポエジーが息づいているのだ。
ニイルスが神様に背を向けたのは、美しい叔母エーデレが病死した時からである。「あの人を生かしてください。そうしたらぼくは感謝を捧げ、あなたのおいいつけを守ります。あなたのお望みになることなら何でもいたします」ーー少年は熱心に祈ったが、それは聞き届けられなかった。
その後、ニイルスはエリクを通じてボイエ夫人を知り、夫人の家に集まる青年たちと交流するうち、自由思想に開眼し、無神論の土台を固める。やがて彼はボイエ夫人に想いを寄せるが、その恋は裏切りによって断ち切られる。夫人が自由思想を捨て去り、昔の社会的地位を取り戻すため、「とても尊敬されている方」と婚約してしまうのだ。
夫人はこういってニイルスに別れを告げる。
「私たち女ってものは、何かが私たちの中に入ってきて目を開かせ、とにかく私たちにも潜んでいる自由へのあこがれを目覚めさせる時には、しばらくは羽ばたいて飛びたつこともできます。でも、持ちこたえられません。なぜって私たちの血の中には、生まれつき一つの本能、何といっても一番いいのは適度というもののきわどい上品な尖端に踏みとどまることだという本能があるんですもの。私たちには、いったん世間で広く認められているものに対して、戦い続けることはできないのです。心の奥底では、私たち、世間が正しいことを信じていますの。それが判断を下すんですもの」
この言葉は、ニイルスの人生に影を落とすことになる。
フェニモアもボイエ夫人と同類である。彼女はニイルスを愛しながらも、エリクと離婚することができない。夫を欺きながらニイルスを愛するのは、夫に対する歪んだ愛の表現でもある。ひとたびエリクがやり直そうといえば、いつでも従う用意はあるのだ。だからこそ、長続きするはずもないこの不倫が残酷な幕切れを迎えると、フェニモアは瞬時に変心する。そして、ニイルスのことを呪詛のような言葉で罵倒するのだ。
これこそ間違いなく完全な愛と思われた17歳のゲルダとの結婚も、悲しい結末を迎える。ゲルダはニイルスの影響を受けて無神論に傾斜するが、病気にかかり、死を免れ得ないことがわかると、こういいはじめるのだ。
「だって変じゃないの、みんなが間違っていて、あんなにたくさんある大きい教会にも何の意味もないなんていうのは」
ゲルダは牧師を呼び、信仰を取り戻す。最後の最後になって、夫の腕ではなく、神を求めたのである。
神に頼らず、信仰に屈することなく、開かれた目を持ち、魂と魂が直にふれあうような愛を求めたニイルスは、結局、誰とも心をわかちあうことなく、希望から失望への下降線を繰り返し描いただけだった。彼は死を間近に感じた時、これまで関わってきた人々のことを思い出し、心を痛める。そして、逃げ場のない、救いようのない孤独の中で死ぬ。
大学受験の面接で、影響を受けた本は何かと質問された時、私は『父と子』と『ニイルス・リイネ』と答えた。皮肉なことに、その後行われたグループ・ディスカッションのテーマは「新興宗教について」。私の答えはすでに明示したも同然だった。そのせいで気まずい思いをしたが、すぐこの状況を笑い飛ばしたい気分になり、リラックスしてディスカッションに臨むことができた。『ニイルス・リイネ』を読むと、当時のことを思い出す。
私にとっては青春の書であり、心の書である。『ニイルス・リイネ』を知る人が減り、話題になることがなくなっても、私は何とも思わない。この本について語り合える人がいれば幸いだが、いなくても淋しいとは感じない。ただ誰にも知られない場所で美しく咲いている花を愛でるような気持ちで、心の中の最も大切な場所にこの本をしまっておくまでである。
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