文化 CULTURE

可能性のモーニング娘。

2012.04.28
 モーニング娘。は動画サイトに公式チャンネルを持っている。そこでは新譜や旧譜のMUSIC VIDEOを視聴することができる。今の時代、そういうアーティストは珍しくないし、まずは曲を聴いてもらわなければ始まらないという考え方も理解できるが、それにしても、動画を見た後、ファン以外でCDを購入しようと思う人はかなり限られてくるはずである。

 しかし、そんな時流にあってもCDで聴いておきたい楽曲というものがある。49枚目のシングル「恋愛ハンター」もそのひとつだ。モーニング娘。のほかのシングルではそこまで強く感じたことはないけれど、この曲に関しては、公式動画に慣れていると、CDで聴いた時に面食らう。低音が前のめりになって攻めてくるのだ。BPMは動画と同じでも体感速度が違う。音と音が所狭しとせめぎあい、飛沫を上げている。PC周りの音響設備を変えれば同じような音質を味わえるのかどうかは分からないが、少なくとも私の家にあるオーディオは高級品でも何でもない。それでも、その凝縮されたサウンドから、作り手の気迫が明確に伝わってくる。

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 モーニング娘。の楽曲には、定跡化されたものはほとんどない。すんなり耳になじむような正攻法の曲もあるが、どちらかといえば、こちらの意表をつくものが目立つ。サウンドにしても、歌詞にしても、タイトルにしても、振り付けにしても、「ただきれいな曲」、「ただカッコいい曲」という括りを拒んでいるように感じられる。そのスタイルは、遊び心に見えることもあれば、無粋にしか見えないこともある。
 織田作之助の『可能性の文学』でも読んでいるのではないかと思いたくなるほど、つんく♂は定跡を退け、可能性を模索する。そして、「端の歩突き」からでも王手を狙おうとする。その成功率は高いとはいえないかもしれないが、そういう攻めの姿勢は個人的には嫌いではない。横紙破りの才能が奔出した「Moonlight night〜月夜の晩だよ〜」のような曲など、つんく♂でなければ生み出せなかっただろう。「変なの」と思って聴いていたら、いつの間にか王手に迫られていた、なんてこともあるから油断ならない。

 「恋愛ハンター」も攻めの曲である。サイバー色を押し出したスピーディーな展開の中、強い言葉を打ちつけるようにして歌詞が刻まれていく。斬新さで意表をつくというよりは、アグレッシヴに真っ向からぶつかってくる感じだ。ただ、昔のゲームの効果音っぽい音をとり入れたりして、「カッコいい」の一言では括れないようにしている。メンバーも振り付けでゲームのキャラクターみたいな奇妙な動きを見せる。結果として、カッコいいのみならず、面白いとか変わっているといった要素も加わっている。

 この「恋愛ハンター」を最後に、新垣里沙がモーニング娘。を卒業する。彼女は13枚目のシングルからこのグループに在籍しているベテランだ(といっても23歳だが)。2012年1月、コンサートで卒業が発表された時は残念に思ったものである。彼女にはモーニング娘。のリーダーが似合うし、歌唱面でも要の存在になるだろうと考えていたから。
 その声質はマイクにのせても鼓膜を威嚇するような金属的な響きにならない。「恋愛ハンター」を聴いても、その声のなめらかさは顕著である。それでいて、小さな音量でも聴き分けられるほど声に個性があり、表情がある。(最近は特に)声量の押し引きがうまく、彼女に比べると大半のメンバーの歌い方が一本調子に感じられることが少なくない。できればもう何枚か彼女の声がフィーチャーされたシングル曲を聴いてみたかった。

 しかし、現在のモーニング娘。には不安をすぐに期待へと変える力がある。この日も、新垣の卒業発表後、あるパフォーマンスを観て、期待が胎動するのを感じた。加入してから1年が経つ9期メンバー4人によるステージである。その見せ方はこちらが目と耳を疑うほど堂々としていた。これを観た後、「モーニング娘。は続く」と思ったのは、私だけではないだろう。

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 2月にはコンサートツアーがスタート。私は初日に行くことにした。3ヶ月後に卒業するメンバー、怪我をしているメンバー、入ったばかりのメンバーがいる状況で、一体どんな初日を迎えるのか想像もできなかった。しかし、いったん幕が開くと、そんなことはどうでもよくなった。メンバーの意気込みに圧倒され、一気にモーニング娘。の世界へと引き込まれてしまったのだ。いつもながらダンスはハードで、フォーメーションがせわしなく変わる。最後まで体力がもつのかと心配になるほど、エネルギーの消費量が尋常ではない。ひと言でいえば、密度の濃いライヴ。私は座って観ていたにもかかわらず、終演後、疲労感と充実感でへとへとになった。最も心を揺さぶられたのは、コンサート本編の最後の曲。あれはニクい選曲だった。

 特に目をひいたのは、9期メンバーの一人、鞘師里保である。彼女は身体の動きが洗練されていて、ダンスも力任せにならない。どんな曲調でもフォームの一つ一つが綺麗に決まっている。「敏捷に動いているだけ」の無機的なダンスとは次元が違う。あるべき角度に腕や脚がおさまっているという、これはもうセンスの賜物だろう。ただ、激しいダンスでも手を抜かない分、歌う時は音程を安定させるために喉に強く力をかけて乗り切っているような印象がある。まあ、その辺も徐々に改善されていくに違いない。

 それにしても、こんなコンサートを何十本も続けられるのだろうか。初日はたまたまテンションが高かっただけではないか。その辺を確かめたくなり(むろん、単純にもう一度観たくなったというのが一番の理由である)、約1ヶ月後、再びコンサートへ行ってみた。そして、短期間で精度を上げているところを見せつけられた。初日の緊張感は良い形にほぐれ、ステージの展開がスムーズになっていた。コンディションはほぼ全員が安定して良い状態。ダンスも、無理にお互いの動きに合わせようとしなくても自然と合っているような、みずみずしいばかりの一体感があった。その好調ぶりを受けて、会場(千葉県文化会館)が大いに盛り上がったことはいうまでもない。初日にはやや堅さのあった新垣里沙や田中れいなの歌も、適度に喉の力が抜けて、よく声が通っていた。

 今回に限った話ではないだろうが、モーニング娘。のコンサートツアーは、1度といわず2度は観る価値がある。1回1回が生身のドラマであり、緊張があり、成長があり、進化があり、時にアクシデントがあり、それぞれ異なる余韻を残す。今回に関していえば、リーダーの卒業を目前に控えながら、変に湿っぽくならないところも良い。最高のモーニング娘。を見せようという気合いと、余計なことは考えずに今を楽しもうというポジティヴさが迸っている。新メンバーが入ったことも大いに影響しているのだろう。
 もとよりモーニング娘。を非の打ちどころのないグループと評する気は、私にはない。むしろ安心させるより不安にさせる要素の方が多いグループだと思う。その時のメンバー構成や大人たちの思惑によって、どうなってしまうか分からないところもある。しかし、コンサートや舞台を観ると、そういった不安が吹っ飛ぶ。そのステージから伝わってくる、燃え尽きる程の本気の力を信じたくなる。

 15年間続いているグループが、実は物凄くフレッシュな状態にあり、若いメンバーが急成長を遂げ、エネルギーをぶつけるような熱いコンサートを行っているという事実は、まだ一般に知られているとはいいがたい。モーニング娘。のポスターを街中で見かけることはないし、新曲の宣伝もどれくらいしているのか分からない。テレビでの露出も相変わらず少ない。「過ぎたるは及ばざるがごとし」といえど、これではあまりにも慎ましい。
 それでも、モーニング娘。は支持されている。コンサートがあれば大勢の人が集まるし、新曲のMUSIC VIDEOが動画サイトにアップされれば、再生回数の世界ランキングでも上位に入る。テレビで放送されることが全て、という人には信じられないかもしれないが、彼女たちは今やれることをやり抜くことで、少しだけ世界を動かしているのだ。その姿勢を崩さない限り、世界はまだまだ動かせるだろう。そういいたくなるだけの価値と可能性が今のモーニング娘。には、ある。
(阿部十三)


[関連サイト]
モーニング娘。OFFICIAL WEBSITE
モーニング娘。Official Channel
恋愛ハンター

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