文化 CULTURE

密かに世界規模化する、ミュージシャンたちの政界進出

2012.05.26
 英国の統一地方選の結果でもチェックしようかな。ある日、そんな軽い気持ちで主要紙のひとつ『The Guardian』のウェブサイトを開いてみたら、ずらりと並ぶ選挙絡みのヘッドラインの中に「ゴールディー・ルッキン・チェインのメンバーが市議会議員に」との1行を発見して、目を疑ってしまった。というのもゴールディーといえば、ウェールズ訛りでコミカルなラップを聴かせる珍妙なヒップホップ・グループで、このグループから政治家が生まれるなどと夢にも思わなかったのは筆者だけじゃあるまい。が、MCのひとり、〈ゼイン〉ことリース・ハッチングスはかねてから地元ニューポート市で様々な社会活動に関わっていたそうで、前市長の勧めで労働党から立候補。見事に当選を果たしたのである。そんな彼の華麗な転身を受けてふと考えてみたら、最近は政治家に転身、あるいは政治家を兼ねるミュージシャンが少なくないことに気付いた。西アフリカのセネガルでは、人権活動家としてお馴染みのユッスー・ンドゥールが2012年4月に発足したサール新政権の観光・文化担当大臣に就任したばかり。ほかにも現職と言えば、やはり音楽活動と並行してオーストラリアの環境保護運動を主導してきた元ミッドナイト・オイルのピーター・ギャレットを、忘れてはならない。2004年に国会議員に初当選した彼は、所属する労働党が政権を奪還したのを機に環境大臣となり、今は文部大臣の職にある。

 アメリカでは元オーリアンズのジョン・ホールが2011年まで4年間民主党の下院議員として活躍していたが、彼の場合は1970年代から反核・反原発活動に打ち込んでいたことが有名だし、こちらは惜しくもロンドン市議会選で落選したブラーのデイヴ・ロウントゥリーは、ここにきて弁護士の資格を取得し、ロンドン西部地区の労働党員会長を務めているとか。また2000年代に入って相次いで左派政権が誕生した南米でも、共に世界的に著名なミュージシャンであるジルベルト・ジルとスサーナ・バカが、ブラジルとペルーの文化大臣に抜擢されている。どちらもすでに離職しているけれど、トロピカリア・ムーヴメントを率いた前者は1960年代の軍事政権下に反政府危険分子として国外追放の憂き目に会い、後者は長く差別を受けてきたアフリカ系ペルー人の声を代弁し、そのカルチャーを保護し世界に伝えてきた人物。ちなみにスサーナはペルー史上初のアフリカ系大臣だったそうだ。

 つまり彼らに何らかの共通項があるとしたら、(当然ながら)左派・革新系政党とのリンク、そして政界入り前に社会活動などの実績があって、人々の尊敬を勝ち取っていたという点。それぞれに抱く目的意識に則って政治家として貢献をしているようで、いわゆる〈タレント議員〉の多くとは性質が違うのである。中にはいきなり頂点を目指す人もいて、元フージーズのMC/シンガー・ソングライター/プロデューサーのワイクリフ・ジョンが、2010年に生まれ故郷ハイチの大統領選に立候補を表明し、世界を驚かせたことがあった。ユッスーも当初は大統領選出馬を志していたっけ。祖国の政府の腐敗に業を煮やし「俺がやってやる!」と名乗りを上げたふたりは、結局失格と判断されてしまうのだが(ユッスー場合、最終的に彼が支持に回った候補が勝利して政府に迎え入れられることに......)、アメリカの音楽界で大きな成功を収めたワイクリフは西半球最貧国といわれているハイチの若者の間で絶大な人気を誇っているから、当選した可能性は十分にある(ハイチの人口の半数が20歳以下だそう)。実際、その2010年の選挙で勝利した現ハイチ大統領は、〈スウィート・ミッキー〉の芸名を持つミュージシャンのミシェル・マーテリー(正当性が大いに疑われた選挙だし、マーテリーは少々怪しい素性の人なのだが......)。歌う政治家は最早珍しくないのである。だからといっていきなり音楽シーンにプラスの影響が出るわけではないけど、ジルベルトは就任して早速貧しい子供たちに音楽教育を提供するプログラムをローンチしているし、きっとユッスーも同じような動きを見せるのだろう。それに、職業柄、表現活動をする上で不可欠な自由や権利に関する意識はみんな元から強いわけで、そういう人たちを政治家に持つことはカルチャーにとって悪い話じゃないんじゃないだろうか?
(新谷洋子)

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