文化 CULTURE

卒業ソングがきこえる。

2013.03.09
 誰にでも1曲は忘れられない卒業ソングがある。
 卒業式で歌った合唱曲なんか聴いても面白くない、という人もいるかもしれないが、実際に聴いてみると、けっこう胸にしみるものである。当時は何も考えずに歌っていた曲が、ずっと眠っていた記憶を呼び覚ますのだから不思議である。卒業式で泣く人の気持ちがよく分からなかった私のような人間でさえそのように感じるのだから、多くの人は涙腺を刺激されるに違いない。

 卒業式で歌う曲は、世代によって、また、地域によって異なる。個人的には、「さよなら友よ」が最も好きな曲であり、今でもたまに聴きたくなるのだが、共感する人はどれくらいいるのだろう。サビ部分の「さよなら友よ」という直接的な歌詞が当時の私には刺激的で、湿っぽくなるような友情物語がなくても、これを歌っていると、あたかも自分がドラマの主人公になったような気分になったものだ。やさしく波打つようなメロディーも印象的だし、必要以上に前向きにならず、節目の瞬間をしみじみ感じているような歌詞も良い。作詞は芥川賞作家の阪田寛夫、作曲は黒澤吉徳。黒澤は「大空賛歌」「空駆ける天馬」も書いている。
 卒業ソングの定番はほかにも沢山あるが、「巣立ちの歌」「仰げば尊し」「大地讃頌」「さよなら友よ」「旅立ち」「旅立ちの日に」「蛍の光」あたりを代表曲の一例として挙げて異論を唱える人はいないだろう。いずれも綺麗なメロディーとシンプルな歌詞を持った名曲ないし佳曲である。

 音楽の授業で2、3回合唱しただけで、卒業式で歌ったことはないのだが、「春の日の花と輝く」も宝石のような卒業ソングである。元々はアイルランド民謡で、ハーバード大学の「Fair Harvard」としても知られているが、そのエバーグリーンな旋律に包まれていると、くすんだ思い出が霞みがかり、美化されていくような感覚を味わえる。今となっては古めかしい堀内敬三の歌詞も、曲の雰囲気によく合っている。中学の頃、卒業式でこれを歌いたいとひそかに思いながら選ばれず、自分の気持ちと全くかけ離れた「仰げば尊し」が選ばれたのはいかにも残念であった。

 「合唱曲」は児童期、思春期の共通言語である。卒業式で歌った曲が忘れがたいのは、合唱だからである。皆で声を合わせて、下手なりにアンサンブルを意識して歌う、という経験は、(サークルに入っている人、職業にしている人以外)大人になれば滅多にしなくなる。ドラマや映画の世界でも、時折合唱をテーマにした学園モノが作られるが、合唱がうまくいった時の達成感は、その後の人格形成にまで大きな影響を及ぼすのではないだろうか。好きなアーティストのコンサートで合唱が起こった時、歌う人、歌いたいと思いながら歌わない人、歌いたいとも思わない人の3種類に分かれるのも、そうした影響の名残だと私は考えている。

 卒業、旅立ち、それに伴う別れをテーマにしたポップスやロックは、世の中にどれくらい存在するのだろう。それこそ数え切れない量になりそうである。アプローチの方法も曲によって様々。例えば卒業をリアルタイムなこととして歌った曲だけでなく、ユーミンの「卒業写真」のように卒業後しばらくしてから過去を振り返った曲もある。
 ただし、あくまでも「学校からの卒業であること」「リアルタイムで卒業しようとしていること」の2つの設定を持っている曲を卒業ソングと呼ぶなら、掛け値なしに名曲といえるものの数はわりと絞られてくるのではないか。

 鮮烈に記憶に残っているのは、1983年に出た柏原芳恵の「春なのに」と1985年に出た斉藤由貴の「卒業」である。前者の作詞作曲は中島みゆき(編曲は服部克久)。シチュエーションがリアルに目に浮かぶような歌詞と、切ないメロディーと、春風の匂いがするストリングスの相性が素晴らしい。後者は、私と同世代の人なら誰でも「制服の胸のボタンを下級生たちにねだられ〜」や「卒業式で泣かないと冷たい人と言われそう〜」といった歌詞を覚えているくらい有名な曲だが、今聴いてもただの懐メロにならない鮮度を保っている(彼女が卒業式で泣かないのはなぜなのか、その理由を忘れている人は多いようである)。
 そういえば、この「卒業」の前後に、菊池桃子、倉沢淳美、尾崎豊がそれぞれタイプの異なる卒業ソングをリリースしている。卒業をテーマにした曲に大きな注目が集まりだしたのは、この辺りかもしれない。

 赤い鳥の「翼をください」、海援隊の「贈る言葉」、長渕剛の「乾杯」などは、もはや説明不要の名曲。学校の授業で歌った人も多いだろう。ただ、「学校からの卒業」という枠を超えて、様々な機会に歌われるので、卒業ソングとして括ることには少し抵抗を感じる。
 学校で歌ったといえば、小学6年生の時、リリースされたばかりのおニャン子クラブの「じゃあね」を(卒業式とは別の催しで)発表するために、クラス全員で練習させられたことを思い出す。結局、私たち男子がやる気を見せないことに担任が怒り、発表は中止となったが、何度も聴かされたせいで曲は覚えてしまった。まあ、自分が歌わされるのは御免蒙るとして、楽曲自体はメロディーもアレンジも含めて魅力的だと思う。

 松田聖子の「制服」も記憶に残る卒業ソングである。1982年にリリースされた「赤いスイートピー」のB面で、作詞は松本隆、作曲は呉田軽穂(ユーミン)。ユーミンらしい洗練されたポップスで、古さを感じさせない。松田聖子と混同されがちな沢田聖子も、同じ年に「卒業」を発表している。明確に刻まれるリズムが容赦なく流れていく時間を感じさせ、聴いていると、なんとない焦燥感を覚えてしまう。小学生の頃、カセットテープに録音して時々聴いていた。

 卒業ソングに対する評価は、私的な懐かしさによって左右される。いくら「これこそ究極の卒業ソングだ」といっても、相手が多感な時期にその曲を通過していなければ、温度差が生じるだろう。
 ただ、ここでは作品として純粋に優れているものを挙げてきたつもりである。数多ある卒業ソングの中にはシーズンに便乗しただけのマンネリ曲もあるかもしれないが、それでも、このカテゴリーは普遍的なメロディーと出会う確率が高い、と私は思っている。自分自身の体験や記憶や世代性をいったん忘れて虚心坦懐に聴けば、作家陣がいかに自分の才能や感性をフル稼働させて、私たちの人生の節目を飾る卒業ソングを作っているか、伝わってくるだろう。
(阿部十三)


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卒業式ソング ベスト(CD)

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